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◆鎮静の絆(2)


アーノルドは全く根気がなかった。
正しくは勉強癖がついていなかった。

「俺、名前は書ける」
「アホか!!普通、何でも書けるんだよ!!」
「けど、俺、騎士になるし、敵さえ倒せばいいって聞いたのに」
「アホか!!最低限の読み書きぐらい出来なくてどうする!!ディンガルの士官学校生は読み書きもできねえアホがいると思われたくはねえ。つべこべ言わずにとっとと書け!!」

オルスに任せるとすぐに甘やかしてしまう。
最初は自分には関係ないと放置していたが、生真面目なエルザークはすぐに二人のやりとりに切れて、手をだすようになった。
その結果、自然とアーノルドの勉強を見るのはエルザークの役目となった。

(こいつ、一般兵から出世させた方がよかったのかも…)

そう思うが、伯爵家の繋がりですでに士官学校へ入ってきた以上、どうにもならない。

そうしてアーノルドが手を動かす様子をしかめ面で見ていたが、やがてアーノルドの顔色が悪くなってきた。文字を書く手が震え出す。

「おい、どうした?」
「痛……痛い……」
「おい、アーノルド?」

音を立てて、椅子から床に転がり落ちたアーノルドにエルザークは驚いた。
様子がおかしい。医務室へ連れていくべきかと立ちあがったエルザークの肩をオルスが叩いた。

「発作だ」
「発作!?こいつ持病持ちなのか!?」
「そうとも言う。薬がある」

オルスが取り出した薬は見慣れない粉末だった。 オルスは慣れた手つきでアーノルドに飲ませた。その様子からオルスが対処に慣れていることを知った。それはつまり慣れてしまうほどアーノルドが発作を起こしているという証だ。
薬を飲むとアーノルドはさほど経たぬうちに深く眠ってしまった。

「おい、どういうことだ?説明しろ。士官学校には心身共に健康な者しか入れない。戦場に出る身である以上、持病持ちは不可だ。テメエ、アーノルドを殺す気か?」

エルザークが詰め寄るとオルスは苦笑した。

「アーノルドは幸せだな。これほど心配してくれる者に出会えた」
「茶化してんじゃねえ!!」
「本気で言っている。今まではいなかった。皆がアーノルドを見捨てた」

エルザークは眉を寄せた。どういう意味なのか。
そういえばオルスがさきほどアーノルドに飲ませた薬は何なのか。数分もせぬうちにアーノルドは落ち着いてしまい、眠りに落ちてしまった。それほど早く効く薬は聞いたこともない。

「この薬は麻薬の一種だ。もうこれしかすべがなくてな」
「…麻薬だと…」
「アーノルドの背を見たことあるか?まぁないだろうな…」

見れば判る、と言い、オルスはベッドで眠っているアーノルドを俯せにし、服をあげた。
背中全体に広がる深紅の印が露わになる。

「なんだこれは……印か?何故、腕じゃなく背に……しかも全面だと…!?」

通常、印は邂逅の儀で現れる。
その年齢は15歳だ。
しかしアーノルドは士官学校の一年生。まだ13歳になったばかりだ。

「炎の印だ。ただし、上級中の上級のな」

アーノルドは生まれながらに印を露わにして生まれたのだという。
それも上級中の上級と呼ばれる巨大な印。腕ではなく背に持って生まれたのも希有なら、そのサイズもまた桁外れだった。

「コントロールできないうちは印使いによって何重にも封印されていた。何度も暴走する印による被害が大きく、 両親も手に負えぬとアーノルドを地区の長老の元に預けた。しかし長老とてどうにかできるものではない。 領主である我が家に預けられることになった。もう封印も限界でな…士官学校入学に合わせて封印が解かれたが、 大きすぎる印は身に大きな負担をかける。印によるものだが、アーノルドの場合、正常だから痛みを抑えて眠らせる以外、手だてがない。
アーノルドの身体が成長して負担が軽くなり、印のコントロールが出来るようになるのを待つしかない状態だ」

アーノルドの成長が先か、麻薬に身体がやられるのが先か、そのどちらかだとオルス。

「できるだけのことはした。アーノルドは正常なんだ。それだけに他に手だてがない」