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◆地〜歩む道と信頼と〜(4)


クラップはローの部下である。
年齢は三十代前半。紅い髪と青い目を持つ傭兵のような鋭さと味がある騎士だ。
彼にとってワーカーホリック気味のローはあまりよき上司ではない。それでも彼の元にいるのはローが仕事の出来る上司だからだ。戦場に出ても彼の元なら長生きできる。愚かな貴族出身の上司で死にかけたことがあるクラップは現上司のローの実力を認めていた。故に彼の元にいるのである。
そのクラップは上司が早朝早々に持ってきた大量の仕事に呆れた。
夜明け頃から仕事をするのを好むこのおかしな上官は、いじめかと思えるような大量の仕事をもらって喜んでいる。朝から晩まで仕事をして何が楽しいのか判らない。しかしよほど嬉しかったらしい。こんなにもらったぞと誇らしげに見せている。いつも無表情の上官だ。珍しい笑顔はいいものだ。いいものだが、笑顔の理由が理解できない。いじめのような大量の仕事に夢のようだと喜ぶなど普通じゃない。

(ホントに変人だな、この人)

クラップは内心呆れながら、アスターのことを考えた。
以前の青将軍はローを仕事がない僻地の砦へ左遷した。おかげでクラップら、数少ない部下は楽をさせてもらった。
ところが今度の上官であるアスターは逆に好きなだけ仕事を与えるタイプらしい。
どっちが楽かと言われれば以前の上官だが、収入は格段に減る。そうするとローは部下への責任だの何だのと考え、悩み始める。そうなるとクラップたちも困る。
クラップは内心首をかしげた。
普通に考えればこれだけの量がこなせるわけがないことぐらい判りそうなものだ。なぜアスターはこれだけの仕事を与えたのだろう。アスターの意図が分からない。
やる気満々のローに頷きつつ、クラップは軽く顎をさすった。
仕事をするのは構わない。しかし夜明けから深夜までというのはさすがにつきあいきれない。こんな状況がいつまで続くのかは判らないが、一番率先して仕事をするのがローだ。

(あんた、いつか倒れるぞ…)

しかし止めたところでやめるローではない。
すでに顔色がよくないローを見つつ、クラップは渡された書類に目を通した。


++++++++++


トマは張り詰めたような空気の執務室で淡々と仕事を行っていた。
仕事を貰って約一月。ローとの仕事は根比べになった。
ローは相変わらず仕事を一人でやろうとする。
ローの態度は悪かった。エドとトマには敵意を向けている。良家のぼっちゃまに手伝ってもらう謂われはないと言われる。
しかしアスターに言われた手前、エドとトマも引くわけにはいかない。
気弱なエドはローの嫌みと冷ややかな空気に長時間耐えられない。結果、トマがローの補佐をし、エドが工事現場で自隊に与えられた通常任務を担当するようになっていた。
純朴そうな田舎風の青年であるトマは、穏やかそうな性格に見えるが、頑固で気が強い一面を持つ。ローにも全く引くことなく接していた。
文字通り、朝から晩まで仕事をするローにトマは嫌みだろうかと思っていたが、そのうちそれが素だと気付いた。本気で仕事中毒なのだ。それも半端じゃないランクの、自分から仕事の海に飛び込んでいっておぼれるのを好みそうなレベルの重度の中毒者だ。
『あいつ、仕事中毒だよなー』と言っていたアスターの読みは当たっていたらしい。ハッキリ言ってトマの周囲にはいなかったタイプだ。
特にアスター部隊には一人もいない。マイペース人間が揃っているアスター部隊はワーカーホリックなど一人もいない。上手に仕事とプライベートを使い分けて生きている人間ばかりだ。
エドとは全く違った意味で手がかかりそうなタイプだと内心トマが思っていると、とうとうローが倒れた。やる気に体がついていかなかったのだ。それでも大量の仕事を与えられて一ヶ月以上は持ったことになる。さすが職業軍人というべきか、見事な体力だ。それでも褒められるようなことではない。

翌日、医務室で目を覚ましたローに医師は休むように告げた。

「そんな暇はねえ。俺はアスター様に命じられた仕事がある身なんでな」

また『アスター様』だ。アスターを尊敬しているのか敬愛しているのか判らないがずいぶん気に入っているらしい。しかし今の響きはよくない。命令だから口出しするなといわんばかりだ。

