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◆双〜共に歩み行く道〜(8)


上官であるデーウス黒将軍が引退を表明したのは、対ミタール国戦が行われた直後のことであった。
まだ三十代。働き盛りと言える歳でありながら、引退を表明したことで軍は大騒ぎになった。
奇しくもそれは同じ黒将軍であるリーチの引退と重なった。リーチの方は重傷を負っての引退であったが、デーウスはまだまだ戦える時期の引退である。
引き留めの声も大きかったがデーウスの意思は強く、引退は覆されることはなかった。

デーウスは後任にスターリングを指名した。

次期黒将軍は、他の黒将軍によって選ばれる。しかし、デーウスは恐らく承認されるだろうと告げた。彼がそう言うのであればそうなのだろう。
しかし、ギルフォードは己が指名されなかったことに大きなショックを受けた。

いつだって自分がスターリングをフォローしてきたのだ。
スターリングは自分がいなければダメなのだ。
なのに何故。
自分のどこがスターリングに劣っているのか。
いつも一緒に出撃してきた。新人の頃から同じ仕事をこなしてきたのだ。当然、功績も同じだ。なのに何故スターリングが後任なのか。

しかし、反論はできなかった。他の将軍らも納得した様子を見せ、疑問を感じていない様子だったからだ。ギルフォードは状況を読むことに長けている。ようするに空気が読めるのだ。他の者たちが疑問を感じていないのであれば、皆がスターリングの方が上だと認めていると言うことだ。
皆がスターリングに祝いの言葉をかけている。自分も言うべきだ。他でもない自分が、本来は真っ先に言うべきなのだ。運命の相手なのだから。
しかし、言葉はでてこなかった。今、声に出すと悪口雑言しかでてこない自信がある。ギルフォードは無言で踵を返し、デーウスの執務室を出た。

「…デーウス将軍」

周囲もギルフォードの様子には気付いていた。困ったような、気遣うような視線がデーウスとスターリングに投げられる。
デーウス麾下の青将軍はスターリングとギルフォードの功績が頭一つ飛び抜けている。だからこそ、次の黒将軍は二人のうちのどちらかであろうという空気があった。
そして、デーウスは以前から内々にスターリングを後任とすると告げていた。ギルフォードが知らなかったのは、それが秘されていたからだ。一部の幹部にだけ告げられていた。
以前、スターリングの部屋でギルフォードが見つけた書類は引き継ぎのための極秘資料だったのだ。その頃からすでに準備は進められていた。

「スターリングはギルフォードの助けがなければ黒将軍としてやっていけないだろう。だから私の後任はスターリングなんだ。
ギルフォードはスターリングが黒将軍としてやっていけるようになれば、自力でその地位を手に入れるだろう。
スターリング、お前がもう大丈夫だと思った時、黒将軍会議でギルフォードを指名すればいい。レンディやノースは部下を出したがらないから、受け入れられるだろう。ギルフォードにはそれだけの功績もある。だからそれまではギルフォードに助けてもらえ」
「はい」

なるほど、と周囲は納得した。
実際、内々に準備を進め、万端の状態でスターリングにその地位は引き継がれる。
優秀な側近も盤石の状態に築かれた軍も、そっくりそのままスターリングのものになるのだ。スターリングは何の苦労もなく、黒将軍となれるだろう。
他の黒将軍にも密かに話はしてあるため、間違いなくその地位はスターリングのものになる。
しかし、逆に言えばそれだけの準備がスターリングには必要だったのだ。
優秀な軍人であるスターリングには、その才能を全て軍人としての才に注ぎ込んでしまったかのように、人としての何かが抜け落ちている。彼は周囲のフォローがなければ空回りしてしまうのだ。しかも周囲を巻き込んで空回りするから質が悪い。
今までは上官であるデーウスがある程度フォローできた。しかしこれからは彼がトップだ。スターリングのために万全の状態を作ってやる必要があった。そのために側近や部下をスターリングのために選び、磨き上げて渡したのだ。

(だがギルフォードには必要がない)

むしろ普通は必要がないというべきか。黒将軍になるほどの者は大抵の場合、自意識が強く、側近や部下も自分で選び育てようとする。他人から与えられたものを揚々と使ったりしないのだ。
ギルフォードも同じで、彼の側近や部下は選び抜かれた者が揃っている。彼が黒将軍として立つ時、彼は自力で陣容を揃えることができるだろう。だから心配はしていないのだ。
ギルフォードには気の毒だった。だがそういった事情もあり、スターリングを選んだのだ。