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◆銀〜罪の持つ真実〜(7)


翌日、アスターは再びイーガムの元へ来ていた。

「…というわけでな、牢の中にいるっていう人たちに会いに行こうかどうか迷ってんだよ」
「お前、うぜえ…。こっちは多忙なんだ。テメエの相談事なんかに付き合ってる暇はねえんだよ」

文句を言いつつもイーガムがつついているのはプリンだ。産み立て卵と絞りたて牛乳を使用した一流シェフのプリンは人気カフェの大人気商品の一つであり、イーガム自身食べたいと思っていた品である。そんな品を土産に持ってこられては断れるはずもなく、結局受け取っているイーガムであった。

(まぁ菓子に罪はねえしな…)

つい絆される自分をそう正当化するイーガムである。
一方のアスターは甘党な友が美味しそうに食べる様子を見るのが好きである。それでついつい甘い物を持って、マメに訪れている。

(可愛いよな〜、こいつ。うさぎっぽくて)

小柄な体と白い髪、赤い眼を持つ同僚に対し、最初からそんな印象を抱いているアスターであったが、彼が甘党と知って以来、更に好感度が増している。小動物のようで可愛くて仕方がないのだ。イーガムが知ったら激怒すること間違いなしである。

「まぁ一応知ってはいるが。『銀牢の囚人』だろ」
「銀牢の囚人…?」
「うちの国は軍人の地位が高い。だから将軍位以上の場合、よほどのことがねえ限り、死刑になることはなく、地位剥奪の上、牢に入れられる。その牢が王都外れにあるムリーグドの監獄だ。高位軍人専門の監獄のため、脱獄防止のための厳重な設備で守られている。高位の者を捕らえるための場所という意味で銀の鎖で捕らえる場所…銀牢という異名がついたそうだ」
「………」
「将軍位は権限が大きいため、通常は捕らえられることがない。だが捕らえられるような罪を犯した場合、銀牢から出られることはない。ようするにそれぐらいデカイ罪を犯さねえと捕らえられることがねえってことだ。
銀牢に入っている連中はそんな罪を犯したやつらだ。使いこなすにはよほどのことがねえと無理だ。俺はおすすめできねえな」
「だったら何でデーウス様は薦められたんだと思う?」
「前例があるから一応教えておこうと思われたんじゃねえか?以前、黒将軍の方々が銀牢の囚人を側近にされたことがあるんだよ。だから出来ねえことじゃねえんだよ」
「……へえ」

ハッキリ言って自信はないが、見に行くだけ行ってもいいかもしれない、と思い始めたアスターであった。


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更に翌日、アスターはノースの公舎を訪れた。
内容は経過報告を兼ねた相談であったが、その公舎内の廊下でディルクに会った。
彼はやや落ち込んでいる様子で軽くうつむき、廊下に立ちつくしていたが、アスターが挨拶を兼ねて声をかけると顔を輝かせた。

「すまん。ノース様にお渡ししてくれないか?」

差し出されたのは紙袋だった。どうやら菓子が入っているらしい。
何故自分で渡さないのかという当然の疑問を読み取ったのだろう。ディルクは苦笑した。

「俺じゃ…駄目でな。すまん。それでも駄目だったらそなたが貰ってくれ」

理由はわからないがノースに拒絶されたのだろう。それではアスターが再度渡しても無駄ではないだろうか。そう思いつつも拒絶できず、アスターは躊躇いがちに受け取った。
部屋に入ると、やはり執務室のソファーにはノースの側近カークがいた。彼の前には豪華な茶器が並んでいる。どうやらお茶を飲んでいるらしい。

「おや、アスター。ローズティを飲んで行きませんか?」

ちらりと彼の上官を見るとノースは鷹揚に頷いた。

「いただきたまえ。私はかまわない」
「ありがとうございます、いただきます」

礼を告げつつ、アスターはノースに菓子を差し出した。

「あー、ディルク将軍から差し入れを頂きました。よろしかったらどうぞ」

ノースが顔をしかめるよりも早く、カークの叱責が飛んでくる。

「アスター!菓子はちゃんと見栄え良く皿に盛って出すようにと教えたはずですよ!もうマナーを忘れたのですか?」
「あ、すみませんっ!えーっと、皿はありますか?」
「当然ですよ、私に抜かりはありません。オアル社の新作の皿が左の飾り棚にありますからそれを使うといいでしょう。二段目の蝶の絵柄が入った皿ですよ」
「ありがとうございます」

