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◆銀〜罪の持つ真実〜(14)


アスターが公舎へ戻ると中庭へ通じるロビーのところにエドとトマの姿が見えた。
騎士隊長に出世したエドは部下持ちになっている。相変わらず気弱なままだが、トマの補佐もあり、何とか隊を運営しているようだ。
声をかけようとしたアスターは二人の側に紅いコートを羽織った男がいることに気付いた。
アスターに気付いたのはトマが先だった。
従者らしく周囲に気を配るのが得意なトマは、頼りないエドワールを補佐して育ってきたためかとにかく気が利く人物である。黒髪の善良そうな田舎風の青年であるトマはアスターに気付くと軽く頭を下げ、エドワールに耳打ちした。教えられたエドが振り返る。

「アスター、ちょうどよかった!」

明るい茶色の巻き毛と緑の瞳のエドは笑顔で駆け寄ってきた。

「彼、寝泊まりするところがないそうなんです!僕らの邪魔にならないようにと中庭でお休みされているようなんですが、毎日そんなことをしていたら体調を崩してしまいます。僕らの隊に空き部屋があるのでそこをお使いいただこうかと思うんですが、いいですか?」

中庭で寝泊まりというのであれば間違いなく相手はローだろう。

「あー、いや、彼の行き先は決まってるんだ。ホーシャムの隊なんだが…あれ?俺、辞令出してなかったっけ?」

忙しくてうっかりしていたようだとアスターは申し訳なく思った。辞令を出したつもりでいたが書いた覚えがない。少々頭が混乱しているようだ。
アスターは改めてローを見た。中背で痩せた男だ。年齢はアスターより少し上だろう。
藍色の短い髪はあっちこっちにはねて、ややボサボサに見える。中庭で寝泊まりしていたせいだろう。黒色の瞳は鋭く、軍人らしい鋭さと抜け目のなさが感じられる。しかし今は困惑したような表情だ。その表情は主にエドワールに向けられているので、こういった親切に慣れていないのだろう。

(いずれホーシャムの後任を任せるにしても今はエドをつけてみてもいいかもしれねえな)

集めた将軍次第で隊の編成を組み直す必要がある。そのため、人事異動は確実に行う予定だ。ローの相手はエドワールたちだけでは荷が重いだろうが、人事異動でエドワールたちの隊をホーシャムの麾下につければまた違ってくるだろう。

「ロー将軍」

声をかけられて、やや身構える様子を見せたローにアスターは手を差し出した。

「アスター青将軍だ、よろしく。ようこそ我が軍へ。勝手に悪いがあんたの身柄はノース様の許可を得て引き取ってきた。近日中に正式な辞令を出せるだろう。とりあえず今は……エド!彼の世話を頼めるか?」
「ハイッ!」

困惑気味のローは、アスターとエドの様子を見つつ、アスターが差し出した手をやんわりと握り返した。

「近々、大きな人事異動を行う予定なので、それまではエドを助けてもらえるとありがたい」
「あぁ……。………俺の部下も彼の隊に入れていいのか?」

ローはクイッと親指をエドへ向けた。
ローに部下がいるとは思わなかったアスターは少し驚いた。

「え?悪ぃ。あんた、部下がいるのか?」
「小隊ぐらいの数ならな。こんな俺に付きまとう物好きな連中がいるんだ」
「へえ。慕われてんだな。ま、いいことじゃねえか?それじゃエドのところじゃ受け入れきれないだろうなぁ。早めに小隊用の官舎も手配しておくんで…あー、エド、またまた頼んでいいか?官舎などの手配」
「ハイッ」
「ロー、早速だがアンタには仕事がある。赤将軍全員に招集をかけてくれ。今の時間なら食堂辺りに何人かはいるだろうから、そいつらに他の連中の場所は聞いてくれ。場所は将軍位用会議室だ。当然だがあんたも来てくれ」

ローはいきなり頼まれた仕事にやや驚きの表情を見せたが、嫌そうな様子は見せずに頷いた。

「御意」


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ローによって集められた赤将軍たちは愚痴りながらやってきた。

