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◆双〜共に歩み行く道〜(オマケ話)


シプリは友人兼上司であるアスターの執務室で呆れていた。

(あの壁掛けのパッチワークキルト、へたすぎ。誰の手作りだろ。そもそもこんなところに飾るのはどうかと思うよ)

アスターの執務室は前任者から引き継いだ後、趣味で少しずつ手が加えられている。日曜大工が好きなアスターは、壁を塗り替えるとか、棚を作るといったことが好きなのだ。
おかげで当初は重厚な雰囲気だった執務室が、少しずつ庶民っぽくなっているとシプリは思う。少しずつ手作り感が溢れる執務室と化しているのだ。

「俺、君の趣味にはあれこれ言うつもりなかったんだけどさ。あれはあんまりじゃない?やりすぎだよ。少しは高位にある人間らしく、質の良い品を購入してみたら?」
「えー。あれ、俺の手作りなんだけど」
「君の!?ヘタすぎ!!」
「ひでえ。まぁ俺も微妙かなって思ってたんだけどよー。はずしておくか」
「君、とうとう日曜大工じゃ我慢できず、手芸にまで手を出したの?」
「いや、兄貴の嫁さんの趣味でな。誘われた」

キルトを外す様子を見つつ、シプリの関心はその隣にある飾り棚に向いた。
飾り棚にはやたらと紅茶の缶が並んでいる。
何となく興味を引かれて見てみたシプリは更に呆れた。

「アスター、何でこんなに甘ったるい香りのフレーバーティばっかりなのさ。普通の紅茶が一種類しかないじゃないか」
「あぁ、それは坊やイーガムが来たときのために用意しているんだ」
「俺が知る限り、彼らは一度もここの執務室に来たことないと思うんだけど」
「そんなこと言うなよ。寂しくなるだろー」
「こっちのブランデーはどうしたの?君、ブランデーはあまり好きじゃなかっただろ?」
「あぁ、それはザクセン用だ」
「………前から思ってたけど、君、好きな子には尽くして、尽くして、尽くしまくるタイプだよね」
「いや、そんなことないぞ」
「間違ってないと思うけどね。普通、同僚や部下のためにここまで飲み物だの嗜好品だの、毎回揃えて差し入れしたり、準備したりしないって」
「いやいや、接客用に茶と酒ぐらい用意するだろ、普通。良き男としての基本らしいぜ」
「なに、その基本」

以前から甘やかすのが好きで、世話焼きな性格だと思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
だからこそ、あのザクセンを扱えているのかもしれないが。
いろいろなトラブルをたっぷり抱えてアスターの麾下に入ったザクセンは、現在、前国王の加護を受けているということで誰にも口出しされることなく、勝手気ままに過ごしている。
元からプライドが高く、我が儘な人物だったようだが、それは長い歳月、牢に入っても変わらなかったらしい。他人の言葉は平気で無視し、口を聞こうとしない。常にアスターの側のソファーで寝ころんで、仕事はサボりまくり。無理に引きずって連れて行こうとしたら、体に触れられたことに激怒して喧嘩になる有様だ。
比較的、穏和な性格の者たちが多いアスター軍だからこそ、ぶつからずに済んでいるのだろう。他の軍だったら人間関係という名の問題多発で、とっくに軍を放逐されているに違いない。すさまじく協調性がないのだ。
ちなみにアスターは

「あいつ、懐かねえ野良猫だよなー」

と評していた。
あの協調性のなさを『野良猫』の一言で済ませるかとシプリは呆れたものだ。
しかしその懐かぬ野良猫もアスターには懐いているようで、彼の言うことだけは聞くらしい。気にくわない人物だが、アスターのいうことは聞くということでシプリも目を瞑ることにした。飼い主(アスター)が面倒を見るというのであれば妥協してやろうという気になったのだ。もっとも仕事以外で接する気は欠片もない。自分と合わないということはすぐに判った。彼は絶対性格が合わないタイプだ。天敵だ。

