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◆黒き歴史の傍観者(13)


小さな小竜は地下30cmほどの場所に埋もれていた箱のようなものに頷いた。

「うむ。それだ」

オルスが取り出すと、小竜は箱のようなものの表面についたボタンのようなものに触れ始めた。

「なんか光ってるッス、あの箱」

オルスとアーノルドにはその箱がどういうものかさっぱり判らない。
小竜はその箱に触れつつ告げた。

「さて、たとえ話だが、仮に今の文明を五番目とするとだな、二つほど前の文明の時代に生きた存在が空を飛び、空間を越えたりしていたのだ。その時代の文明はあまりにも進みすぎたが故の弊害で滅んだのだが、その名残というか、遺産のようなものが大地の下に埋もれておる。その遺産は本当に深く埋もれておるので、通常、でてくることはありえないのだが、さすがに自然災害というものには勝てぬわけで、大きな自然災害が繰り返される内に、地表近くまで現れ、何らかの力が加わって起動してしまったのであろう。しかし時間が経ちすぎたが故に正常ではない。当然ながら正常に動かぬとなれば…」

「おいおい、トカゲ。さっぱりわけわかんねーし!それより先輩はっ!?」

アーノルドの問いに小竜は箱の表面の点滅する光を見ながら答えた。

「ふむ。そなたのセンパイとやらはそなたの相印の相手であったな。もしやそなたと同じ印ではなく土だったりするか?」
「おう、そうなんだよ!異種印なんだ」
「では当たりだな。十年前にいるぞ」
「はあ!!??」

小竜の言葉は予想を遙かに超えたものだった。


++++++


「もう一度名乗っておくぞ。私はグィンザルド。お主らが申すところの七竜と同じ存在だ」

オルスとアーノルドは顔を見合わせた。

「七竜…黒はいなかったかと思うが」

オルスが問うと黒い小竜は軽く尾を振った。

「勝手に七と決めたのは人の子だ。我々は七人ではない」

なるほど、納得のいく言葉だ。

「連れ戻すことは可能か?」

オルスの問いに小竜は小さな首をかしげた。

「現状では否。壊れている。正常に作動しない」

壊れている、とオルスは口の中で呟いた。

「では壊れている物を直すことは可能か?」

オルスの隣でアーノルドは邪魔をせぬよう黙り込んでいる。
小竜は否、と答えた。

「操作程度なら出来るが、直すことはできない。私は歴史家だ」

そう言って小竜は付け加えた。

「だがお主らを十年前に送ることはできる」

オルスとアーノルドは目を見開いた。
連れ戻すことばかりを考えていたため、自分たちが行くという可能性は考えてもいなかった二人だった。
しかしさすがのアーノルドも行きたいとは言わなかった。あまりにも現実味がなさすぎる。

決断を問うようにアーノルドは隣のオルスを見上げた。
オルスは一見無表情だが松明を片手に考え込んでいるのが付き合いの長いアーノルドには判った。

「その箱……連れ戻すことができないと言ったな。だが行くことはできる。……ということは片道ということか?」

さすがに騎士団のトップに立つ人間である。オルスは非現実的な状況下にありながら、しっかりと重要な部分に気づいていた。
小竜はそうだと頷いた。

「十年前に行くことはできる。だが戻ってくることはできない」

この時点で判ったことがある。エルザークは戻ってこれないのだ。

オルスは軽く目を閉じた。黒竜の言葉を信じるのであれば親友は戻ってこれない。

「どうすることもできないのだな?」

小竜は、ひた、とオルスを見据えて答えた。

「我らの技術ではない。幾つもの文明が興っては滅びていった。これは、その名残ともいうべき遺物にすぎない」

(ようするに操作はできるが、黒竜の専門じゃないということか…)

相変わらず説明はよく分からなかったが、オルスはそう見当づけた。

「我らが過去にいけば、この世界はどうなる?そして過去にいるはずの十年前の我々は?」

小竜はちらりと箱を見て答えた。

「恐らく、この世界のそなたらは最初からいなかったことになる。そして十年前のそなたらは今のそなたらに入れ替わる」
「ふむ?」
「一つの世界に同じ存在が居ることはできない。強制的に送り込まれたそなたらがその世界のそなたらになり、 過去のそなたらは存在しなくなる。その瞬間に消える。最初からその世界にいなかったことになるだろう」
「…消える、か」

聞いていてあまり良い気分ではなかった。アーノルドなど露骨に顔を引きつらせている。
この機械はそういうものだと小竜。

「…歴史の改ざんが出来るな」

オルスがぽつりと呟くと小竜は首を横に振った。

「あり得ぬ。これは故障している。本来は遠距離移動用のワープ装置だ。歴史の改ざん用に作られた物ではない。
さて、そなたら、行くのか行かぬのか、決断するがよい。私はこの機械を始末せねばならぬ。これは今の時代に必要のないものだ」

オルスは黙り込んだ。彼は伯爵家の生まれであり、何不自由なく育った身だ。騎士団団長という立場もあり、現在の地位に責任がある。
一方のアーノルドはそんな先輩を不安げに見上げながらも決意は固まっていた。

「エルザーク先輩は間違いなくそっちにいらっしゃるんスよね?」

そうだと小竜。

「相印のそなたが行くのであれば間違いなく相手の元へ送ってやれるだろう」

アーノルドは頷いた。

「じゃ俺、行くッス」

ごめんなさい、オルス先輩、とアーノルドは呟いた。先に勝手に決断したことを彼なりに心苦しく思っているらしい。

「過去にはエルザーク先輩だけなんでしょ?んじゃせめて俺だけでも行ってあげたいッス。それに…俺はあの人を守るって誓ったッス」

力になれるかどうかわかんないッスけどと告げるアーノルドにオルスは苦笑した。

「そう言われれば行かないわけにはいかぬな。お前達と一緒に戦場を生き延びてきたのは同じだ」
「けど先輩……」
「何、十年前に行くんだろう?ならば時間的には戻るわけだ。騎士団は元団長らがお守りくださっていることだろう。歴史的にはそこからやり直すだけだ」

アーノルドは表情を綻ばせた。彼なりに一人で過去へ行くのは不安だったらしい。

「決まったな。では送るぞ」

小竜は箱の表面にある突起を押した。
ピッという小さな電子音が響いた。