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◆ディンガル対ガルバドス(2)


近年、隣国の軍事国家ガルバドスの侵略が激しく、周辺の国家はいつ自分の国の番がくるかと神経を尖らせている。
ガルバドスに吸収された国々は片手の指の数以上になる。それがすべて七竜の一つ青竜の使い手であるレンディが将になってから行われたものだ。
ウェリスタも力試しのように何度か侵略を受けている。幾度かディンガル騎士団も出陣し、実際にぶつかり合った。まだ青竜の使い手とは出会っていないが、相手は好戦的な性格だというから、ぶつかるのが時間の問題であるのは確かだ。

「青竜の使い手レンディ、知将ノース、この二人が同時に侵攻してくるという噂がある」

軍事大国ガルバドスが誇る名将の名にエルザークは顔を引きつらせた。

「…マジかよ」
「この二人が同時に参戦し、敗北したことは一度もない。入念に準備し、迎え撃つ必要があるだろう」
「ああ…。……ん?どこまで行くんだ?」

将軍用の執務室と方角が異なっていることに気づいたエルザークが問うとオルスは表情を引き締めた。

「東塔だ」
「東塔?なんだってあんなところに」
「行けば判る」

城内から通じる、普段は滅多に使用しない通路を通って東塔に入り、螺旋階段を上っていく。
その先の部屋にディンガル騎士団の長ディエゴと二人目の副団長ブルーノが待っていた。二人とも三十代半ばの将だ。

「来たか」

中に入ったエルザークは何故自分たちが呼ばれたのか気づいた。

「ガルダンディーア……」

一見したところ、獅子のように見える獣の彫像。それがガルダンディーアだ。
ガルダンディーアは上級印を使用する武具の一種だ。それもアーノルドの双剣やエルザークの強弓のような単体型ではなく、複数型の武具で使い手が複数人必要となる。
更に言えば、ガルダンディーアは意思を持つ武具だ。七竜のように喋って動いたりすることはないものの、使い手を選ぶと言われている。必ずディンガル騎士団の騎士から使い手を選ぶため、ディンガルの神が宿るとされ、ディンガルの秘宝、ディンガルの切り札と言われている。

「ガルバドスが侵攻してきたら、ガルダンディーアも出す。使用するかどうかは判らないが、準備はしておこうと思っている」
「…はい」
「感合させておけ。上級印の大隊長たちには全員にさせている。あとはお前達二人のみだ」

若いエルザークとアーノルドは大隊長になって日が浅い。エルザークはゆっくりとガルダンディーアに近づいた。
ディンガルの紋章と同じく翼を持つ獅子のような彫像のガルダンディーアは長身であるエルザークよりも高い。三メートルはないかもしれないが、二メートル半ほどの高さはありそうだ。それが伏せた体勢なのだから、立ち上がったらもっと大きいだろう。
手を伸ばして額に当たる部分に手を置く。ゆっくり印を発動させると力を吸収されるような感覚があった。
そのままゆっくり手を離す。

「大丈夫そうだな。拒絶されたら何もおきない。次、アーノルド」
「はいっ」

元気の良い返事をしたアーノルドは好奇心一杯に近づいていき、手を置いた。
どうやらアーノルドも大丈夫だったらしい。しかしそれ以外の反応がないのがつまらないのか、何か起きないかと言わんばかりに彫像をじっと見つめている。

「アーノルド、終わったらさっさと戻ってこい」
「はーい…」

エルザークに呼ばれ、アーノルドはしぶしぶ戻ってきた。
そのまま退出していいと告げられ、エルザークはアーノルドを伴い、部屋を出て行った。
その様子を見送り、室内は将軍位だけとなった。
白に近い色の短い金髪をした将軍ディエゴはあごひげの生えた顎をさすりつつ、若い副将軍を見た。

「オルス」
「はい」
「お前もだが、あやつらは若い。無茶無鉄砲なところがあり、大局を読み切れぬところが多々あるだろう。次の戦い、ノースが加わっていたとき、我々でフォローしきれぬ時もあるかもしれん」
「はい」
「よいか、思わぬ危機に陥ったとき、何を犠牲にしてでもあの二人を守れ。命令だ」

オルスは目を見開いた。
しかしディエゴももう一人の副将軍ブルーノも真顔だ。本気でそう言っているのだ。

「アーノルドの印と戦いの才は天性のものだ。けして他国に奪われるわけにはいかん。あの力はこのディンガルの宝でもある。これから先、ガルバドスとの戦いが激化することが判っている現状ではアーノルドを失うわけにはいかんのだ。アーノルドとその相印の相手であるエルザークは何をしてでも守れ。それがこのディンガルの命脈を保つ命綱となる」
「はい」
「お前より、我々よりアーノルドだ。優先順位をけして忘れるな」
「御意」

戦場では非情なる判断も強いられる。そうでなければ過酷な戦場を生き延びることはできない。一瞬の判断が命取りとなる。
自分の命より親友と後輩を優先させよと言われたオルスだったが、その判断を非情だと思うことはなかった。彼等の命が自分より優先されるべきだという上の判断をオルスも妥当だと認めたのである。
秋の終わりはすぐそこまで来ていた。