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◆双〜共に歩み行く道〜(3)


そんな折、上官デーウスから思いがけない話を聞かされた。

「卿を紹介してほしいという話があってな。……コホン、まぁこれは…一種の見合いなんだが……。あぁ、もちろん強制ではないぞ。遠慮無く断ってかまわない。単に卿に好意を抱いた者がいてな、紹介を頼まれただけであって、断っても特に問題はないのだから」

デーウスにしてはハッキリしない言い方だったが、見合いをしないかと進められているのだということだけは判った。

「お受けいたします!」

どういう相手か判らないが、デーウスが紹介してくれるのであればおかしな相手ではないだろう。出会いも欲しかったところだ。是非、自分も交際をしてみたい。いつまでもスターリングに振り回されていられるものか。
意欲満々、会う気満々のギルフォードに、話を持ちかけたデーウスはギルフォードの反応が予想外だったのか微妙そうな顔になった。

「そ、そうか、会うのか」
「はい!」
「……いや……その………そうか……判った。では相手に話をしておこう……」

自分で話を持ちかけておきながら、歯切れの悪い返答をするデーウスに、よろしくお願いします、とギルフォードは頭を下げた。
こうして、ギルフォードはその見合い相手であるレナルドに会うことになったのである。


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ギルフォードとレナルドは、紹介者であるデーウスの屋敷で会うことになった。
その屋敷にはセルジュが療養という形で暮らしているため、必然的にセルジュにも会うことになった。

「私の命の恩人でね。デーウスと対峙した時も一歩も退かずに私を守ろうとしてくれたんだよ」
「それはすごい!」
「高い忠誠心と判断力を持つ良将だよ。まぁ一風変わったところもある人物だが、信頼できる。彼のおかげでとても助かったんだ」

男に対しては皮肉屋な一面があるセルジュが手放しで褒めるというのは珍しい。ギルフォードは相手に好印象を抱いた。

「重傷のセルジュを抱いて、戦場を突破してくれた男だ。あの混乱した戦場で自軍の後方支援部隊を探そうとせず、迷わず我々の方を選んだ、その勇気と判断力が素晴らしい。おかげでセルジュは助かったようなものだ」

とデーウスも言っていたので軍人としては優れた人物のようだ。

そうして出会った相手は何となく見覚えがある人物だった。同じ軍人だ。どこかで見たりしたことがあるのだろう。
目が細く黒髪。背は同じぐらいか。しかしギルフォードより若干細身のようだ。
お互い、着飾ることなく軍服姿だった。
仕事があるデーウスの代わりにセルジュが仲介役として場を設けてくれた。

「それじゃ野暮なことはしたくないからね、あとは二人でゆっくりしたまえ」

一応、帰宅するときは声をかけてくれというとセルジュは部屋を去っていった。

「シプリのお兄さん?」
「あ、あぁ、そうだ。そうか、アスター部隊ならシプリと同じ隊になるんだな」

どう声をかけようか迷っていたギルフォードは、相手が話題を提供してくれたことに安堵した。どうにもこういった場は慣れない。初めてだから慣れなくて無理はないのだが。

「シプリとは新兵の時から一緒。いいヤツ」

飾らぬ言葉は独特の口調を感じさせた。しかし弟への好感が雑じる言葉だ。当然不快さは感じず、知らず、ギルフォードは笑んでいた。

「あぁ、あいつは少しキツイ面があるがいいヤツなんだ。判りづらいところがあるが。そうか、新兵の頃から。ん?すると君は徴兵だったのか?」

レナルドは頷いた。

「あぁ、するとシプリと同じように出世してきた、というわけか」

再びレナルドは頷いた。

「一緒に出世してきた」
「なるほど、それはすごいな。シプリと同じなら元々はレンディ軍でずいぶん苦労しただろう?出撃が多く、激戦の連続だったはずだ。私も当時はずいぶん心配したものだ」
「みんなで助け合って頑張った」