「バカですか、貴方はっ!!!」

キレたトマに怒鳴られたローは目を丸くした。
穏やかなトマがキレたことに驚いたのだろう。素の表情が出ていた。

「貴方よりぼっちゃまと俺の方が仕事が出来ます!!」
「あぁ?」
「本当ですっ。護岸工事と塔の修復工事は終えました。完璧ですっ!!二人でやったから効率よく出来たのです。貴方はいかがですか?複数に手をつけ、見事に中途半端です。お世辞にも効率がよいとは言えません。それでよく仕事ができていると言えますか?」
「……だが…」
「無理して倒れて、また仕事をして倒れて…それを繰り返す気ですか!?それこそ時間の無駄です。俺たちに振り分けてください。アスターはそれを命じてました」
「俺が貰った仕事だから俺のだ!!」
「ですからそれは最初から俺たちと協力してやるための仕事量なんです」
「だが俺のだ!!」

まるでおもちゃを奪うなと言い張る子どものように言うローにトマが途方にくれかけたとき、軽い咳払いが聞こえた。

「あー…倒れたって聞いたんだが大丈夫か?」

いつの間にか医務室の入り口にアスターが来ていた。
長身のアスターはすでに入っている医務室の扉を振り返って、今更のようにノックすると、ローへ近づいてきて、顔を覗き込んだ。

「なぁ、ロー。アンタ、一人で仕事するのが好きなのか?部下がいらねえってのならレナルドみてえに持たせねえが、そこはどうなんだ?」
「いや…部下はいてくれねば困る」
「そうか。じゃあ休日はちゃんと仕事休んでくれよ。示しがつかねえだろ?」
「示しがつかない?何故だ?アンタは仕事をやるなとでもいうつもりか?」

露骨な不快感や嫌悪を見せたローだが、アスターは怒ることなく頷いた。

「当たり前だ」
「何故だ?アンタは俺の腕を信頼したからこそ、これだけの仕事をくれたんじゃなかったのか?俺はアンタの期待に添うべく頑張っているんだ。仕事はできればできるほどよき軍人だ。よき大人が遊んでいてどうする?それこそ社会に不要な人間だ。仕事はやるべきためにある」
「あー、そりゃ間違ってないが、そういう部下なら俺にはいらない。決められた納期内にきっちり仕事してくれる人間の方がいい。働きすぎる部下ってのもちょっとな。部下はこんなに仕事してるのに上司は遊んでるぜなんて思われるのはいたたまれねえ。
だから仕事は仕事、プライベートはプライベートで休む。ちゃんとメリハリをつけれる部下の方が俺はいい」

少々勝手に聞こえるが、内容的にはごく当たり前のことを言うアスターにローは黙り込んだ。
ローにとってアスターは今のところよき上官なのだ。仕事をたくさん与えてくれる。
他の隊へ移って、よき仕事が大量にもらえるかと言われると怪しい。今までもいろんな上官に仕えたが、結局いつも嫌われて左遷されるのが常だったのだ。
働き者じゃない上官であろうとアスターの元は今のところ不満はない。

「ロー。俺はお前に関して要望は一つだ。勤務時間だけ仕事をし、休日は休んでくれ。それさえ守ってくれりゃ不満はない。お前さんはどうだ?」

妥協しろというわけだろう。
ハッキリ言ってローには断りようがない。人脈もない彼はここを出て、行くあてもないのだ。そしてアスター部隊はローにとって、仕事がたっぷりもらえるいい職場なのだ。

「……判った」
「約束だぞ?違反したらペナルティを課すからな」

念を押すアスターにローは渋々頷いた。お人好しで平凡そうな男だと思っていたが、なかなか抜け目がない。さすが青将軍になった人物というわけなのだろう。一筋縄じゃいかないようだ。

「あと、おまえさんに頼んだ仕事だが量が多いだろ。それで…」
「ちゃんとやれる!!」

ローは慌てて言葉を遮った。仕事を奪われるのは困るのだ。

「あー、そりゃ判ってる。お前さんは優秀だ。だが量が量だろ。ちゃんとエドたちと協力して行ってくれ。でないと次からエドたち優先で渡す」
「…判った…」
「言っておくがエドたちは優秀だ。俺と一緒に下っ端からここまで登り詰めてきたんだ。俺の大切な友なんだ。見た目に惑わされるなよ。彼らは優秀だ。だからお前さんの補佐を頼んだんだ」

ローは少し驚いてトマを見た。見た目にはごく普通の純朴そうな青年であるトマを。
しかしアスターが友だと言い、下っ端から登り詰めてきたというのであれば本当に優秀なのだろう。青将軍であるアスターが認めている人物なのだ。

「貴族のぼっちゃまなんかに大切な仕事をとられてたまるか。こっちはこれでメシを食ってんだ…」

ローの呟きにアスターは軽く眉を上げた。そして思案するように顎をさする。

「トマ、ローと二人で話をしたい。部屋を出ていてもらえるか?」
「判りました」