文字サイズ

◆双〜共に歩み行く道〜(7)


ギルフォードは、軍の官舎暮らしである。
士官学校を出て、そのままエリート騎士コースを突っ走っている彼は、高位騎士用に設けられた官舎で生活をしている。
最近はレナルドが入り浸っているが、高位騎士向けの官舎は、従卒など、身の回りの世話をする者も生活できるようにされているので、一人暮らしには持てあますほどの広さがある。一人増えたところで何ら問題はない。
レナルドはある日突然やってきた。理由を問うと、『来たかった』と率直すぎる返答が返ってきた。その返答に何の裏もないと判っていたため、ギルフォードは素直に受け入れた。レナルドの正直な言動はいつもギルフォードに不快さを感じさせない。頭を使わずに済む。スターリングと会話しているとわけが判らなくなることがあるのと大違いだと思う。
そしてレナルドは留守が多く、最初からあまり気にならなかった。ふらりとやってきて、ふらりと出て行く彼はノラ猫のような人物で、存在が押しつけがましくなく、負担にならなかったのだ。
今は、部屋の一つがレナルド専用になっている。持ち込まれたものは、着替えの他、鏃や弓矢の材料などの他、食べられる木の実まである。
初めて見た時は微妙な気持ちになったギルフォードだが、『俺、弓使い。当たり前』と言われてからは、それもそうかと納得した。ギルフォードの部屋にも鎧だの槍だの、それらを整備する道具など職業的な品がある。武具を持ち歩くのは軍人として当然のことだ。
しかし、窓からの出入りにはさすがに苦情をつげた。

「誰かに見られたら不審者のようじゃないか。窃盗犯かと思われるぞ。そもそも、何故恋人の家に出入りするのに窓を使う必要があるのだ。入り口から堂々と入りたまえ。出迎えもできん」
「出迎え……」
「そうだ。ただいま、おかえり、を言うのは基本だろう」

代々、軍人家系に生まれ、下級貴族になるギルフォードは両親にしっかり躾されて育ったタイプだ。
少々気恥ずかしく思いつつもそう説明すると、レナルドは納得したらしく、頷いた。

「俺が悪かった」
「うむ、判れば良い」
「おみやげ」

レナルドは白いウサギを手にしていた。

「煮る、焼く、揚げる?」
「焼くで」
「判った」

レナルドは台所へ消えていった。
彼はなかなか料理上手なのだ。 男らしく大ざっぱでシンプルな料理が多いが、香草に詳しいのか、味付けがうまい。見た目はザツだが、味が良い料理を作るのだ。
ギルフォードも一人暮らしであるため、一通りの家事はできるが、料理はレナルドの方が上だと認めている。
ギルフォードは本を読みつつ、キッチンに声をかけた。

「卿はウサギと聞いたら、何を思い出す?」
「白い」
「そ、そうか。まぁ確かに白いな」

実際は白くないウサギもいるのだが、ガルバドス国周辺に住まう野ウサギは白である。

「肉と毛皮」
「!」
「俺、狩人」

一瞬、発想がスターリングと同じなのか、と思ったギルフォードだがすぐに付け加えられた言葉に納得した。

「卿は、徴兵前は狩人だったのか」

レナルドは頷いた。

「今も狩人」
「そうか。辞めたつもりはないということだな」

その通りだとレナルドは頷く。

(それでウサギを獲ってきたり、木の実を拾ってきたりするのか)

少し謎が解けたギルフォードである。

「私は軍人の家系で跡取りだ。将来は家を継がねばならない」

だから?と言いたげにレナルドが視線を向けてくる。

「卿の家はどうなっている?」

質問には、いつも即答するレナルドだが、珍しく返答まで間があった。

「……弟がいる」
「卿が跡取りなのか?」
「家はない。俺、キア族。レンディと同じ一族の生まれで生き残り。家はない」

そういえば聞いたことがあった。黒将軍筆頭のレンディは滅ぼされた少数民族の生まれであると。彼と同じ一族の生まれであれば、確かに家はないのだろう。

「そうか、知らなかったとは言え、すまぬことを聞いた」
「いい」
「だが……」
「俺、レンディと同じ印を持っている」
「…?」
「闇の印。キア族はその印を持つ一族だから滅ぼされた。……気味悪い?」

コトン、と音を立てて料理が盛られた大皿が卓上におかれる。
テーブル越しに視線が合う。
いつも静かな眼差しには珍しく不安と緊張が見えた。

「何を愚かなことを。レンディ様と同じ印を気味が悪いなどと思うわけがないだろう」

少し驚いたように目を見張ったレナルドは嬉しそうに笑んだ。
珍しいレナルドの笑みにギルフォードは胸を突かれた。

(そんなに嬉しかったのか……)

