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◆黒き歴史の傍観者(2)


約10年後、ディンガル騎士団。
大国ウェリスタ国の北西に位置するこの騎士団は、北と西の大国に挟まれた場所にあり、国内でもっとも出動率が高い騎士団として知られている。
当然ながら死亡率も高く、完全実力主義、傭兵気質のある騎士団である。
伝統や格式を重んじる貴族達には騎士のくせに粗野だ、気品がないと敬遠されがちだが、厳しい環境に置かれたこの騎士団の騎士達にはそんな声を気にする者はいない。
勝利すること、そして生き延びることこそがすべてだと教わっている。そうでなくては存在すら危ぶまれるような過酷な場所に位置しているのだ。
その騎士団を束ねる現将軍はオルス。28歳の若手である。
ディンガルで若手の将軍は珍しくない。代々の将軍は主に三十代ではあるが、戦死率が激しいため、代替わりも激しいのだ。
オルスは近隣の領主一族の出身でディンガル騎士団にしては珍しく貴族の生まれだが、実力主義のこの騎士団で全員が認めるだけの人格と功績を持っている。
195cmと長身で大柄。性格は温厚で落ち着きあり、どんな場面でも冷静な対処をし、粘り強い攻勢を持って戦える能力を持っている。
そのオルスを支える二人の副将軍がアーノルドとエルザークだ。
アーノルドは26歳。事情があってオルスと同じ士官学校へ入り、ディンガル騎士となった青年だ。
柔らかな短い黒髪と大きな黒目を持ち、やや童顔だが、体格はよく、180cmを越す長身だ。
バネのような身体を持つ彼は武術の天才であり、類い希な剣技と炎の印の技で数々の功績を立て、騎士団の階級を駆け上がった。
子供のように無邪気で落ち着きのない性格のまま、大人となった彼は日常生活でははっきりいってトラブルメーカーだ。
しかし、武術の腕は抜き出ており、戦場に出れば必ず敵将の首を取ってくるとまで言われている。
その二人の同僚エルザークはオルスと同期の28歳だ。
他の二人ほど派手な武勲には恵まれていないが、一つ一つの仕事を確実にこなして、コツコツと階級をあがってきた。
他の二人と同じ戦場に立つことが多かったのも昇進のチャンスに繋がった。
常に三人で協力し合って戦場を駆け抜けてきた彼は、派手な功績を立てる二人に光が集まりがちだったが、文句一つ言うことなく二人をサポートしてきた。そのことをよく知る二人は自分たちが昇進するとき必ずエルザークを推してきたのである。
互いに支え合って、命のやりとりを行う戦場を生き延びてきた三人の絆は強く、揺るぎないものであった。


今年二度目の出動要請を受け、ディンガル騎士団は西へ出向いていた。
「それにしてもガルバドス国は呆れるほど勤勉に戦いを仕掛けてくるな。近衛軍が満足に動けない今、チャンスなのは確かだが、よほど我が国が欲しいと見える」
呆れ気味に呟きつつ、エルザークは強弓を取り出した。戦士弓とも呼ばれる大型の弓で破壊力は大きいが使用者は少ないという代物だ。理由は簡単。扱えるだけの筋力があれば最前線で剣を振るった方が戦力になるためである。
エルザーク自身、弓を扱うことは少ない。しかしエルザークが邂逅の儀で得た武具はこの強弓であった。
弓に宿った土の力が徐々に矢へ流れ込んでいく。エルザークは敵陣へ狙いを集中させた。
「…1、2、3…行け!!」
ビリビリと張りつめた弓から放たれた矢は反重力を纏っている。矢は敵陣を抉るように敵兵を吹き飛ばした。
陣形が崩される。
「よし!」
エルザークは右翼を指揮している。
ディンガル騎士団は軍を二つに分け、左翼は将軍のオルスとアーノルドが率いている。
最前線ではアーノルドが剣を振るっているらしく、巨大な火の粉同士がぶつかり合っているのが見える。アーノルドの武具は剣。それも珍しい双剣だ。騎馬の時は扱いづらい武具のため、槍を主に使用しているが、その能力を発揮したときは巨大な破壊力を見せる。

「よし、作戦通り、陣形を徐々に変更するぞ。馬蹄型陣形へ移行しろ」
「ハッ!!各隊へ合図を!馬蹄型陣形へ…」

そのとき、アーノルドの姿がハッキリと見えた。両腕に構えた剣を右は上、左は後方へ下げようとしている。

「待て!!退け!!アーノルドの炎牙陣が来るぞ!!」

周囲に叫びながらエルザークは馬で後方へ逃れた。
次の瞬間、巨大な三日月型の炎の刃が複数、大地の上を飛んだ。
エルザークの目の前で敵陣が一気にまとめて吹き飛ばされ、余波でエルザークも馬ごと後方へ投げ飛ばされた。