部屋にいたアーノルドは話を聞いて、頬を膨らませた。
「ええ、嫌ッス!何でオルス先輩じゃないんスか!?俺、オルス先輩がよかったッス〜」
(このクソガキ!!)
人助けだと考えを改め、折角覚悟を決めてきたというのに、当の助ける相手にそう愚痴られ、さほど気が長くないエルザークはあっさりと切れた。
「俺だってゴメンだ、馬鹿野郎!断れるような類ならとっくに断ってるわ!!」
ゴツンと頭に拳を落とす。
「痛い!!うう、オルス先輩〜」
まぁおちつけ、とオルス。
「お前もだ、アーノルド。こんなことで文句を言うんじゃない」
「…はぁい…」
エルザークは何気なくテーブルの上を見て軽く眉を上げた。
(書き取り……こいつ、さっきテーブルに向かってたってことは勉強していたのか)
テーブルの上に出ているのはエルザークが作ってやった手製の書き取り用の見本だ。
子供が練習に使う市販品ではなく、アーノルドはエルザーク手製の方を使ってくれているらしい。
練習に書かれた字は汚くはあるが、少し進歩が見られた。
アーノルドはアーノルドなりに考えて頑張っているのだと知り、エルザークは少し怒りを収めた。
「まぁ、少しはマシになってきたんじゃねえか?」
テーブルの方を見ながらエルザークが言うとアーノルドはパッと表情を輝かせた。
「ホントに!?俺、頑張るッス!」
喜んだアーノルドはテーブルへ駆け寄っていく。
(あー、うぜえ。なるようになれってんだ)
再び書き取りを再開したアーノルドに書き方のコツを教えつつ、エルザークは運命の相手について考えることを一旦放棄した。
+++
アーノルドはホットミルクを飲みながら、食堂でふて腐れていた。
オルスは優しい。
しかし相変わらずエルザークは怖く、横暴だ。
何故オルスじゃなくてエルザークが相手なのだろうか。この迷惑なほど大きな印といい、神は不公平だとアーノルドは思う。
「そんなことないぞ、俺は羨ましいぐらいだ」
「それはユージン先輩がエルザーク先輩を好きだからッスよ」
「まぁ確かに俺はエルと仲がいいけどな。エルはお前に随分気を使っているよ。よく考えてみろ。本当に嫌いなら見るのも嫌なはずだ。係わらずに無視する方がずっと楽だからな。にもかかわらず、エルはお前の勉強を見てやったり、マナーを教えたりしているだろ。誰かに頼まれてというわけでもなく、自主的にな」
「それは…そうッスけど…」
「嫌いな相手は無視するのが一番楽だ。同時に優しくするのも楽なんだぜ?そういう意味じゃオルスは本当は間違ってんだ。今苦労しているのは、過去、学ぶべき時に学んでいなかったからだ、違うか?」
「けど、オルス先輩は優しくて…!」
「そう、オルスは優しい。けどな、それはお前のためになってはいないんだよ。
お前が士官学校で学び、将来騎士になるためには今、いろいろなことを学んでおくことが必要だ。読み書きにしろ、騎士として最低限の身の振る舞いにしろ、絶対必要なことだ。でないと一人前の騎士がそれらのことすら出来ないとなっては話にならない。そうなるとお前自身が苦労するんだぜ?」
それはそうだろう。騎士が読み書きすらできず、マナーもめちゃくちゃという話は聞いたことがない。騎士は社会では人の模範となるべき立場にある。
「エルは厳しいかもしれない。だがあいつがやっていることはすべてお前の為になることだ。あいつはお前のために厳しいんだよ。
オルスは確かに優しいかもしれない。だが優しいだけだ」
そう言い、ユージンはため息を吐いて天井を見上げた。
「さすがは運命だ。神はよく見ておられる。オルスじゃなくエルザークである意味は、お前にはエルザークであるべきだという証なんだろう。相印は互いの為にある。いつかお前がエルザークのためにその印を振るう時が来るのかもしれないな」