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◆ディンガル対ガルバドス(4)


翌日、戦場は混乱状態に陥っていた。
バール騎士団と合流するために目の前に広がるノース部隊に突入した。そこまでは作戦通りだった。しかしノース部隊は囮であり、ヨシフ部隊が横から突入してきた。
そこまではガルバドスも作戦通りだったかもしれない。しかしそこから事態は一変した。ヨシフ部隊の横からパッソ部隊が割り込んできたのだ。
二つの部隊の猛攻を受ける結果となったディンガル騎士団だったが、敵陣にも多少の混乱が起きていたことがディンガルの命運を伸ばす結果となった。
エルザークら、ディンガル騎士団も混乱したが、敵側はもっと混乱したのだろう。戦いが長引くにつれ、ヨシフ部隊とパッソ部隊は乱れ、部隊が混ざり合っていく。
しかしさすがは知将の部隊というべきか、ノース部隊だけは巻き込まれるのを避けるように味方とやや距離をおいて崩壊しかけた陣を立て直し、単独でバール騎士団との合流を止めようとしてきた。
完全に立て直されてしまっては戦力的に劣るウェリスタ側に勝ち目はない。しかもガルバドス側はその後ろにレンディ部隊を温存しているのだ。

「最前線にいるヨシフ部隊を狙え!!打撃を与えて離脱するぞ!!」

将軍の指示が飛ぶ。

「御意!!」

エルザークたちは知将ノース部隊とヨシフ部隊の中間辺りに向かい合う形で部隊を広げていた。
軍の中ではもっともバール騎士団に近い距離だ。最初にハーゲンに突入すべき位置にいる。
タイミングを見計らっていたエルザークはアーノルドの部隊の指揮も半ば受け持っていた。アーノルドは夢中になると自分の隊のことを忘れてしまう。それでなくてもアーノルドの指揮は微妙なのでエルザークの補佐が必須であった。

「先輩!!黒の将軍だ!!」

唐突に叫ばれ、エルザークは一瞬、頭が真っ白になった。

「あ?何だって?」
「あそこ!!ノース部隊にいる!!たぶん、知将ノースだ!!」

興奮した様子で叫ばれたエルザークはアーノルドの示す方角を見て驚いた。確かに黒いコートが見える。それもノース部隊にだ。ならばほぼ間違いなく知将ノースなのだろう。
同じ敵将でもノースの首は価値が違う。心臓が大きく脈打つ。

「チャンスだ!!知将殺したら絶対勝てるよ、先輩っ!!」

グンとアーノルドの背が輝き出す。大技を放とうとしているのだ。アーノルドの飛び抜けた攻撃力は距離があっても十分大きな威力がある。エルザークは慌てて巻き込まれぬよう、部下に離れるよう告げながら、武具である大型の弓矢を取り出した。
アーノルドの周囲に五つの巨大な炎の球が生み出される。五つの炎は放射状に広がり、敵部隊に飛んだ。

「行け!!!華炎連弾!!(ラ・ゼディーガ)」

地面すれすれに巨大炎球が飛んでいく。
その炎球に敵部隊が飲み込まれていくのを見つつ、エルザークは矢に力を込めた。土の力を持つ矢先に反重力を込め、エルザークは知将へ狙いを込めた。

「1、2、3、行け!!」

反重力が込められた矢が地面を抉るように地面を垂直に飛び、敵部隊の先陣を崩壊させる。

「…やったか?」

そう思ったのもつかの間だった。巨大な氷が飛んでくることに気づき、驚愕する。
それを食い止めたのは土の防御壁であった。

「油断するなっ!!」
「オルス!!」
「二人とも飛び出しすぎだ。自分の部隊を忘れるな!!」

ヒュンヒュンと音がする。何か空気を切る音がする。
いつの間に来たのか、氷を纏った長鞭を持った男と槍を構えた大柄な男に包囲されていることに、エルザークは今更ながら気づいた。
どちらも青いコートを身につけている。ガルバドスにおける大隊長位にある者達である青将軍だ。
知将ノース麾下にあるのであれば二人は間違いなく高い戦闘能力を持ってるだろう。

飛び出しすぎた為に自隊までやや距離がある。逃げようとすれば背に攻撃を食らうだけだろう。立ち向かわないわけにはいかない。
エルザークが覚悟を決めて身構えたとき、名を呼ばれた。

「行け!!」
「ロイ、ユージン!!」
「お前らが指揮を執って、軍をハーゲンへ突入させないと後の部隊も走れないんだよ!!」
「行け!!ここは私たちで食い止める」

エルザークは躊躇った。今ここで、この二人を残していくことは実質見捨てることと同じだ。
その躊躇いを読み取ったのだろう。敵将から目を離さぬまま、ロイが笑った。

「行け。俺はお前を助けるんじゃない。軍とオルスを助けるんだよ」
「オルス、エルを頼む」

ユージンに告げられたオルスはしっかりと頷いた。

「ああ、任せろ」

ずっと共に過ごしてきた友だ。簡単に見捨てられるはずがない。
しかしオルスは自分のなすべきことを知っていた。しっかりとエルザークの腕を掴み、引っ張った。

「行くぞ、自分の立場を考えろ」
「オルスッ!!」
「お前が自分の部隊の指揮を取らねばディンガル騎士団全体が巻き込まれるんだ。判るだろう?他の友の命まで危機にさらすつもりか?」

アーノルドでは駄目だ。部下がすぐには従わない。
オルスは左翼全体の指揮を執る立場だ。エルザークたちの部隊の指揮まで執っている余裕がない。
ディンガル騎士団の先陣を預かっているのは実質エルザークだ。先陣に立つ彼の部隊が動かねば後の部隊まで巻き込まれる。躊躇っている暇はない。それは確かだ。

「すまん!!」
「先輩ッ!!」
「来い、アーノルド!!」

嫌がるアーノルドはオルスにきつく名を呼ばれ、唇を噛んだ。
エルザークは馬に飛び乗ると、先方を見た。確かにハーゲンが門を開こうとしている。こちらを迎えようとしているのだ。タイミングは今しかない。敵の軍を先にハーゲンへ入れるわけにはいかないのだ。
エルザークは部隊に怒鳴った。

「ハーゲンに突入せよ!!」

(すまん、ロイ、ユージン!!)

見捨てたも同然のことをしてしまった。
それでもこうしないわけにはいかなかった。
軍全体の命運がかかっているのでばそうしないわけにはいかなかった。

(すまない…!!)