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◆銀〜罪の持つ真実〜(10)


アスターは元々、建築士見習いである。そしてそれは家業でもある。
彼は珍しい建物を見ると頭の中で図面を引く癖がある。そして建物自体を熱心に見る。それは建物が普通の家だろうと砦だろうと代わりがない癖だ。
そんな建物の造りがおかしいことにも直ぐ気付いた。

「この奥に何があるんだ?」

(先ほどあった部屋の場所を考えるとこの裏側にも部屋があるはずだよな)

アスターは故意に隠された場所にごく自然と気付いたのである。
言葉を濁す看守たちにどうやらよくない場所があるようだと気付いたアスターはどうしようか判断に迷った。
強制的に問うべきだろうか。だが答えたくなさそうだ。
あまり強引なまねはしたくない。さてどうするべきか…。
しかしアスターの連れは迷う要素がなかったらしい。あっさりと動く。
真横で一瞬にして人間の倍以上のサイズになった大蛇にアスターは驚愕した。

「ちょ、おい、何するんだ、坊っ!?」

アスターは問うたが手遅れだった。
大蛇は使い手の意志に従い、巨大な尾を振り上げると壁を破壊したのである。
破壊音と共に土煙をあげて壁が崩れていく。
ようやく晴れた視界の先を見てアスターは絶句した。

「棺桶…?いや……部屋か……」

真っ暗な中にずらりと並んだ箱のような部屋。
最初は複数の棺桶かとアスターは思った。
しかしそれらは部屋だった。
一つ一つの部屋は部屋とも言えぬぐらいあまりに狭い空間。
寝るのがやっとのような狭い、あまりに狭い空間に人が閉じこめられていたのだ。
そして棺桶というのも間違いではなかった。
鎖に繋がれた者の中には明らかに死した者も狭い部屋には存在していた。

ただ寝るだけの石造りの空間。目に付くのは壁の拷問器具らしき品。
明かり取りと思われる天井近くの窓は拳のようなサイズ。
寝具すらない。排泄だって垂れ流しになっているようだ。

こんな酷い場所に人間を閉じこめていたのか。
信じられぬほど酷い場所を目の当たりにし、アスターは怒りにめまいがするのを感じた。

脳裏に今まで聞いてきた言葉が蘇る。

『それだけ厳重にせねばならないだけの実力を持つ者達が牢に入っているからです』
『……どんな罪にも理由がある。だが罪は罪だ。許されることではない。行くのであれば彼等の持つ信念と真実をよく見抜くがいい』
『罪に染まりし手を持つ者が救いを求めてきたとき、貴方はどうしますか?お前は罪人だと払い除けますか?』

しかし、今まで聞いてきた台詞も吹き飛んでしまうほどの怒りであった。

アスターが見た限り、閉じこめられた者の中で生きた者はただ一人であった。

殆ど身動きが取れぬような狭い部屋。ほぼ灯りも入らぬような小さな部屋で生き延びていたその人物は男であることしか判らなかった。
体中についた傷は拷問の傷だろうか。
黒い髪はたてがみのように伸びて身体を覆っている。そのために容貌は全く判らない。
服は殆ど見えない。身につけてすらいないのかもしれない。
首と手足に見えるのは枷だろうか。いずれも鎖に繋がっていて、壁につけられている。
酷く痩せている。骨のような身体だ。

「……俺はアスター。あんたは?」

この状態では大丈夫か?と問うのも憚られる。大丈夫なはずがないからだ。
喋れるか?と問おうとした時、返答があった。

「……それを聞いてどうするつもりだ?青将軍」

かすれた聴き取りづらい声だった。水もあまり飲めないのだろう。

どうするつもりだと問われ、アスターは最初の目的を思い出した。
将が欲しい。こんなところにいるのなら優秀な将だろう。高位軍人しかいない牢なのだ。
部下になってくれるのなら彼を連れ出す口実が出来る。
彼を救える。自分は優秀な部下を手に入れることが出来る。

「俺は優秀な部下が欲しくて来た。俺に力を貸して欲しい」
「…この俺が欲しい…って?こんな状態の俺を見ても欲しいと言えるのか?使い物になるかどうかぐらいわかるだろうに」
「わかるから言っている。こんなところに厳重に閉じこめられているんだ。並の実力じゃないんだろう?」

アスターの返答がおかしかったのだろう。男はかすれた声で笑った。声は殆ど聞こえなかったが笑っているのは肩の揺れから感じられた。

「いいだろう。ここをでれたらお前に力を貸そう。ただし貸すだけだ。部下にはならない。俺は誰にも従わない」
「で、名前は?」

名前に拘るアスターに男はクッと笑った。

「ザクセン・レイ・コールズ…だ…」


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一部始終を見ていたレンディはずっと無言であった。
しかしアスターに『彼を部下にしたい』と告げられ、軽く目を細めた。

「彼はかなり理由ありの人物のようだけど?」
「……頼む」
「牢に入れられていたんだ。罪人だよ」

確かにその通りだろう。牢に入れられていたのだ、そのこと自体が罪人であることを示している。レンディは彼を出すことに反対のようだ。

脳裏にノースの言葉が蘇る。

『……どんな罪にも理由がある。だが罪は罪だ。許されることではない。行くのであれば彼等の持つ信念と真実をよく見抜くがいい』

罪は罪だ。
しかしこんなことがあっていいだろうか。死人だらけの狭い部屋が並ぶような場所にずっと残しておいていいはずがない。何よりアスター自身が彼をこれ以上この場所に残しておきたくなかった。例え自分の我が儘でも彼が罪人であっても、ここに残しておきたくなかった。
罪人かもしれない。とんでもない大罪人かもしれない。けれども。

「頼む」
「……」
「頼む、坊。彼を助けたいんだ」
「……彼は罪人だ」

無表情に告げるレンディにアスターは唇をかんだ。
レンディの立場からすれば当然だろう。牢に入っている。そのこと自体が罪を犯した人であると告げている。
レンディの力は望めないようだ。それでもアスターは彼をここから出したかった。

「…それでも俺は彼を救いたい」
「……」
「すまん、坊。罪は俺が負う。ここから彼を出す」

罪人ザクセンは動けぬほど衰弱していた。
酷く汚れ、汚物の塊のような男にためらいなく触れ、背負い上げるアスターが牢をでていくのをレンディは止めなかった。
脳裏に戦場で出会ったときのことが蘇る。
あの日と同じようにアスターはどんな相手にもその手をさしのべるのだ。
大きな優しい手をさしのべる相手はレンディだけではないのだ。
胸にどす黒い気持ちがこみ上げる。
レンディは無言で手を握りしめた。