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◆黒き歴史の傍観者(14)


エルザークは舌打ちしていた。
運良くローウィンらしき者は見つけることができた。
…が、問題はローウィンが一人でなかったことだ。

(あれはホールドス国のローグ王子だな。運が悪い…)

エルザークは見つからない程度に離れた場所から様子を伺っていた。
ローウィンは負傷している。敵兵は複数。しかも王子付きなら相当な腕利きが揃っているだろう。エルザーク一人ではどうにも手の打ちようがない。

(やはり一旦戻って手勢を呼ぶか。しかしそれではホールドス国へ逃げられてしまう可能性がある…)

さすがのエルザークも判断に迷っていたとき、目の前の風景がぐにゃりと歪んだ。
驚いた次の瞬間。見覚えある二人の姿があった。

「せんぱーいっ!!やたっ!!成功したみたいッスよ、オルス先輩っ!!」
「バカ、静かにしろ!」

エルザークは青ざめた。
こっちは潜んでいるのに喜々として叫ばれては潜んでいる意味がない。

「ヘッ!?うわ、ホールドス兵っ!?」
「この馬鹿」

慌ててアーノルドの口を塞いで身を隠す。
オルスも反射的に従ってくれたのが救いだった。

「ったく…何やってやがる!」

身を隠しつつ、小声で叱責するとアーノルドは大きな体をすくめつつ頭を下げた。

「すみませんっ。けど何でホールドス兵?」
「ローウィン様が奴等に捕らえられてるんだよっ」
「それは大変ッスね、さすが十年前!」

アーノルドの感想は相変わらずズレていた。

「何がさすがだっ!……っつーかお前十年前って知ってんのか?」
「はい、トカゲに聞きました!」
「………誰に聞いたって?」
「はい、喋るトカゲです!」

思わず怒鳴りつけようとしたエルザークにオルスが口を挟んだ。

「七竜と同種だという黒竜に出会ってな。彼が我々をこの時代に送ってくれた」
「何だと?七竜?」
「あぁ。妙な箱を使ってな。だが片道なのだそうだ」
「どういう意味だ?」
「さて。彼の話は難解で我々にもよく判らなかった。判ったのはお前が何らかの事故でこの時代に送り込まれてしまったこと。そして、元の時代には戻れないこと。そして我々が行くことだけはできるということを教わった」
「………」
「そして我々は行く方を選んだ。それだけだ」

そうですと頷くアーノルド。
その二人の顔を見つつエルザークは目を細めた。
行くことはできて、戻ることはできない。
そう判っていてやってきたという二人の理由は明らかだ。
元の世界を捨てて、十年前というこの時代に好んでくる理由などあるはずがない。理由があるとすれば最初に事故で来てしまったというエルザークの存在だけだ。二人はエルザークのためにこの世界へ来たのだろう。

「てめえら……馬鹿だろ」
「ええ?酷いッス。ねー、オルス先輩」
「これを馬鹿と言わなくて何と言えってんだ!元の時代に戻れねえんだぞ、意味判ってるか?ディンガルでの地位を捨てて、家族も捨てて来てんだぞ!戻れねえ覚悟出来てんのか!?」
「そうだな。……だが、どっちを選んでも後悔すると思う。それならばやり直せる可能性がある道の方がいいと思わないか?俺はそう思った」
「……年齢はやり直せねえんだぞ」
「そうだな。だが経験はある」

そうオルスが言うとアーノルドも隣でニッと笑んだ。

「そうッス。それに俺たち三人で切り抜けられなかったことはないッスよ、先輩」

アーノルドは笑うといきなりエルザークを抱きしめた。

「俺らがいますよ、先輩。もう一人じゃないッス」

抱きしめられて初めてエルザークは己が泣いていることに気づいた。
ただ一人で訳の分からない世界に落とされ、自然と気が張っていたのだろう。
信頼する二人が元の世界を捨ててやってきてくれたという事実や、目の前に知る人がいるという安堵がエルザークを大きく包んでいた。

(あぁ、くそ、一生の不覚だ)

後輩に慰められているという事実が悔しい。
しかしそれ以上にアーノルドの胸の中は心地よかった。やはりよく知る相手ということが大きな安堵をもたらせているのだろう。
そこへオルスが口を開いた。

「ん?奴等が動くぞ」
「!!ローウィンさまをっ」
「判っている。ローウィン様だけか?アーウィン様は?」

冷静なオルスにエルザークも心が落ち着いていくのが判った。

「救出済みだ。セイーラの森近くの砦へ預けてきた」

それならばいいとオルスが頷く。

三人でいるときはいつもオルスが判断を下す。そういう習慣が三人の間でついていた。

「ローグ王子がいる。三名で救出するには策を練らねば難しいだろう。単純な力勝負にはなり得ない」
「……ああ」
「隙は必ず生じるはずだ。そこを狙おう」
「ああ」

そこへ周囲を確認するかのように視線を彷徨わせていたアーノルドが声を上げた。

「あ!トカゲ!」
「は!?」
「うん?」

三人の視線の先に黒いトカゲが枝に止まっていた。
次の瞬間、アーノルドの剣が閃いていた。