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◆銀〜罪の持つ真実〜(9)


三人に説明をしたのは牢の責任者だというグレムという男であった。
中年のやや小太りな男は将軍職三名に対し、幾度も汗を拭きつつ、緊張した様子で説明した。
緊張の余り、詰まりまくりであまり上手いとはいえぬ説明を受けつつ、アスターはこの牢の特殊性をひしひしと感じていた。

銀牢はとにかく特殊な場所なのだ。
まず建物全体が印の力が抑えられるように作られているという。
更に牢に入った人物は首枷で印が完全に封じられているという。

「それだけ厳重にせねばならないだけの実力を持つ者達が牢に入っているからです」

とのことらしい。

入っている囚人は高位軍人のみ。
囚人への面会が許されているのは身内と将軍位のみ。
10年以上、牢へ入ったままの囚人も少なくないという。

カークは責任者にリストを見せてもらいながら、熱心に話を聞いている。
その隣で話を聞きつつ、アスターはちらりと斜め後ろを見た。
レンディは着いてきたもののさほど興味はないのか無関心だ。しかし機嫌はいいらしく、笑顔を見せている。

「では牢へ案内してください」
「ハッ」

先導するグレムを追うようにアスターたちは牢の奥へ歩き出した。


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(何というか…ひでえなぁ…)

牢は薄暗く、寒々しかった。
囚人を入れておく為の場所だ。快適で綺麗なばかりと言えぬのは当然だろう。
しかしそれにしても酷かった。
頑丈な石造りの建物は冷える。しかし作り付けの小さな寝台には薄っぺらい布一枚だ。毛布とも言えぬような薄さ。しかし他に寝具らしきものは見あたらない。
小さな明かり取りの窓が天井近くにあるだけで外は全く見えない。
逆に通路側は鉄格子なので中は丸見えだ。プライバシーも何もあったものではなく、牢につけられたトイレさえ丸見えだ。
特に気になったのは臭いだった。
トイレがむき出しなのである程度は仕方がないかもしれないが、換気も悪く、濁っているのだろう。そして入浴などの回数も少ないのだろう。体臭らしきものも混ざり、酷い臭いとなっている。

(マジでひでえ…あんまりだろ)

そしてこうした牢の環境はアスター以上にカークが気に入らなかったらしい。
彼は早々に切れた。

「何ですか、この汚い牢は!!」

印を抑えられているはずのカークから冷気がじわじわと零れ出す。
厳重な封印が建物自体に施されていると言うが、それでもカークの印を抑え切れてはいないらしい。そんなカークに緊張していたグレムは卒倒しそうな顔色になった。

「ハッ…あ、あの…っ…」

「なんて汚い。不潔な。汚らわしい。こんな場所を私たちに見せようというのですか、貴方は。牢も汚いが中にいる男たちも汚い。これでは良い男がいてもわからないではないですか。ここに来た意味がありません」

そこか、と心の中でアスターは突っ込んだ。
しかし汚くて良い男かどうかもわからないというカークの意見にはアスターも同感だった。正直言って近づきたくないような風貌の男ばかりが牢の中に入っている。髪や髭など伸び放題で本来の容貌など全くわからない有様だ。
高位軍人ばかりの牢だと言うのでここまで酷いとは思っていなかった。一般牢の方がマシなのではないかというのが正直な感想である。

「さっさと掃除して入浴させ、身だしなみを整えさせなさい!!」
「ハッ、し、しかしこの者たちは囚人であり…」
「おや…私の命令が聞けぬとでも…?」
「た、大変申し訳ありませんが、この牢は…こ、国王陛下の管理下にあり…しゅ、囚人の解放は陛下のご許可がないと……」

しどろもどろの説明にアスターは驚いた。
では、狙いの部下がいても解放できないではないか。

「え…マジかよ…困ったな」

アスターが呟くとその後ろに立っていたレンディが軽く眉を上げた。

「…許可する」

レンディがゆっくりと足を踏み出す。
グレムの前へ進み出た彼の身の鎖が蛇へと変化し、ちろりと舌を動かした。

「私が許可する。二度は言わせるな」

レンディの脅しは死と直結で結びつく。
それが相手にも伝わったのだろう。相手は平伏する勢いで頭を下げた。

「ハッ!!」

慌てて指示を出すグレムを見つつ、カークはため息を吐いた。

「ありがとうございます、レンディ。それにしても困りましたね。掃除と身だしなみは今日一日では終わりそうになさそうです」

出直しますか?と問うカークにアスターは頭を掻いた。

「いや、俺、顔はどうでも…っと…いや、その、もうちょっと見ていきます」

カークの前ではハッキリとは言いづらいが、そもそも顔はどうでもいい。問題は能力だ。
折角ここまで来たのに帰るのは惜しい。そう思いつつ答えると、レンディも頷く。

「そう。じゃ俺も付き合うよ」
「そうですか。じゃあ私は彼らがちゃんと仕事をしているか見てくることにしますよ。浴室はどこですかね」

カークは入浴の様子を確認しに行くらしい。とことん彼らしい行動だ。
アスターは牢の掃除のためにやってきた看守たちが薄っぺらい布を運び出す様子を見て、口を開いた。

「あー、そいつはもう買い換えろ。毛布とは言えねえだろ。新しいのを二枚ずつ買いそろえろよ」

戸惑う看守たちへレンディが静かに付け加える。

「許可する」

たった一言だが、蛇を纏わせるレンディの台詞は何よりも説得力があるのだろう。

「は、はいっ!!」

看守たちはおびえた様子で頷いた。