文字サイズ

◆地〜歩む道と信頼と〜(5)


トマが部屋を出ていくと、アスターは介護ベットの横に置いてある古ぼけた木の椅子に腰掛けた。

「…なぁ、ロー。あんた、エドが騎士向きだと思うか?」
「…いや。…出世しているから全く素質がないわけではないだろうが…」

気弱で穏やかな気性のエドワールはお世辞にも軍人向きとは言えない。それは万人の一致した意見だろう。

「だろ?当人も軍職を嫌ってる。つまりだ、あいつは貴族とは言え、徴兵を逃れられない下っ端貴族で俺ら平民と大差ない生まれなわけだ」

貴族とは名ばかりなんだとアスターは告げた。

「エドとトマは徴兵されて早々、俺たちと一緒に最前線に送られ、生死の境を生き抜いてきた。だから一般兵出身なのに騎士なんだ。あいつが苦労していないなんて思うなよ?アンタが食べるのにも苦労した生まれなのは何となく判る。だがアンタの気持ちがアンタにしかわからないように、エドとトマのしてきた苦労もあいつらにしか判らない。違うか?」
「……」
「エドはああいうヤツだ。いつも初対面の時はバカにされたり軽んじられたりして、苦労している。けどずっと軍で頑張ってきた。俺は何度もあいつの防御術やフォローに命を助けられた。アンタの苦労とアイツの苦労は種類が違うかもしれない。だがあいつが何も知らない貴族の子どもだとは思うな。アイツらはアンタが生死の境に陥ったら命がけで助けてくれる、そんな奴らだ」

ローは無言で俯き、アスターの話を聞いた。
幼い頃から食べることにも苦労し、一人で生きてきた。
誰かに理解されることなど最初から求めたことがなかったし、誰かに頼り、期待することも考えたことがなかった。
知恵がない幼い頃は何度も騙され、悔しい思いをした。故に誰かを信じることなどしなかった。
いつもお腹いっぱい食べられる子が羨ましかった。その妬みから生まれのいい相手は嫌いだった。貴族などその象徴だった。最初から嫌っていたから理解しようなどと思ったことはなかったのだ。

「…あいつらも…干し肉を食うのか?」

アスターは軽く顔を綻ばせた。
干し肉は固くて食べづらい食べ物だ。だが保存が利くので戦場では馴染みの深い食べ物なのだ。

「ああ、食うぜ」
「…水を…分け合って飲むのか?」

戦場では補給が限られる。水も貴重だ。

「いつも回し飲みしてるし、分けてくれるぜ」

ローは小さくため息を吐き、無言で頭を下げた。

「………すまなかった……」

ぽつりと小声で慣れぬ謝罪の言葉を呟くとアスターが笑ったようだった。

「あぁ。けど俺じゃなくてあいつらに言ってやれ。きっと喜ぶぞ」

これからもよろしく頼む、と告げられ、ローはぎこちなく笑んだ。笑うことに慣れてないためだ。それでも誰かに頼られ、頼まれたことなどなかったためアスターの言葉はローにとって嬉しいものだった。