文字サイズ

◆銀〜罪の持つ真実〜(15)


翌日、アスターはホルグ黒将軍の公舎を訪ねた。
公舎はどこも似た作りとなっている。入り口から入って直ぐの場所は広いロビーだ。
そこでアスターは白い巻き毛を持つ男と褐色の髪の男とすれ違った。先日、工務科へ公共工事の仕事を受けに行ったときに会った二人の青将軍だ。どうやらホルグ麾下の将だったらしい。
おや?という顔をした二人に敬礼をしてすれ違い、アスターはホルグの執務室へ向かった。
ホルグの元へはノースから連絡が入っていたらしい。すぐに会うことができた。
ホルグはアスターの師と似た雰囲気の人物に見えた。長身ではないが、筋肉質でよく鍛えられた体を持っている。短い黒髪と黒目、頬には大きな傷跡があり、それが男の精悍さを増す要素となっている。ホルグは完全な武闘派の男のようであった。

ホルグはザクセンとロドリクのことを知っていた。
ザクセンに関しては考えていることがよくわからない男といい、あまり良い印象を持っていないようだったが、アスターの師ロドリクにはいい印象を抱いてくれていた。何度か戦場で一緒になり、世話になったのだという。
ホルグもロドリクも武闘派の将だ。
そしてアスターも武闘派だ。師と似た雰囲気のホルグには好印象を抱くことができた。
そしてそれはホルグの方も同様だったらしい。彼はアスターにうちの軍へ来ないかと誘いをかけた。

(悪くねえかも……)

ノースに大きな不満があるわけではない。むしろ知将の元は生き残る確率が高そうでよい職場だ。しかしノースもレンディも出撃率が高い将であり、過酷な戦場も多い。一概に喜んでばかりはいられないというのが実情だ。
青将軍はすべての黒将軍の命令を受ける立場にある。
しかし今のアスターは成り立ての青将軍だ。元々カーク麾下だった流れでノースの麾下にいるだけであり、はっきりとノース麾下と定まっているわけではない。今なら他の黒将軍の麾下へ移るのも可能だろう。
ノースには恩がある。彼から出撃命令を受けたら優先的に応じる必要があるだろう。しかしホルグの元へ移るのも悪くない気がする。

「大変光栄ですが、青将軍になったばかりでまだハッキリとお答えすることはできません。少々お時間を頂けますでしょうか?」
「あぁ当然だろう。いつでも待ってるぞ」

ホルグは頷きつつ、ニヤリと笑った。

「来るなら協力しよう」

ホルグは黒将軍になっただけあり、抜け目のなさも持っているようだ。
アスターは苦笑した。ならば優先的に応じることを考えざるを得ないではないか。
自分の官舎に戻り次第、赤将軍を招集しないといけないようだと思うアスターであった。


+++++++++++++

二日後のことである。

アスターに牢から連れ出されたザクセンは黒い髪と青い瞳を持つ青年だ。
外見は二十代後半に見える目つきの鋭い男である。
よく『暗殺者』のような雰囲気を持っていると言われる男だが、実際、それに近い仕事を行っていたこともある。
光の印の持ち主であり、不老長寿である彼は人に言えぬような過去を幾つも持っていた。
不老長寿という印の特質から、権力者に狙われ続ける運命を持つ印だ。それゆえに極度の人嫌いである彼は、アスターに対しても特に感慨を抱いていなかった。単なる物好きだと思った程度である。
しかし、そんな彼も病室へ見舞いにやってきた老人ホーシャムから、アスターが独房に入れられたと聞き、驚いた。

「ヤツは青将軍だろう。何故だ?」
「そりゃアンタを無断で連れ出したからじゃ。おぬしを放り込んだのは国王陛下だったらしくてのぅ。アスターは王命違反となった」
「許可を得ていなかったのか?」
「勝手に連れ出したらしいのぅ。お人好しなところがあるやつなんじゃ、アスターは」

今、我々も助けるべく動いている。だからしばらく来れなくなるが許せと言われ、ザクセンは困惑した。
人嫌いな彼ではあるが、己のために独房に放り込まれた者がいると聞いては落ち着かない。さすがにずっと放り込まれていればいいなどとは思えない。
しかし今の己は勝手に牢から連れ出されたいわば罪人だ。動いたところでアスターを助け出せるとも思えない。

「助け出すためのあてはあるのか?」

何しろ王命違反だ。例え青将軍でもかなり厳しい罰が予想される。助け出すにも相当な力が必要だろう。王を動かすほどの権力が必要となるのだ。
ザクセンの問いに医療用の個室から出て行こうとしていたホーシャムは振り返った。

「そぅじゃのう。とりあえず当たれるだけ当たってみるつもりじゃが、何しろ相手は国王陛下じゃからのぅ…」

呟くホーシャムも表情が険しい。
ホーシャムを見送り、ザクセンは過去に思いを馳せた。