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◆銀〜罪の持つ真実〜(13)


公共工事の仕事をこなすために軍の大本営へ向かったアスターはその仕事を受けるための工務科の一室で他の青将軍たちに会った。
白い巻き毛の美丈夫が一人。いかにもエリート然した雰囲気の男だ。
その隣には褐色の髪と堂々たる体躯の男。こちらも将軍職に就く者らしく、自信に満ちた雰囲気を持っている。
その奥にあるソファーに座って書類を見ているのは痩せた黒髪の男だ。痩せてはいるが、小柄ではない。ただ座って書類を見ているだけなのに張り詰めた雰囲気が感じられる。隙が無く、触れたら切れるような様が感じられる。
どうにも物慣れぬ雰囲気で、居心地悪く受付の官に声をかけたアスターは、差し出された仕事の数々に目を輝かせた。
元は建築士を目指していた身である。工務関係は元より夢だった仕事だ。
嬉々として書類を受け取ったアスターは突然飛んできた殺気に驚いて身をかわした。
ガンッという音と共に木製の受付カウンターの一部が破壊され、受付にいた若い官の悲鳴じみた声があがる。幸い、破壊されたのはカウンターの一部だけで済んだ。

「避けるんじゃねえよ」

風の印を足に纏わせて蹴りを放ってきた男はアスターと大して変わらぬ年齢に見えた。
堅そうな黒髪はやや乱れているが見苦しくはなく、粗野な雰囲気を醸し出している。鋭く睨み付けてくる眼差しの色は赤。腰には二本の剣。身につけているコートは青。同地位にいる相手だ。

(シグルド青将軍。坊の側近中の側近…)

優れた風の印と双剣の使い手として有名な人物。レンディの寵愛を受けている将の一人ということでも知られている。

「てめえ、レンディ様に何をしやがった…!」
「へ?坊?坊がどうかしたのか?」
「誤魔化すな!!おまけにレンディ様をガキ呼ばわりするんじゃねえ!!」

ついで飛んできた拳にアスターは慌ててその手を捕らえると体を反転させてねじ伏せた。そしてそのまま体重をかけて床に縫い止める。アスターの方が体格がいいため、体重をかけると動きを封じることが出来るのだ。

「おいおい。こんなところで暴れるなよ。アンタが暴れたらこの部屋全部ぶっ壊れるぞ」
「てめえ…!!離せ!!!」
「暴れねえと約束するならな。坊とはこの間、一緒に銀牢へ行っただけだぜ。疑うならカーク様にお聞きしてみろよ。一緒だったからご存じだぜ」
「………」

ギロリと睨まれつつ、ゆっくりと体を離す。

「あ、坊に今度行くって言っておいてくれ」
「来るな!!!」

工務科の入り口の扉がたたきつけられるような勢いで閉まる。

「坊のやつ、猛獣みたいな部下を持ってんだなぁ」

嵐のような勢いでやってきて、出て行った相手にアスターはため息を吐いた。
そこへ涼やかな声が飛んできた。

「いい腕をしている」

振り返ると白い巻き毛の男と褐色の髪の男がこちらを見ていた。
口を開いたのは褐色の髪の男の方であった。

「彼の油断もあったかもしれないが、あのシグルド将軍を一瞬でねじ伏せるとは見事な腕だ。棒術の使い手だと聞いていたが、体術全般に長けているようだな」
「あぁ。元々は体術の方が専門で。素手の戦いには慣れているんだ」

師には一通り、武術を習ったので棒術も使えるが、元々は体術を習っていた。近所の子どもが中心の道場なので、最初はどの子も体術を習うのだ。
あいにく戦場では素手ではリーチが狭すぎるため、戦いづらい。そのため、現在は、長棒を使っているのだ。

「さすがはあのカーク青将軍の元部下だ。機会あれば手合わせを願おう」

そういうと褐色の髪の青年は白い巻き毛の男と共に部屋を出て行った。

ここでもまたカークの名が出てきた。

(カーク様の元部下ってだけで妙に過剰評価されている気がするんだが気のせいか?)

思わず悩んでしまうアスターであった。


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カークに迷惑がかかったかもしれないと思い、アスターは帰りにノースの官舎に立ち寄った。カークが高確率でノースの執務室にいるためである。
タイミング悪くカークは不在だったが、ノースはいた。
あらかじめ報告しておいたザクセンの件を改めて問うてみるとノースに顔をしかめられた。
やはり、いい印象は与えられなかったらしい。
ノースは机の引き出しから書類を取り出した。

「君はゼロという名の黒将軍を知っているかい?」
「いえ、殆ど知りません」
「そうか、無理もない。彼のことは私も殆ど知らない。知ることと言えば私の前任者であるということぐらいだ。だが過去の資料から多少知れることがある。そして彼はどうやらザクセンの件に関わりがあったようだ」
「!!」
「あらかじめ言っておく。私は訳あってゼロの件には関わらない。だがこの件に関しては適任者がいる。ホルグ黒将軍を訪ねるがいい」
「はい。ありがとうございます。…ところでカーク様はどちらに?」
「あぁ銀牢から連れてきたお気に入りと過ごしているようだよ。全く、君といい、カークといい、厄介事を持ち込んでくれる」

恨めしげに言われ、アスターはカークも当然ながら誰かを連れ出したという事実を失念していたことに気付いた。思えば『良き男捜し』に熱心なカークである。囚人を連れ出すであろう確率は十分あったのだ。

「まぁカークが連れ出した男は、君が連れ出した男よりは遙かにマシだったがね。今まで通り、カークに従順な部下になってくれるのなら目を瞑るつもりだよ」

ノースはカークを信頼しているというより諦めきっているようである。
苦労の多い上官に大きな悩みを持ち込んでしまった自覚があるアスターはノースに申し訳なく思った。

「あ、それとロー赤将軍を麾下に引き取りましたんで報告いたします」
「それは『盗賊』の異名持ちのローかい?」
「あぁ、俺が聞いた異名は『盗人』の方ですが、たぶん間違いないかと」
「……赤の『はぐれ』か」
「……何か?」

ノースはため息を吐いた。その顰め面を見て、ますます機嫌を損ねてしまったらしいと気づき、アスターは困った。

「まぁいい。好きにしたまえ」

何とか許可は下りた。機嫌を損ねてしまったが、ローを麾下に置くことはできた。
アスターは丁寧に頭を下げた。