自分だけでなく皆で頑張ったのだと告げたレナルドに、ギルフォードは好感を抱いた。
軍人は出世欲が高く、特にエリート軍人は功績をひけらかすことが多いものだ。軍事大国であるガルバドスは、誰もが虎視眈々と出世の機会を狙っている。
そんな中、レナルドのように自分だけの功績だと言わぬ者は珍しい。とても新鮮だった。
恐らくレナルドはただ事実を述べただけなのだろう。そんな雰囲気が彼にはある。
しかし、その率直さと素直さがギルフォードには眩しく映った。

(いつの間にか俺も性根が腐っていたようだな。裏のない会話が新鮮に感じるとは…)

高位軍人ともなると足の引っ張り合いも多い。目立つ者ほど叩かれる。誰もが出世のチャンスを狙っているものだから、少しでも隙を見せるとやられてしまう。そんな世界で生きている。
今、ギルフォードはスターリングと共にデーウス軍の出世頭と言われているが、そうなるまでずいぶん苦労してきたのだ。スターリングの分まで苦労してきたから、普通の倍以上苦労した気がしている。
しかし、スターリングがいたからこそ助かった部分も大きい。彼は良くも悪くも目立つ。目立つからこそ、デーウスの目にとまり、引き立ててもらえた。スターリングが出撃すれば運命の相手である自分も出撃できる。結果的に功績を立てる機会に恵まれてきたのだ。

「何で私だったのだ?」
「?」
「デーウス将軍の部下ならスターリングもいるだろうに、彼の方が顔はいいぞ」

紹介してもらうならスターリングの方がよかったんじゃないか?とギルフォードは問うた。
デーウスに誰か紹介してもらうなら自分でなければいけなかったはずはない。
何故自分が選ばれたのか不思議に思って問うたギルフォードであったが、レナルドは首をかしげた。

「意味、わからない」
「デーウス様に紹介を受けたんだろう?見合い相手を探してくれと頼んだのではないのか?」
「あんたを紹介してくれと頼んだ」
「何故?」
「恋人欲しかった。あんた、いい男だと聞いた」
「!!」
「アスターが、あんた、いい男だと言ってた」
「ア、 アスター将軍が?それで俺を?」
「アスター、嘘言わない。あんた、いい男」
「あ、あり、がとう……」

ここまで率直に、しかも真顔で褒められた経験はないギルフォードは顔を赤らめた。
どうにも反応に困る。
照れ隠しにとっくに冷めてしまったコーヒーを飲んでいると、ジッとこちらを見ているレナルドに笑われた。

「アンタ、顔真っ赤」
「人が飲み物を飲んでいる時にあまり見るな!質が悪いぞ!」
「なんで?」

素で問い返され、ギルフォードは言葉を探して視線を彷徨わせた。

「マ、マナー違反だろう」
「でもアンタいい男。見ていたい」

何とも素直で反応に困ることを言ってくれる男だ。コーヒーカップを取り落とさなかった自分を褒めてやりたくなる。

「私は青将軍、君は赤将軍。そのことについてどう思う?」
「どうでもいい」

一応、地位の差をどう思うか問うてみたが、あっさり即答された。迷いの欠片もない返答だった。

(地位は気にしないという訳か。ここまでハッキリ言い切れるのも見事だな。まぁ気にしていたら自分より上位の相手に見合いなど申し込んでこないだろうが…)

どうやら出世欲はない男らしい。
もっとも一兵からここまで上り詰めたのだから普通はあり得ない出世スピードだ。しかもすでに赤なのだから、エリート軍人だ。何の問題もない。
デーウスやセルジュも褒めていた男だ。
実家の両親も赤将軍を連れ帰ったといえば文句は言わないだろう。両親ともに軍人なのだから。

「……とりあえず、今後ともよろしく頼む」

これで交際を受けたことが伝わるだろう。

「よろしく」

相手はシンプルに返答し、付け加えた。

「今日から俺の男」

付け加えられた言葉に心臓が跳ねる。

「………否定はしないが、あまりそういう言い方は余所ではしないでくれ」

せめて『恋人』で頼む、と顔を赤らめつつ注文を付けるギルフォードであった。