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◆双〜共に歩み行く道〜(10)


翌朝、デーウス黒将軍の公舎に出向いたギルフォードは、自分へ挨拶をしてくる同僚たちが少し緊張した様子であることに気付いた。
出勤時間だ。公舎の玄関ホールには多くの騎士たちがいて、朝の挨拶を交わしつつ行き交っている。しかし、敬礼をしてくる騎士の多くが少し緊張した様子を見せている。
どうやら気を使わせているようだと内心苦笑しつつ、中庭が見える吹き抜けの玄関ホールを歩いていると、別の方角からスターリングがやってくることに気付いた。
立ち止まり、相手がこちらに気付くのを待つ。運命の相手であるため、お互いの存在に気付くのは早い。何となく、どちらの方角にいるかというのが判ったりするのだ。
二人に気付いた周囲も、気遣うようにこちらを見ている。

「おはよう」
「おはよう、ギルフォード」

いつも無表情の相手だが、今朝は少し困った様子であるのが判る。表情に出なくても相手の機嫌ぐらいは容易に読み取れるのだ。それだけ長く付き合ってきた。
そしてこれからも彼とは長く付き合っていくのだろう。伴侶になるであろうレナルドとは違った意味で。
ギルフォードは小さくため息を吐いた。
困った相手だ。きっとこれからも何度も喧嘩をし、腹を立てて、迷惑をかけられるのだろう。それが容易に予想できる。それでもきっと離れずに生きていくに違いない。彼は己の運命の相手なのだから。
出来れば違った形の運命の相手が欲しかったと思わないでもない。それでも彼が運命の相手だった。振り回され、迷惑をかけられ、突拍子もないことをしでかす、軍人としての才だけは溢れんばかりにある男が運命の相手だった。

「おめでとう、スターリング」

相手の背に腕を回して、抱きしめながらそう伝えると、相手は少し驚いたように体を硬直させ、同じように背に腕を回してきた。

「ありがとう、ギルフォード」

そういえばこいつをこういう形で抱きしめたことはなかったな、と思わず苦笑した。自分たちはいつも触れ合う形の接触がなかった。せいぜい握手程度、たまに酒を飲み過ぎて、肩を貸して歩く程度だった。スターリングが驚くのも無理はない。
だが、今日はこうしたかったのだ。

「…これからもよろしく頼む」

そう付け加えられ、ギルフォードは苦笑した。

「当然だ、お前が俺なしでやっていけるわけがないだろう」

体を離しつつそう言うと、スターリングは珍しくも小さくため息を吐いた。

「デーウス将軍にもそう言われた」

我らが上司も同じ見解だったらしい。

「だから、俺、だったそうだ……。すまん」

少し申し訳なさそうに小声で告げられ、ギルフォードは軽く瞬いた。
なるほど、そういう事情だったのか。しかし納得がいく。昨夜は頭に血が上って思い当たらなかったが、上司から見た場合、スターリングがとても危なっかしく目に映ったのだろう。過去の行状を見れば無理もない。
ギルフォードがトップでスターリングが下ならば、最初からうまく回る。しかし、いつまでも変化がなく、そのままになるに違いない。
恐らくデーウスはスターリングも黒将軍にしたかったのだ。何しろ軍人としての才能だけは溢れんばかりにある男だから、青将軍でくすぶらせたくなかったのだろう。だからこそ、己の陣容をそのままスターリングに引き継がせたのだ。それがもっともスムーズに行く方法だから。
貧乏くじを引かされたと思わなくもない。しかし、それはデーウスからの信頼の証でもある。ギルフォードならば大丈夫だと思ってくれたのだ。

「最初だけだ」

そう言うと、スターリングは意味を問うように視線を向けてきた。

「すぐに追いつく。俺はお前の後ろを歩く気はない。隣を歩くんだ」

スターリングは驚いたように目を見張った後、笑みを見せて頷いた。
手を差し出される。
さきほどはこちらから抱きしめたが、今度は相手から接触を求めてきた。
お互いに珍しいことをしあっているな、と思いつつ握り返す。お互いに剣によるタコが出来て、堅い手だ。しかし、共に戦場をくぐり抜けてきた力強い手だ。
手を離して、歩き出す。向かうは上官であるデーウスの執務室だ。これから引き継ぎがある。しばらく忙しい日々となるだろう。

二人で執務室に入ると、デーウスに迎えられた。
デーウスは二人の様子に何かを感じ取ったのか、笑みを見せてくれた。
どうやら心配をかけていたらしいと気づき、頭を下げる。
引き継ぎの書類を受け取り、内容を確認していると、思い出したように見合い相手のことを問われた。

「あぁ、順調ですよ。今度両親に会ってもらう予定です」
「そ、そうか」
「見合いをご用意くださり感謝しております。ありがとうございます」
「そうか……。今だから言うが、実はうまく行くとは思っていなかったんだ。だが安心したよ、おめでとう」
「ありがとうございます」

今度また屋敷に二人で遊びに来てくれ、と言われギルフォードは頷いた。
レナルドは時々あの屋敷に顔を出しているらしい。セルジュに会いに行っているようだ。

「私は彼に信頼されていなくてな。もう少し信頼を取り戻したいものだ」

それは医者選びが原因なのだろうと思い、ギルフォードは苦笑した。
黒将軍にも退かぬ辺りがレナルドらしいとも思う。

そうして、書類を確認していると、隣に立つスターリングが奇妙な絵が描かれた紙を差し出してきた。

「今、紋章を考えていたんだ。蛇を三匹重ねたものはどうだろうか?色をピンクと黄緑と水色にしたい」
「三匹の蛇!?何故、蛇なんだ!蛇と言えばレンディ様だろうが、被らせるな!それになんだ、その色遣いは!俺はそんな色彩の旗を掲げたくはないぞ、絶対却下だ!!」

苦笑するデーウスを視界の端に入れつつ、『酷いぞ、どこがおかしいんだ』と抗議してくる友に、早速問題発生か、とため息を吐くギルフォードであった。

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