「食事中だったんじゃぞ!」
「時間帯悪すぎ」
「そりゃ悪かったな。食えたか?」
「当然じゃ。酒と食事を残すなんて勿体ないことできるか」

なんだかんだ言いながらもしっかり平らげてきたらしい。愚痴っているのはゆっくり飲めなかったからだろう。
20名近くが座れそうなテーブルだが集まっているのはホーシャム、マドック、シプリ、ユーリ、カーラ、ロー、アスターだけだ。レナルドは休暇中で将軍位はこれだけなので半数以上が空席である。

「ホーシャム、ザクセンの調子はどうだ?」
「あぁ回復は早いようじゃぞ。復帰も予定より早まりそうじゃ」
「そりゃよかった。あと一人、二人ほど他の軍から赤将軍をもらえたら、その後、人事異動行う予定なんでよろしくな。一応、希望なんかをまとめておいてくれ」
「今のままでも不満はないんじゃがな?」

ホーシャムの台詞にアスターは苦笑した。

「そりゃアンタの隊はいい隊だからな。だが他によくねえ隊があるんで、ちゃんとバランスを取りたいんだ。アンタには後進の指導も行ってもらいたいんでな。ロー赤将軍はアンタの後任にしたいんだ」
「ワシャ、生涯現役を目指しとるんじゃぞっ」
「現役でかまわねえけど、ちゃんと後任も育ててくれよ。出来ればたくさんな」
「たくさんとは贅沢なヤツじゃ!仕方ないのぅ、他にベテランがおらぬからワシもまだまだ引退できぬわい」

白いヒゲを触りつつホーシャムが笑う。

「シプリ、カーラ。隊の人事異動に関してはお前たちが中心となって、皆と話し合い、バランスよく組んでくれ。なお、隊を持つのはレナルドとローを除いた赤将軍で8つの隊に分けてくれ」
「8隊?レナルドとローを除いたら赤将軍は5人だよ?」
「ザクセンに一つ持ってもらう。もう残る二つは俺の直属になるか新たな赤将軍に預けるかになる予定だ」
「了解」
「判ったよ」
「よし、それじゃ野郎ども、新しい仕事だ。公共工事を行うぞーっ」
「ちょっと!野郎じゃないのもいるってことを忘れないで欲しいね!」

早速、女騎士カーラに苦情を告げられ、アスターは頭を掻いた。

「悪ぃ!あー、それで仕事なんだけどよ、たまりにたまってたらしくて、結構あるんだな、これが」

アスターが楕円形の大テーブル中央へバサリと書類を置くと、部下の赤将軍達は書類に群がった。

「なかなかやりがいがありそうなのを選んできたぞ。俺としてはこっちの砦新築とか燃えそうだと思うんだがどうだ?砦の設計ってやってみたかったんだよなーっ」

建築士志望らしいアスターの台詞に側近達は呆れ顔になった。

「ちょっと、趣味で仕事を選んでこないでよ!」

怒り顔のシプリ。

「まだ建築士の夢を捨ててなかったのかい?あんた」

呆れ顔のカーラ。

「アホじゃのーっ」
「どうせ現場で仕事するのは赤の俺たちなんだがなぁ」

ホーシャムとマドックもかなり呆れ気味だ。

「まぁまぁいいじゃねえか、戦場よりマシだって。それに今年のバルスコフ国戦にはお呼びがかかりそうもねえし、工事関係で金を稼いでおかねえとな!」

青将軍として間もないために陣容が整っておらず、指名を受けることがないのは確実だ。
部下に飯を食わせてやらねえとなと言われ、赤将軍たちは納得顔で頷いた。それぞれ隊を持っている以上、部下への責任があるのだ。

「そうだ。少年兵や孤児も雇えよ。この仕事量じゃ一般兵だけじゃ絶対無理だからなー。効率よくやってくれ。ただし予算に見合った雇い方をしろよ」
「孤児を雇えって?別にいいけど、相変わらず子供好きだねえ」

あきれ顔でカーラが呟く。

「ほら、アスターはショタだから」

とシプリ。

「ショタじゃったのう」
「ショタコンなんですかー…」
「やべえな」

ユーリとローにまで言われ、アスターは慌てた。

「待て、誤解だ!!」

「あのさ、子供の賃金って基準を設けてくれないと各隊でバラバラになりそうなんだけど」
「そうだな、予算配分を考えて賃金を割り出してみる。工事開始まで他の準備をしつつ待っててくれ」
「了解」

やる気満々のアスターに部下達は呆れ顔ながらも真面目に頷いた。