「で、野良猫はどこに行ったの?」
「それってザクセンのことか?それともレナルドのことか?」
「あぁ、そういえば君のところには野良が何匹もいたんだったね。少しはしつけして、仕事をさせるべきだと思うよ」
「あー、そのレナルドだけどよ、お前の兄貴と見合いするらしいぞ」
「何それ!?聞いてないよ!!」
「だから今教えたんじゃねえか」
「俺、レナルドを義兄(あに)なんて呼びたくないんだけど!!!」
「落ち着け、シプリ。まだ付き合うと決まったわけねえって。…たぶん」
「決まってからじゃ遅いだろ!レナルドはどこに行ったのさ、アスター!」
「さぁ…あいつ気まぐれだからなー。見つけたら教えてくれよ。俺もあいつに頼みたいことがあるから」
「判った!」

勢いよく執務室を飛び出していったシプリを見送り、アスターは軽く頭を掻いた。
そんなアスターに隣室から低くかすれた声がかけられた。
青将軍用の執務室には休憩用の小部屋がついているのだ。

「とっくに手遅れと教えてやった方がよかったんじゃねえか?」

青将軍用のベッドを勝手に占領して昼寝中なのは先ほど話題に上がっていたザクセンだ。
シンプルな白いシャツを羽織り、寝転がったその姿は肉食獣のようだ。
痩せた体は引き締まっており、バネのような筋肉で覆われた肢体を持っている。長い黒髪から見える青い眼差しは暗殺者(アサシン)のような鋭さと雰囲気がある。
実際、彼はよき暗殺者(アサシン)にもなれるだろう。常人離れした身体能力を誇る光の印の保持者なのだ。

「そんなこと言ったら、あいつ絶対キレるぜ。そしたら手に負えなくなるからな〜」

アスターがぼやくと、ザクセンはクッと笑った。低くかすれた声を持つザクセンは声のしない独特の笑い方をする。
普段は誰とも口を聞かない彼はアスターと接するときだけしゃべり、表情を見せる。

「お前にも手に負えない相手がいるとはな」
「いやいや、手に負えない奴らだらけだぜ?」

アスターは部屋に設置された飾り棚の開き戸を開けた。
元上官カークの影響で『執務室にはティーセットをおける飾り棚を設置しなくてはならない』と思いこんでいるアスターはティーセット一式を用意している。さきほどシプリには呆れられたが、カークはアスター以上に質と量を揃えていたので、自分などまだまだだ、と思っている。
取り出したのは厚い布で何枚もくるまれた小箱だ。その中には水の印使いが作ってくれた氷が入っている。
氷を適度な大きさに砕いて、グラスに入れる。そして煎れたての紅茶を注ぎ、アイスティーにすると隣室へ問うた。

「シロップいるか?」
「いる」

アスターはザクセンが好みのシロップを入れて、くるりと混ぜると隣室へ持っていった。

「俺は野良か?」

揶揄するように問われる。
さきほどのシプリとの会話を聞いていたのだろう。
元々聞こえる距離だ。そしてザクセンは聴力も優れている。ハッキリ聞こえたことだろう。

アスターは自分の分であるホットティーを飲みつつ、ザクセンにグラスを差し出した。

「何か問題でもあるか?飼い猫って感じじゃねえと思うんだがよ」
「ほぉ…するとお前は俺を飼っている気はねえってことか…」

グラスを受け取りつつ問うたザクセンにアスターは笑いながら頷いた。

「あぁ。お前はむしろ野生の獣だろ。敵を引き裂く綺麗な猛獣だ。そんなヤツを飼うなんてしねえよ」

珍しく素の表情でアスターを見つめたザクセンがグラスを落としそうになっているのに気づき、アスターは慌ててその手を捕らえた。

「おい、落とすぞ。まだたっぷり入っているんだからやべえって」
「あ…あぁ」

ザクセンは受け取ったドリンクを三分の一ほど飲むと、赤らんだ顔を隠すように窓の方へ向けた。

「この天然タラシが」
「は?なんだって?」
「やってられねえな。おい、酒を持ってこい」
「こんな昼から飲むのかよ!さすがにやべえって」
「ハッ!飲まずにやってられるか」
「何言ってんだ。夜なら付き合うから今はやめとけって」
「…ほぉ…夜、ね」
「あぁ、みんなで飲もうぜー」
「……」
「うわ、それまだ中身入ってるだろ、投げるなよ、ザクセン!」