ノースの部屋でありながら、もはやカーク専用と化している茶器が並んだ飾り棚から言われた皿を取り出す。
ちょうど三枚あったのでそれぞれに焼き菓子を並べ、最初にノースへと差し出す。
穏和な上官は珍しくもため息混じりに受け取った。

「ありがとう」

ノースが他者からの差し入れにため息混じりとは珍しい。どうやらディルクとはなにやらあるらしいなとアスターが思っていると、同じ焼き菓子を受け取ったカークがロワンナの店の焼き菓子ですね、と呟いた。

「あそこは人気店で行列が出来ると評判なんですよ」
「へえ…」

ならば苦労して手に入れたものなのだろう。
カークもノースも菓子を食べている。しかし差し入れ人であるディルクについては一言も口にしない。
ディルクはノースの側近だ。それもカーク、ダンケッドに次ぐ古参の側近で評判もいい。しかしその誰とも親しいとは聞かない。よくノースの執務室で見かけるカークやダンケッドと違い、ノースの側では姿が見られない人物なのだ。
ノースに差し入れしたり、ノースが見れる中庭によくいるのだ。彼がノースに対して好意を持っているのは確かだろう。嫌いならばノースの元にいるはずがない。

(なんかワケありっぽいよなー…)

しかしノースの側近としては新参者のアスターが口を挟めるわけもなく、カークの向かいのソファーに座ると無言でお茶を飲んだ。
カークのお茶は美味しかった。この上官はお茶を入れるのは上手いのだ。
アスターは研修の時、カークにお茶の入れ方とマナーを学んだことを思い出した。

「ところでいかが致しました?」
「あ、はい。実は……」

アスターが説明するとカークはなるほどと頷いた。

「そういえば貴方には調教の基本を教えていませんでしたね。アスターには私のハーレムの完成に協力して頂く必要があります。ちょうどいい。教えて差し上げましょう。
遠慮はいりませんよ。貴方は私の元部下。つまり貴方は私の調教の弟子でもあるのですから」

いつの間にか弟子にされていたと知り、アスターは驚いた。しかも調教の弟子だという。

「いや、俺の師匠はロドリク師で…」

言いかけて、アスターはそんなことを告げても意味がないと気付いた。
しかし思いがけず、アスターの呟きには反応があった。

「おや、アスター。あなたはロドリク将軍の弟子だったのですか」
「将軍?」
「ええ。存じなかったのですか?ロドリク将軍はレンディの前の黒将軍ですよ。デーウス将軍やセルジュ将軍は、元々ロドリク将軍の側近でしたから、あなたと縁があるようですね」

師匠と思いがけない人の繋がりを知り、アスターは驚いた。

「へえ、坊の前任…」
「レンディを坊やと言えるのはあなただけですよ。なかなか大物ですね」
「いや、その、すみません」

上官を坊やよばわりとは本来、懲罰ものだ。アスターは恐縮気味に頭を下げた。

「かまいませんよ。レンディが許しているようですからね。それより銀牢へ行きますよ、アスター!」
「へっ!?」
「銀牢にはまだ入ったことがないのですが、もしかするとよき男がいるかもしれませんからね、チェックはぬかりなく行わなければなりません!善は急げと申しますし、すぐ行きますよ!」

どうやらカークも銀牢に向かうらしい。
慌ててノースの方を振り返ると紅茶片手に書類から顔を上げた上司は呆れ顔だった。

「アスター。君は私に用があったんじゃないのかい?まぁカークに相談することで解決したのであればそれでもかまわないがね。だが銀牢の将を部下にするのは難しい。それに……」

言葉を切り、ノースはしかめ面になった。

「……どんな罪にも理由がある。だが罪は罪だ。許されることではない。行くのであれば彼等の持つ信念と真実をよく見抜くがいい」

希代の知将と呼ばれる小柄な上官の重みある言葉にアスターは緊張気味に頷いた。