文字サイズ

◆銀〜罪の持つ真実〜(11)


銀牢を出たアスターは己の公舎に男を連れ帰った。
青将軍の居室は公舎の一角に設けられている。警備上の都合のためだ。
居室には友人シプリが来ていた。勝手にソファーに座り、本を読んで寛いでいる。
いつものことだったのでアスターも苦情を告げなかった。

「アスター、おかえり」
「あぁ、風呂使うぞ」
「汚れたの?…って、ええ!?」

シプリはアスターが背負った男を見て悲鳴じみた声を上げた。

「ちょっと!!何!?その汚いヤツは!?一体なんなのさ!!」

一応、牢を出るときに大きな布を借り、それでくるんできたのだが、汚れを落としたわけではない。周囲に見えぬように配慮しただけだ。
当然、風呂に入れるために布を剥いだら状態が見える。

「まぁいろいろあって。詳しい話は後だ。こいつを風呂に入れるから」
「汚すぎだよ!臭いも酷い!待ってて、香料の強い石けんを持ってくるから」
「あー、頼む」

何度も湯をかけてできるだけ汚れを落としていく。
途中から石けんを使い、がしがしと擦っていく。
痛いぐらいではないかと思ったが相手は無言だった。
強烈な体臭はとうに麻痺して判らなくなっていたが、何度も洗い流していくうちに判らなくなっていった。
途中からシプリも参戦し、ヒゲや髪など伸び放題だったものを切ってくれた。
やっと明らかになった容貌はすっきりした30歳前後に見える男であった。
男はだいぶ衰弱していたため、アスターたちはウルガ老に預けることにした。ウルガ老はアスターたちが新兵時代から世話になっている高齢の医者である。
元は戦場に同行する軍医であったが現在はアスターたちの公舎の常駐医となっている。高齢であるためそろそろ戦場はキツイだろうとアスターが配慮したためである。
古参のウルガ老はザクセンを知っていたらしく、快く引き受けてくれた。


+++++++++++++


一通り終えたときには深夜になっていた。

「あぁ疲れた!全く予想外の労働をしたよ」
「あー、すまねえな、シプリ。ありがとう」
「あぁそれでね。大切なことを言い忘れるところだったよ」

部屋に置いていたワインとチーズをつまみつつ、シプリはしかめ面のまま、来客があったことを告げた。

「君が留守の間、兄が来てね。書類を置いていったよ。赤将軍を紹介してくれるらしい」
「おっ、そりゃありがてえな!」
「喜ぶのはまだ早いよ。見事に問題だらけの奴らばかりなのさ。あのバカ兄貴、助けてくれているのか厄介事を持ち込んでくれようとしているのか判らないよ」
「そんなに問題だらけの奴らなのか?」
「そうだよ」
「けどシプリの兄さんってすごく良さそうな人だったのにな」
「真面目なのは確かだけれどね、単なるお人好しが青将軍にまでなれるわけがないだろ。兄貴は親父たちに軍人としての英才教育を受けて、ライバルを押しのけてエリートコースを突っ走っている男だよ。十分強かさも持ち合わせているんだ」

使うか使わないかは十分考えるようにと忠告を受け、アスターは頷き返しつつ、履歴書を手に取った。なるほど、ざっと見ただけでも見事に問題を抱えている連中ばかりだ。しかし興味を惹かれる内容も十分にあった。

(こりゃ、使うも使わないも俺次第ってわけだなー。紹介するだけしてやるから自分でふるいをかけろってことか)

赤将軍は青将軍に所属するが、シプリの兄ギルフォードが預けていった書類には他の青将軍に所属する赤将軍の履歴が多かった。ギルフォードが他の将軍らに声をかけて集めてくれたのだろう。ギルフォードの人望の一端が窺い知れるというものだ。

「ところでアスター。君、さっきの男…ザクセンを無理矢理連れてきたんだろう?そしてその中からも部下を選ぶつもりなんだよね?」
「あぁ。そのつもりだ」
「ノース様の許可はでそうなの?」

アスターは言葉に詰まった。
ノースは見るからに真面目そうな人物だ。軍の決まりや形式などをきっちり守るタイプに見える。
柔軟な思考で生み出される戦略や戦術を見る限り、完全なマニュアルタイプとも言い切れないが、軍の規律などの面ではあまり融通が利くタイプには見えない。
恐らくレンディより遙かに頭が固いタイプだろう。
シプリはアスターの表情から答えを読み取ったのか思案顔になった。

「兄貴が来いっていうんだ。しつこいというか何というか…。もちろん俺は兄貴の隊に移る気はないんだけどさ、君ごとデーウス様や他の黒将軍様の元に着くのは考えてもいいんじゃないかって思うよ。ノース様に不満があるわけじゃないけど、選択肢の一つとして考えてもいいんじゃない?」
「そうだな…」

ノースの元は悪くない。むしろ上官としてはかなり良い部類に入るだろう。
しかしザクセンを受け入れてもらえないのであれば考える必要があるだろう。
今は味方がいる。ザクセンの解放に協力してくれる味方が必要なのだ。

「そういやシプリ。お前、ザクセンのこと諦めろって言わないんだな」

アスターが問うとシプリはあきれ顔になった。

「当たり前だよ。君のあきらめの悪さはイヤというほど知ってるからね。エドを見捨ててこなかったことといい、坊やを未だに諦めていないことといい、君の執念深さはイヤというほど知ってるからね」
「エドはともかく坊は関係ないだろーっ」

誤解を含んだ意見に反論しつつ、そのレンディと気まずく別れてきたことを思い出し、アスターは落ち込んだ。
そんな友を呆れつつ見ながら、シプリはため息を吐いた。

「ちょっと他の黒将軍様の情報を集めてみるよ。ノース様が駄目そうなら他の方につく必要があるだろうからね」
「おう…」
「うちもそこそこ大所帯だし、食べていくためには仕事がいるし、急いでみるよ。そうだ、青将軍は公共工事の仕事もあるでしょ?とりあえずそっちで食いつないでみる?」
「あー、それもいいな。明日、調べてみる」
「よろしくね」