制止は間一髪遅かった。
宙を飛んだグラスはタイミング良く窓から入ってきたレナルドによって受け止められた。
空中でグラスを受け止めたレナルドは特に気にした様子もなく、チラッとザクセンを見ると、グラスに残ったドリンクを飲み始めた。

「うまい」
「レナルド。お前、シプリは?」
「しらない」
「会ってないのか。あいつ、兄貴とお前の見合いについて苦情を言う予定みたいだぜ」
「ちゃんと責任取ってお付き合い中」
「責任って、なんだかなー…聞きたいような怖いような…」
「ギルフォード、いい男」
「そうかよ。まぁ確かにいい人みたいだったけどよ。あの人、なんかお前っぽい人に縁があるのかな」

ギルフォードの運命の相手であるスターリングも独特の感性をした人物だと知らないレナルドは、怪訝そうに首をかしげた。

「あ、夜、一緒に飲もうぜ。今、ザクセンと夜一緒に飲もうって話を…」

言いかけた途端、ガンッと部屋にあった椅子を蹴られ、アスターは黙り込んだ。蹴ったのはザクセンだ。
アスターを睨み付けるザクセンの不機嫌さに気づいたレナルドは飲み干したグラスを手に、アスターを振り返った。

「一緒に飲みたくなさそう」
「いや、酒飲みたいってさっき言ってたんだけどよー」
「俺、遠慮する。二人で飲めば?」
「えー、なんかそれって寂しくねーか?」

酒は皆で楽しく騒ぎながら飲むのが好きだ。その方が美味しいではないか。
ぼやきつつも、ザクセンの殺気が少し緩んだことに気づいたアスターは、二人で飲みたいのかと気づいた。無口でひねくれた性格のザクセンはとにかく判りづらい。しかし人の感情の機微に聡いアスターは、相手の些細な変化に気づくことができる。
長く閉鎖的な牢に捕らえられていたザクセンには、一種のトラウマがある。しかし、プライドが高いザクセンは、けして弱音を口にしようとしない。故にアスターはできるだけ側にいて、フォローするようにしているのだ。

「あー、そういやカーク様に呼ばれてんだよな。青将軍になった記念に『よき男の調教方法』って授業を受けさせてくれるって言うんだけどよ。どうも気が進まねえんだよなー」
「それ、俺も受けたい」
「お、一緒に行ってくれるか?レナルド。一人だと心細かったんだよなー。カーク様には俺から話しておくからよ」
「待て、行くな」

行く方向で話がまとまりかけていたのを途中で遮ったのはザクセンだ。

「そんな怪しい授業に行ってどうする。どう考えても将軍職の授業じゃねえだろうが」
「いや、カーク様ってそういう人なんだよなー。でも腕はいい人だぜ」
「何の腕がいいんだ?」
「ええと…鞭と調教とロープ術と…」
「何故その内容で行こうと思えるんだ。覚えたいのか?」
「いや、そういうわけじゃねえんだけどよ」
「アスター、俺はお前とゆっくり話し合う必要があるようだな…」
「え?」

その様子を無言で見ていたレナルドは空になったグラスを卓上へ置いた。

「ごちそうさま。アスター頑張れ」
「え?おい、レナルド!」

いつもマイペースなレナルドは、入ってきた時と同じように窓からでていった。

残されたアスターの運命は?


<<END>>

この後、レナルドを探すシプリが戻ってきて、またまた修羅場。