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◆ディンガル対ガルバドス(5)


ロイとユージンは戻ってこなかった。
知将ノースの側近が死んだという噂は聞かないのでそういうことなのだろう。
さすがのアーノルドも親しい先輩が亡くなったことにショックを受けているのか、周囲の慰めも耳に入らぬ様子でふさぎ込んでいる。
さすがのアーノルドもこれで少しは大人になるだろう。そう思いつつもエルザーク自身ショックであった。オルスを除けば一番親しいのがユージン、そしてロイだったのだ。
己の失態だった。あのときアーノルドに引きずられて攻撃をすべきではなかったのだ。
あのときアーノルドを止めるべきだった。何故罠を見抜けなかったのか。一瞬の判断ミスが友の死を招いた。
他の隊長たちの反応は冷静だった。
ディンガル騎士団は死亡率が高い。死に慣れている。悲しみはしても死を引きずらない。それだけ死が身近になってしまってるのだ。

オルスは何も言わない。
優しい彼はこういうとき下手な慰めを言わない。ただ無言で待ってくれる。エルザークたちが現実を受け入れ、立ち直るのを待ってくれるのだ。
オルスもショックだろう。二人と仲が良かったのは彼も一緒なのだ。
それでも彼は冷静だ。普段どれほど甘くても、彼が戦場における判断を誤ったことはない。そこが自分との違いだとエルザークは思う。オルスは常に冷静なのだ。一時の感情に惑わされて状況判断を見間違ったことは一度もない。それは将として大きな違いだ。

「明日は守りを固めて、明後日から弔い合戦だ」
「明後日?」
「ああ、明後日に近衛軍が到着するそうだ。それからが勝負だ」

オルスの台詞にエルザークは頷いた。
情報は近衛にも届いているはずだ。近衛軍は間違いなく二部隊以上送り込んできているだろう。確実にガルバドス以上の戦力を送り込まねばレンディとノースには勝てないからだ。

「聞いたか?アーノルド。落ち込むのは今夜までだ。明日以降は気分を切り替えろ」

エルザークが告げるとアーノルドは目元を拭って深く頷いた。

「…勝つッス。絶対に」
「ああ」


++++++


一方、ガルバドス軍の本営。
目の前で口論を繰り広げるヨシフとパッソにうんざりしつつ、ノースは乱れた茶色の髪を掻き上げた。
いかにも肉弾戦派の将であるヨシフとパッソに対し、知将であるノースは痩せた小柄な青年だ。彼は頭脳戦だけで今の地位を築いたという異質な将である。
ノースは元々今回の戦いに対し、乗り気ではなかった。時期が微妙だと思うのだ。北の小国を落とした直後であり、国内が落ち着かないままだ。おまけに失った戦力も補わぬままだというのに、青竜の使い手レンディに無理矢理同行させられたのだ。

ディンガル騎士団の最前線にディンガルの炎虎とその相手がいることをノースは早い内に気づいていた。最初からその二人に狙いを付けていたのだ。
ヨシフとパッソのおかげで作戦どおりにはいかなかったがその二人を追い詰めることには成功した。あいにくディンガルの副将軍オルスと別の隊長らに阻まれて、首を取り損ねたが一つの収穫にはなっただろうと思う。

「ノース。君はどう思う?」

笑みをたたえたまま、ずっと無言であったレンディに問われ、ノースは俯いていた顔を上げた。まだ二十歳そこそこに見える若い青年レンディはとぐろを巻いて、ゆらゆらと動く大蛇に腰をかけてこちらを見ている。彼が大蛇である青竜ディンガと戯れる姿はいいかげん見慣れたが、見ていて楽しい光景ではない。相変わらず悪趣味な姿だと思いつつ、ノースは口を開いた。

「ディンガルの炎虎……彼は噂通りの攻撃力を持っている。一人で合成印技並の威力を誇る攻撃をしかけてきた。
彼はいずれディンガルの要になるだろう。彼とその相印の相手は育ちきらぬうちにその芽を摘んだ方がいい」
「なるほど」
「ダンケッドとカークを差し向けたが、敵の隊長と副将軍オルスに阻まれてしまった。あれは読まれていたのかもしれない…」
「うん?」
「あのタイミングでオルスに割り込まれるとは思わなかった…。こちらの策に気づかれていたとは思えないが、あの二人を狙ってくるということは読まれていたんじゃないかと思うよ」
「ダンケッドとカークを投入して首を取れなかったのか。それは惜しいな、確かに。敵もなかなかやるということか」

ダンケッドとカークは知将ノースの側近中の側近だ。高い攻撃力を誇る青将軍であり、ノースの懐刀と言ってもいいような存在だ。

「嬉しそうだね、レンディ」

ノースがそう告げるとレンディはくすくすと笑いながら頷いた。

「ああ…敵は強い方が面白い。…さて、近衛が出てくる前に撤退準備を始めるか」

彼等とは本気でやり合う必要はないと告げるレンディにやはり力試しだったかと思いつつ、ノースは本営の天幕を出ていった。
撤退準備という言葉を聞いた以上、後はタイミングを見計らってこの地を撤退するだけだ。
これ以上、彼と話をする必要は感じなかった。

以降、ガルバドスの知将ノースとエルザークらの因縁は十年以上続くことになるのだが、このときの彼等が知るよしもなかった。

<END>