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◆地〜歩む道と信頼と〜(2)


無事、仕事を得たと言ってもそれだけでは安心していられない。
今度こそ、こいつは仕事が出来る奴だと認めてもらう必要があるだろう。今後に繋げなければならない。
それで仕事をきっちりもらえるようになれば万歳だ。言うことはない。
張り切ったローは仕事をしまくった。
アスターからもらった初仕事は城壁の修復。敵の首をとってこいという危険な仕事などではなく、安全な仕事だ。とくに不満はない。これならば出来るだけ早く完璧にやってしまえばいい。そうすることで認めてもらうことが出来るだろう。
ローは工事の知識が薄かったため、書物で調べ、専門の工務官にも問うた。
そうして勉強しつつ、夜明けから日没ぎりぎりまで現地で指揮を執った。
日没後は夜勤の見張りや勉強などを行い、必要とあれば夜中でも職場に出向いてデスクワークを行った。日が昇っている間は出来るだけ現地で工事を急ぎたいため、それ以外の仕事は日没後にするようにしたのだ。

出来るだけ仕事を。出来るだけ早く完璧に。
そうして出来るだけ早く上司に認められ、次の仕事を確実に得るのだ。

取り憑かれたかのようにそう考えるローの思考は、やや一般的なものではなかったが、当人が自覚することはなかった。


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青将軍アスターは、赤将軍のローを老将ホーシャムの隊に一時的に入れていた。
ホーシャムはローと同じ赤将軍だが何分、高齢だ。将来はローにホーシャムの後を継いでもらおうと考え、ローの隊の人数が少ないこともあり、ホーシャムの隊に入れたのである。
その際、エドの隊もホーシャムの麾下へ移動させたのはローのフォローをしてもらうためであった。

アスターの部下兼友人であるエドワールは地方領主の息子である。しかしとても小さな領であるため、貴族というより、身分の高い平民程度だ。
トマはそのエドワールの従者である。
トマはエドワールの家に家族ごと仕えている。母がエドワールの乳母であるため、エドとは乳兄弟だ。
柔らかな茶色の髪と緑の瞳を持つ小柄なエドワールは気弱な性格で、幼い頃からトマが守ってきた。将来は領主となるエドワールを支えて生きていく予定だ。それは周囲も認めており、当人同士もそのつもりだ。
予定が狂ったのは徴兵された軍を三年で終われなかったことだろう。諸事情があり、うっかり出世しまったのがツキであり、そのまま軍人として働いている。騎士といえばエリートだ。しかも今や騎士隊長だ。軍人が大きな権力を持つこの国ではトマまでエリートになってしまった。今やちっぽけな地方領主と変わらないぐらいの立場となってしまっている。
そんなトマは黒髪黒目の純朴そうな田舎の青年だ。生まれも育ちもそして外見も見た目通りの人間と言っていい。
気弱なエドをフォローして育ったためによく気がつく性格で、それは現上司であるアスターからも高い評価を受けている。

トマは困っていた。
従者は主人が困らぬよう、周囲に気を配り、過ごしやすいように行動するのが仕事だ。できるだけ先回りして行動するのが理想と言われている。当然、主の行動パターンは把握しつくしていなければならない。人間関係なども同様だ。
そんなトマは優秀な従者だ。主であるエドだけでなく、周辺の人間にもきっちり気を配っている。職業柄と言っていい。故にトマはすぐにローの行動の奇妙さにも気がついた。

「彼、異常に仕事をしていらっしゃいます…」
「そ、そうだよね!僕もそう思っていたところなんだ!」

報告を行った相手であるエドも気付いていたらしい。同意するように頷いている。
場所はエドの執務室である。一応、小隊を抱える身となったため、小さながらも専用の執務室があるのだ。ちなみにその部屋は青将軍であるアスターの官舎内にある。

「少々気になって調べましたところ、朝は早番の兵たちに目撃されております。夜は執務室の灯りがいつまでも付いていたとか。彼が担当しておられます郊外の城壁修復工事は驚くほどのスピードで行われている上、グイルさん担当の湖岸工事とシバさん担当の砦の見張り台工事まで行っておられます」

トマの報告にエドは目を丸くした。

「…担当じゃないのに?」
「はい」
「…なんで?」
「さ、さぁ…」
「アスターが頼んだのかなぁ?」

形式的にはホーシャム部隊所属のローだが、仕事を命じているのは青将軍のアスターだ。いつもアスターが直接指示を出している。
ときおり、上下関係が飛び抜けたり、あやふやになるのがアスター部隊の特徴だ。兵士時代の名残である。

「ま、まさか」
「だ、だよね…一応聞いてみようか」
「そうですね」