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◆ディンガル対ガルバドス(3)


一方、食堂ではエルザークがアーノルドに文字を教えていた。

「だからこんな文字じゃ読めねえっつってんだろ!」
「まぁまぁ…アーノルドも努力しているんだからさ」
「ユージン、てめえは黙ってろっ。いいか、アーノルドッ、文字ってのは相手に読めねえと意味がねえんだよっ」
「う〜っ…」
「ほら、アーノルド。一つ一つの文字の特徴を捉えて書けばいいんだよ。そうしたらその特徴で相手も読めるようになるからさ」
「ったく、大隊長が文字の書き方の練習なんて情けなくて涙もでねえ…」

冷たいエルザークの口調にさすがに落ち込むアーノルドであったが、ユージンは小さく笑むとアーノルドの耳元で囁いた。

「ああ言ってるけど、なんだかんだ言いながらもお前の練習に付き合ってるんだからさ、優しいんだよ、エルは」
「なーんか、言ったか?ん??」
「ヤバ、聞こえちゃったか」

エルザークに睨まれ、ユージンは肩をすくめる。
エルザークの耳が赤くなっていることに気づき、アーノルドは笑った。その通りだ。なんだかんだ言いながらも最後まで面倒を見てくれるのがエルザークだ。口は悪いが付き合いはいい。面倒だと放り出したことは一度もないのだ。

「ところでロイはどうした?」
「オルスがいないからねえ…遊びに行ってるんじゃない?」
「相変わらずだな、ヤツは…」

アーノルドを止めることができるのがエルザークだけなら、ロイを止めることができるのはオルスだけだ。軽薄な遊び人であるロイもオルスにだけは強くでられないらしく、オルスの目があるうちは夜遊びをしようとしない。もっともこちらは怒られるからという理由ではなく、別なる理由があるようだ。

「おら、こうやって書くんだよ。体で覚えろ、体で」

エルザークはアーノルドの背中側から覆い被さるようにして手を捕らえ、文字を書いた。

「先輩、体が密着したら煽られるッスー」
「あぁ?アホかテメエはっ!発情してねえでとっとと文字を覚えろ!」

常に騒がしい二人に苦笑するユージンであった。


++++++


予想通りというべきか、冬に入って侵攻してきたガルバドスの将は青竜の使い手レンディと知将ノース、パッソ、ヨシフという顔ぶれであった。
ガルバドス国で最高位にある黒将軍が四人。それだけで本気であることが伺える。
国内で最高位にある近衛軍が戦場に到着するまでは西のバール騎士団と北西のディンガル騎士団が中心となって食い止めなければならない。そうでなくば西の地が崩壊してしまうのだ。
西から王都にかけては豊かな領土が広がっている。戦火を広げないためにも西の地で何とか食い止めることが肝心となる。

最初に出た領主軍は敗北し、二度目の戦場はバール騎士団本拠地である城塞都市ハーゲン近くとなった。
ここが落とされると王都まではあっという間だ。他の領主軍も迎え撃つ準備をしているだろうが、ハーゲンほど強固な守りではない。
ディンガル騎士団もハーゲンにてバール騎士団と合流することとなった。
ハーゲンから二キロほど手前にキャンプを張り、副将軍であるブルーノとオルスは将軍ディエゴに呼ばれた。

「タイミングが合わねば反撃にも出れぬ。何とかバール騎士団と合流せねばならん」
「城門という城門をすべて塞いで守りを固めていますね。ですがあちらもこちらが駆けつけていることに気づいている。何とか城門近くまで向かうことができれば開けてくれるでしょう」
「その前に敵部隊を追い払う必要がありますが、そう簡単に追い払われてくれるかどうか…」
「あの部隊は知将ノースだろう?」
「ええ…十字に茨の紋章なので間違いないかと…」
「嫌な場所に嫌な将を配置してくれる…。あえてうちとバールに挟まれる位置に入ってくれるとは、何らかの策があるとしか思えぬな。それが知将では尚更だ」
「ですがバールと合流しないわけにはいきません。うちとバールだけでは敵軍の総数にも満たない数。各個撃破されてしまうまえに何とか合流しなくては…。バール騎士団も連日の猛攻を受け、疲労が大きいはず。早めに助けてやらなくてはなりません」
「……危険だと判っているがいかないわけにはいかぬな。伏兵が潜んでいないか調べ、明日、突入するぞ」
「御意」

最初にブルーノが出ていき、オルスは将軍に視線で止められた。

「オルス、判っているな?」
「はい」

アーノルドとエルザークは守らねばならない。
何があってもだ。