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◆ディンガル対ガルバドス(1)


「何を考えてやがんだ、てめえはっ!!何度言ったら判りやがる!!その飾りのような頭にも少しは知識や経験っつーものを詰め込め!!!」

雷を落とされる後輩を見つつ、ユージンは苦笑した。
怒っている方も怒られている方も大隊長。騎士団の中では十分高位だ。
しかしどちらもその地位とは思えないほど若い。それだけ彼等の能力と功績が突出している証拠だ。

ディンガル騎士団は大国ウェリスタの北西に位置する騎士団だ。
北にホールドス、西にガルバドスという大国を抱え、その狭間に位置するために国内でもっとも出動率の高い騎士団と言われている。
当然ながら死亡率も高く、30代以上の騎士は多くない。傭兵気質で実力主義の騎士団と言われるのはこの辺りからきている。
ガラディア山を背に作られたディンガルの町は天然の要塞都市だ。大国に挟まれた過酷な環境が守りに強い都市を産み出した。
幾重もの城壁と迷路のような坂道が支配する都市はけっして住み心地がいいとは言えないが、その作りが幾度もディンガルの町を守ってきたのだ。
同数でぶつかれば国内最強と言われる近衛軍以上の強さを誇るだろうと言われているディンガル騎士団はそんな騎士団であった。


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「もー、先輩の怒りんぼ。そんなにガミガミ言うことないッスよねえ?ちょっと術の使い方を間違っただけなのに」

殴られたところをさすりながらぼやくアーノルドに同じテーブルにつく傭兵たちは笑い出した。

「そりゃ坊やが悪い。俺ぁエルザーク様に同情するぜ」
「そーそー。『ちょっと術の使い方を間違った』っつっても、それで壁を半壊させちゃあ、被害の大きさで言えばちょっととは言えねえな」
「全くだ」

未だ二十代前半ながら大隊長位につくアーノルドは当然ながら最年少の大隊長だ。恐らく国内でも最年少の大隊長だろう。
生まれつき異例の大きさの印を持って生まれたアーノルドは一人で合成技並の威力を誇る攻撃力を持つ。成長するにつれ、それに磨きをかけていったアーノルドは攻撃だけで言えば、並ぶ者なしの強さを誇る将の一人だ。
戦いの勘にも優れた彼はこれまで幾度も敵将の首を持って帰ってきた。現在の地位も並ぶ者なしの功績を誇るが故に与えられた地位だ。若さや経験から言えば未熟すぎるために本来は与えられないはずなのだが、それ以上に彼の功績が大きかったのだ。
敵国からは『ディンガルの炎虎』という異名を与えられているアーノルドは、恐らく敵国にはもっとも恐れられている将の一人だろう。
しかし、そんな彼もプライベートではあどけなさが残る青年だ。年長者に囲まれて育った彼は甘え上手だ。屈託なく、真っ直ぐなまま成長してしまったため、傭兵達には可愛く映るらしい。特に年長者からの人気は高く、よく声をかけられ、テーブルに呼ばれている。
また、アーノルドの方も甘え上手なため、地位や身分など関係なく接するので余計に接しやすいのだろう。完全実力主義者が多い傭兵たちは、強い相手を好む。その点から言えば、アーノルドは完全に合格だ。接しやすさと強さを兼ねたアーノルドは傭兵達からの人気も抜群だ。

そんな無敵さを誇るアーノルドもただ一人頭の上がらない相手がいる。
それが彼の運命の相手であり、先輩であり、地位的には同僚でもあるエルザークだ。
正統派の騎士で隊の指揮が上手い彼は傭兵達にも信頼を受ける騎士だが、彼はただ一人、アーノルドを操縦できる人物としても信頼を置かれている。
その能力の大きさ故に、これまで幾度も印を暴走させてきたアーノルドだが、そんな彼を唯一止めることができるのがエルザークだ。彼の土の印は対となるアーノルドの印を抑えることができるのだ。

「全く。俺はいつになったらあいつのお守りから抜け出すことができるんだ」

ぶつぶつとぼやくエルザークにユージンは笑った。
ユージンはエルザークの同期で士官学校時代からの友人だ。
当然ながら彼等との付き合いも長く、既に十年以上になる。
ゆるいクセのあるクリームの色の髪を背まで伸ばし、黄色の瞳を持つユージンは柔らかな容貌を持つ美男子だ。騎士としての腕もよく、エルザーク達ほど出世は早くないが、中隊長として隊を持つ身である。

