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◆銀〜罪の持つ真実〜(8)


結局、銀牢へ向かったのはその翌日であった。
ノースがカークに用があると言って引き留めたのだ。
翌日、積極的なカークの先導でアスターたちは馬に乗って、問題の銀牢へと向かった。
二つの青いコートはただ羽織っているだけで人の視線を集める。
さほど急ぐわけでもなく、二人は王都の外れへ馬を並べて歩いていった。
その途中、カークが口を開いた。

「人の持つ真実は多種多様です。人の考え方が多種多様なように」

好みの男以外の話をするカークは珍しい。
しかしカークは知将の片腕と名高く、頭のキレもいいことで有名だ。アスターは興味深く話を聞いた。

「ある世界ではよしとされることが別の世界では罪とされることがあります。同じように戦場での殺人は可、それ以外での殺人は罪とされます。しかし死であることに違いはありません。物事は様々な角度から真実を見る必要があると言えるでしょう。ただ一度見ただけのことを鵜呑みにしないことです」
「………」

脳裏にレンディの姿が思い浮かんだ。
それを読んだかのようにカークが問うた。

「罪に染まりし手を持つ者が救いを求めてきたとき、貴方はどうしますか?お前は罪人だと払い除けますか?」


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北の大国ホールドス国の白竜ホースティンは絶対的な聖だという。
かの大国は多民族国家であり、ホースティンという絶対的な存在が国を一つにまとめている。
遙か過去に戦乱多き国だったホールドスを平和な国にまとめているのはホースティンの存在故だ。そのためにホールドス国民はホースティンを慕い、『我らが偉大なる白竜』と褒め称える。

逆に青竜ディンガは恐怖の象徴だ。
山のような大蛇姿で人を虫けらのように押しつぶし、毒霧を吐いて、死者を増やす。
絶対的な力で人を圧倒するその姿は平和の象徴と慕われる白竜とは正反対だ。
青竜は恐怖と畏怖の対象にはなっても、敬い慕われることは永久にないだろう。
そしてそれは使い手も同じだ。
青竜の使い手レンディはディンガと同じように恐怖の対象として知られている。

(ノース様とカーク様の仰ることは難しいよなー…)

難しい。だが頭の良さで知られている二人だ。
彼らの話はしっかりと聞いて、しっかりと考えるべきだろう。
そんなことを思っていると、カークが何でもないことのように告げた。

「そうそう。レンディが来ますよ。誘ったら、来ると言ってましたから」
「うわ、それを早く言ってくださいよ、カーク様!俺、何も持ってきてないッスよ!」

考え事もカークの一言で吹き飛ぶ。
慌てて周囲を見回して、目に付いた菓子屋に飛び込んでいくアスターにカークはあきれ顔になった。

「牢へ行くのに何を持っていかないといけないと言うんですかねえ…」


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銀牢と呼ばれる建物は王都の町外れにある。
まず高い塀が目に付く。馬二頭分はありそうな高い塀だ。
その塀をくぐると、更に塀があることがわかる。二重になっているのだ。
塀と塀の間には深い堀が見える。水も張られていない堀で、底までは数メートルぐらいありそうな深い堀だ。どちらも囚人の脱出を防ぐための塀なのだろう。
二つ目の塀をくぐると身体に軽い違和感を覚えた。

「ここでは印が使えぬようになっているのですよ」

顔をしかめたカークがそう告げる。
三重印を持つカークだ。身体への違和感はアスターよりも強いのだろう。
待っていた兵の案内で建物の中に入っていく。
建物自体はごく普通の官舎に似た作りに見えた。
しかし内部にはいるとすぐにそれが違うことがわかった。
窓が少なく、灯りに乏しい。全体的に薄暗く、閉塞感が感じられる。

(不気味なところだな。牢って言うから当たり前かもしれねえが…)

好きになれそうもないところだとアスターが思っていると隣でカークがぼやいた。

「美しくないところですね」

感想は異なるものの、不快さを感じたのは同じらしい。
そこへ先客が姿を見せた。

「坊!」
「…やぁ…カークに誘われたんで来てみたよ」

そしてアスターの視線を意識したのか、付け加えた。

「俺は、よき男捜しじゃなくて部下捜しだよ」

レンディの台詞にカークは意味ありげに笑い、アスターは再会できたことを喜んだ。

「いい部下がいるといいな」
「そうだね…」
「あー、これ、ここに来る途中で買ってきた菓子だ。ジンジャーブレッドクッキーだけど好きだったよな?」
「…うん……あれは甘さが控えめでいいね。ありがとう」

アスターの大きな手から小さな包みが手渡される。
ぎこちなくはあったが、久々に交わされた二人の会話であった。