文字サイズ

◆地〜歩む道と信頼と〜(3)


そのアスターは己の執務室にいた。
さすがに青将軍というべきか、室内はエドたちの執務室とは比べものにならないぐらい広く立派なものだ。調度品が実用的で装飾が少ないのはアスターらしい。建物に手を加えるのは好きらしく、窓枠や棚などがさりげなく新しいものになっている。
執務室にはアスターの他、ザクセンがいた。
青将軍であるザクセンは黒髪碧眼の痩せた体躯を持つ、眼光鋭い男だ。暗殺者のような人を寄せ付けぬ雰囲気がある彼は、実際に人嫌いでもある。
そんな彼は何故かアスターの側にいることが多く、彼の部屋のソファーで眠っている姿を見かける。
『入院中、一度も見舞いに来なかった薄情者』とアスターを責めていたこともあるらしいので、アスターにだけは心許しているようだ。そうでなくば、側にいたりしないだろう。

「あー……ローだろ。確かになー。あいつ、仕事中毒だよなー」
「気付いていたんですか?」
「そりゃあな。あいつの執務室、俺の部屋の斜め下なんだよ。夜だと部屋の灯りがよく見える」

青将軍の官舎には青将軍用の居室もある。もちろん、執務室とは別に作られている部屋で、代々の青将軍はその部屋で寝泊まりすることが多い。アスターも例外ではなく、その部屋で寝起きしている。その部屋の窓からローの執務室の灯りが見えるのだという。

「苦情も来てるしな」
「え?苦情、ですか?」

慌てるエドにアスターは笑って頷いた。

「苦情って言っても深刻なもんじゃねえから気にするな。あいつ、いろんな仕事に手を出してるから、こっちの担当区域にまで手を出すなってシプリがキレてるんだよ」

少々神経質な一面があるシプリは己が担当する区域の仕事にまで手を出された為、怒ったらしい。

「しかも、ローの方は悪びれなかったというしな。…なぁ、エド、トマ、ちょっと頼んでいいか?」
「は、はい」
「なんでしょう?」
「俺、あいつに多めに仕事をやってみる。仕事したいみたいだからな。たくさんあいつにやってみる。あいつが一人では絶対こなせない量を与える」
「ええ?」
「お前たちはそれを手伝ってやってくれ」
「は、はい。でも、それなら最初から僕らに振り分けてくださってもいいですよ」
「それじゃ意味がないんだ」
「ええと、彼じゃないとダメだってことですか?赤将軍じゃないと無理なんですか?」
「違う。俺はお前らの姿を見て、あいつに協力することの大切さを学んでほしいんだ」

一人より二人、二人より三人。
力を合わせて効率よくこなす仕事のやり方を学んでほしい、とアスター。

「もっとも今回だけであいつが気付いてくれるとは思ってない。どうも根深いものがありそうだからなー。迷惑かけるが頼むよ」
「は、はいっ」
「判りました」

エドはアスターから仕事に関する複数の書類を受け取った。


++++++++++


トマはエドと一緒にローの執務室へ入った。夜だ。日没後しか彼は執務室にいないためである。
遅い時間にも関わらず仕事をしていたローは、アスターがわざと用意した大量の仕事を見て、喜んだ。
表情に乏しい男だが、与えられた仕事の量がよほど嬉しかったらしい。目が輝き、口元がゆるんでいる。
書類に書かれた仕事の量は、ハッキリ言って半端じゃない量だ。一人でこなせる量ではない。普通ならいじめか嫌がらせかと思うところだろう。トマ自身、アスターに意図を教えられていなければそう思っただろう。
しかし、そんな意図を知らぬローは明らかに喜んでいる。理由がわからない。

「あ、あの、僕らもその仕事を手伝うように命じられましたのでっ」

エドがそう告げるとローは顔をしかめた。

「不要だ」
「で、ですがその量では…」
「不要だ。アスター様に命じられた仕事だ。俺がやる」
「ですが…」
「俺の仕事だ!!」

取るなと言わんばかりの強い口調に気弱なエドが黙り込む。

「その量をお一人で行うと?」

フォローするようにトマが問うと当然だと言わんばかりの目を向けられた。バカにしているかのような冷ややかな視線だ。自分一人で大量の仕事をこなす異常さに気付いていないらしい。まるでそれだけの量をするのが当たり前と言わんばかりだ。

「ですが我々もアスター様に命じられた身です。仕事をしないわけにはいきません。手伝います」
「不要だ。…出て行け」

追い出された。
癪にさわるが赤将軍からの命令では仕方がない。エドとトマは顔を見合わせると、執務室を出た。