「全く大したものだよねえ…本来の武具を使ってないのにあの威力なんだから」

アーノルドの武具は双剣だ。
成人の儀として行われる邂逅の儀では己にあった武具が現れる。そうして騎士の卵たちは己の武具を得て、自分の武具とするためにその武具で訓練し、慣れていくのだ。
ところがアーノルドに現れた武具は炎系の剣が二本だった。騎士団の話では剣一つではアーノルドの印の強さに耐えられないと判断されたためだろうという。
そのため、アーノルドは邂逅の儀で現れた剣ではなく、特別に作られた双剣を保持している。
アーノルドの場合、剣を使った印術は双剣でないと本来の威力を発揮できない。通常の剣では武具の方が耐えきれず、壊れてしまうのだ。
それでも並外れたアーノルドの印の威力は時々暴走を起こす。今回もその一例に過ぎない。訓練に使っていたのはただの模擬剣だったというのに訓練所の壁を半壊させる威力を出した。
エルザークにしてみれば呆れてものが言えないというレベルだが、周囲は既に慣れているのか苦笑しているだけだ。皆が慣れてしまうほど日常茶飯事と化しているのだ。

「お前らは甘過ぎだ」
「すまないね。だがどうもあの子を見ているときつく言えないんだよ」
「そこが間違ってるって言うんだ!どいつもこいつもアーノルドに甘すぎる!」

誰もがアーノルドに甘いとエルザークは思う。
その筆頭がエルザークの同期でアーノルドの幼なじみであるオルスだ。
褐色の髪と同じ色の瞳を持つオルスは190cmを超える大柄な騎士で現在は副団長だ。
穏やかで思慮深い人柄で、若くして周囲の厚い信頼を得ている。
そんな彼はアーノルドの兄のような存在だ。アーノルドが何をやっても『またか』で済ませ、『今度から気をつけろよ』と笑うだけだ。周囲はそんなオルスに対し、『器が大きい』というが、エルザークにしてみれば『底抜けの甘さ』としか思えない。
そこへ新たな声が響いた。

「おーい、エルザーク」

士官学校時代からの二人の友人であるロイであった。
黒髪黒目で軽い性格のロイは夜遊びが激しい遊び人だ。そんな彼だが騎士としての腕はよく、ユージンと同じく中隊長の任についている。

「これ読んでくれ」
「あぁ?お前書類も読めねえのか?……うぁ…こいつぁ…」
「アーノルド大隊長様から回ってきた書類だ」

ロイはアーノルド麾下の隊であり、必然的にアーノルドの指示を受ける立場にある。しかしアーノルド大隊は半分以上エルザークが指揮しているというもっぱらの噂だ。
一応ベテランの騎士がアーノルドの補佐についているのだが、そんな彼等もアーノルドには振り回されっぱなしだ。初代の補佐は胃痛で交代し、二代目は戦闘中のアーノルドの暴走で大けがを負って交代した。現在は三代目だが、額の広さが広くなったともっぱらの噂だ。そろそろ交代するだろうという話が信憑性を持って語られているほどである。
そんな事情もあり、アーノルドの部下達は最初にエルザークへ相談に行く。アーノルドの補佐よりよほど頼りになるからだ。エルザークの方も責任感が強い性格であり、頼まれると断れない。しぶしぶ引き受けてしまっている。

「ったく、また書き取りさせるか。しばらく見てやらなかったらこれだ」
「綴り間違ってるだろ?読めねえよ」
「いや、間違っちゃいねえんだ。こいつは元々こういう字だ」
「なお悪ぃだろ。読めねえって!これ、回覧用なんだぜ」
「回覧用……最悪だな。おい、メモれ。解読するから。あとで清書しろ」
「へいへい…よく読めるなお前、そんな文字」
「俺とオルスは読めるんだ。あいつに文字を教えたのは俺らだからな」

ロイがメモしたものを確認し、エルザークはため息を吐いた。
そこへ明るい声がエルザークの名を呼んだ。

「せんっぱーい。ディエゴ将軍がお呼びですよーっ」
「ちょうどいいところに来た、アーノルド。テメエ、なんだあの回覧用の文章は!あんなひでえ字が読めるかっ!!もう一度書き取りをやり直せ、いいなっ!?」
「ええーっ!?なんですか、いきなりー。書きとりは面倒だから嫌っス!」
「嫌だの何だの言っていられるレベルじゃねえんだよ、テメエの字はっ!!いいか、きっちりやり直せ、いいなっ!?」
「先輩、横暴ッスー!」
「こら、二人とも。将軍がお呼びだと言ってるだろ?お待たせするんじゃない」

穏やかな声に遮られ、エルザークは口をつぐんだ。
オルスは泣きつく後輩の頭を宥めるように撫で、友であるエルザークに笑んだ。

「説教は後にしろ。行くぞ」
「判った。じゃあな、ユージン」
「ああ、また」