闇の印を怖いと思ったことはない。しかし、ギルフォードにとって当たり前のことが彼にはとても嬉しかったのだ。
闇の印は迫害を受けてきた歴史を持つ印だ。それを持つと言えば、嫌われたり避けられたりすることも多かったのだろう。それでなくともそのせいで一族が滅ぼされたのだ。思うことも多いのだろう。
言葉が少なく、たまに口を開けば単語で喋る男だ。しかし、スターリングと違って判りづらくはない。彼は周囲をよく見ていて、こちらの意見を聞いてくれる。そして、自分の意思や意見をハッキリと口にするのだ。
そして意外と友人も多いらしく、弟のシプリの他、アスター、エド、トマ、その他、彼の部下のことまで話題に出てくることがある。最近は各地で行われているという公共工事の見学に行くことが多いそうだ。現場の工事の進展状況を確認に行っているのだろう。赤将軍にはそういう仕事があるのだ。

「闇の印は戦いでは使いづかろう。大変そうだな」

何となくそう言うと、レナルドは軽く目を見張った。その色は薄い青。普段は眼が細いためにあまり見ることがない色だ。
思わずその眼の色に魅入っていると、座っていたソファーに押し倒された。
ギョッとして反射的に押しのけようとした腕から力が抜ける。驚くギルフォードにのし掛かった状態のレナルドは『使いづらい?』と揶揄するように言った。からかうような色を見せているその表情はまるで肉食獣のようだ。

「触れれば力を抜ける。ただ触れるだけでいい。生け捕りには便利。たくさん、敵捕らえてきた」
「敵を……たくさん、捕らえた…?敵将もか?」
「たくさん捕虜にした。カーク様のところで赤や騎士隊長になってる人もいる」
「!」

ギルフォードは驚いた。

(あの、カーク軍の将を捕らえただと……)

カークの側近は精鋭揃いで有名だ。軍自体も智将ノースの側近だけあり、とても強靱な軍を持っている。元の実力がどうだったのかは知らない。しかしカークの目に留まったのであれば、かなりの実力を持った将だったはずだ。それを生け捕りにしたということは、レナルドが相当な腕を持っていることを示す。
敵の首を取るのは難しい。
しかし、更に困難なのが生け捕りだ。特に敵将を生かして捕らえるのは非常に困難だ。ただ殺すだけの方が、手加減が不要で格段に楽なのだ。ギルフォードやスターリングも殆ど捕らえたことはない。敵将はほぼすべて殺している。
しかし、彼は多く捕らえてきたという。それは彼が一対一の戦いに長けている証だ。
そういえばセルジュやデーウスも彼を褒めていたではないか。よき将だと。
気付かぬうちに、彼を見くびっていたようだ。人は見た目によらぬものなのに。

(認めたくはないが、俺やスターリングでも一騎打ちでは勝てるかどうか判らないのかもしれないな…)

悶々と考えているうちに首元を噛まれた。
ギョッとするギルフォードの胸元がいつの間にかはだけられ、手が入り込んでくる。

「ま、待て!」
「欲しい」
「待てと言っているだろう!同意を得ずにヤるのは強姦だぞ、犯罪だ!判っているのか?」

レナルドは少し考えるように首をかしげた。
そして真顔でギルフォードを見下ろす。

「………ください」
「そ、そう言われて、渡せるものではない。それに料理が冷めるだろう。そもそもここがどこか判っているか?リビングだ!寝室ではないのだぞ、判っているのか!?」
「判っている」

ぺろりと舌を舐めたレナルドは力を抜いた手で脇腹から股間に向けて、ゆるりと撫でた。服越しの刺激にギルフォードは小さく呻いた。若く元気な男だ。刺激を受ければ反応してしまう。

「料理より欲しい」

その顔は逃がさない、と語っている。
なるほど、彼は狩人だ。捕らえて食らう狩人だ。

「……あのな……」
「欲しいです」
「丁寧に言えばいいというものじゃない!……あぁ、もう……卿が抱かれる側ではダメなのか?」
「俺、嫁に行く。だからギルフォードが夜は嫁。これで公平」
「は!?」
「ギルフォード、家を継ぐ。だから俺が嫁に行く」
「あ、あぁ、それは…助かるが……」
「だから夜は……」
「それとこれとは違うだろう!?」

そんなことで上下を決められてはたまらない。思わず抗議したギルフォードだが、レナルドの手は止まらない。敏感なところを幾度も繰り返し撫でられ、かなり切羽詰まった状況に陥ってしまった。元より体勢的に不利な上、闇の印を使われてしまっては、抵抗しようにも不可能だ。
ギルフォードは諦めて体の力を抜いた。

「朝食も作れ」
「うん」
「夜間に勝手にいなくなるな。ヤった後は絶対にいなくなるな。完全なマナー違反だからな。されたら即、離婚するぞ」
「判った、気をつける」
「うむ」

そもそもまだ結婚はしていないのだが、レナルドは疑問に思わなかった。見合いをした場合、最終的には結婚せねばならないと思っているからである。

「あと……」

まだあるのか?と言いたげに視線を向けられ、ギルフォードは顔を赤らめた。言いたくはない。むしろ言いづらい。しかし言わずにはいられない。むしろこれが個人的に一番重要だ。

「私は慣れてないからな」

丁寧に優しくしろという隠された意図は正確に伝わったようだ。強引な動きを見せていた手の動きが目に見えて緩やかに変化する。
無口だが勘の良い相手に感謝しつつ、ギルフォードは相手の背に腕を回した。