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◆黒き歴史の傍観者(3)


破壊力抜群の大技を得意とし、最前線ではこの上なく頼りになるが、その分、コントロール力は皆無というアーノルドは目の前の敵をまとめて吹き飛ばすことに成功し、ニヤリと笑んだ。
アーノルドが持つ印は上級印。それも腕ではなく背全体を覆う印だ。
上級の中の上級とも言われる巨大印で、実際、抜群に大きな力を持つ。
しかしその分、コントロールが難しい。その上、大きすぎる印はアーノルド自身にも大きな負担をかける。印を得たばかりのころは身体への負担が大きく、印が馴染むまで発熱に苦しんだ。

「ヘヘー、成功っ!!」

その隣で各隊へ指示を出しながら近づいてきたオルスが静かに窘める。

「やりすぎだ、アーノルド」
「えー?成功したからいいっしょ?」

アーノルドは満面の笑顔だ。ほめてほめてと見えぬしっぽが見えるかのようだ。
オルスはちらりと右翼を見た。
確かに成功した。これで一気に攻勢をかけることができた。
…が、同時に一部に被害もでている。アーノルドの大技はあまりにも右翼の最前線に近すぎた。

「最前線にいたエルザークが飛ばされていたようだが…」
「ゲッ!!」

アーノルドは一気に青ざめた。

「覚悟しておくんだな」
「ええええーーっ!!!先輩っ、庇ってくださいよーーっ!!お仕置き嫌ッスーーっ!!」

慌てるアーノルドにオルスは軽く肩をすくめた。


++++++


「あの味方殺しになりかけたバカ副将軍はどこだ!?」

戦い終了後、キャンプ地へ戻ってきたエルザークは思いきり怒鳴った。
エルザークの不機嫌ぶりに皆、無言で恐る恐る中央のテントを振り返る。オルスに与えられている将軍用の大きなテントだ。
エルザークは皆が無言で教えてくれた場所へズカズカと歩いていった。

落馬して、したたかに背を打ったエルザークは不機嫌だった。
アーノルドの大技に巻き込まれた味方は皆、軽傷で済んだものの、しなくていい怪我を負ったことに変わりはない。
おまけにアーノルドのおかげで速やかに行えるはずだった陣形変更を邪魔されたのだ。あげくに落馬ときたら不機嫌にならないわけがない。
アーノルド様らしいと他の者達は寛容だったが、エルザークはそうはいかなかった。皆がアーノルドに甘い。子供のような気性のアーノルドに怒る気になれないのは判るが、誰かがアーノルドを怒らねばあのバカはつけあがるばかりだとエルザークは思う。

「オルス!アーノルドはいるかっ!?」

司令部を兼ねた広いテントへ入り口の布を跳ね上げながら入ると中央の敷布の上にあぐらをかいて座っていたオルスが無言で笑い、奥を振り返った。
奥には戦場で使用されている簡易寝台がおかれている。その上に丸まった白い布の固まりがある。
視線で確認をとり、エルザークはズカズカと奥へ進むと寝台の上の丸い固まりを掴んだ。

「アーノルド!!とっとと出てこい!!それともこのまま尻を叩かれたいか!?」
「すみませんっ!!だってまさか先輩まで巻き込むなんて思わなかったんスよ!!」
「あったり前だっ!!意図的だったら許してやるかっ!!さっさと出てこい!!」
「うう、出ても謝っても怒るくせに…」

恐る恐る顔を出した後輩の頭に拳を落とし、エルザークはため息混じりに振り返った。
部屋の中央では騒ぎなど素知らぬ顔のオルスがのんびりと地図に何やらかき込んでいる。マイペースな友はいつでもマイペースだ。その冷静さは戦場では心強いがたまにはこの暴走する後輩を止めて欲しいものだと思う。

『お前の運命の相手だろう?ならば手綱を取るのもお前でなくてはな』

そう言って呑気に笑ったオルスを思い出す。
何でこの盛大に手のかかる後輩が運命の相手なのかと思わず運命を恨んだのはもう十年以上前の話だ。
エルザークは土、アーノルドは炎。
運命の相手同士が土と炎の異種印の場合、力の増幅ではなく抑え合ってしまうため、あまり好まれない。しかしエルザークとアーノルドの場合はそれが良い方に動いた。
アーノルドの強すぎる力の暴走をエルザークは制御することができる。そうして二人はうまくやってきた。主にエルザークの方が苦労しながらではあるが。

一方のアーノルドはオルスを慕っている。
オルスも真っ直ぐな気性のアーノルドを可愛がっているため、このマイペースコンビは上手くいっているようだ。
ディンガル騎士団を担う三人はそんな奇妙な関係を築いていた。