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◆銀〜罪の持つ真実〜(6)


シプリは食堂でシチューをつつきつつ、ため息をついた。
悩みは現状と将来についてである。
騎士はエリートだ。騎士というだけでも中の上ぐらいの収入が得られるが、その中でも将軍位になったらエリート中のエリートだ。様々な特権があり、公共施設はすべて無料になるし、馬は無料だし、収入となると一等地の家が買えるレベルになる。

(なんかいろいろと宝の持ち腐れだけどね…)

シプリはそう思う。そんなものが欲しかったわけではないのだ。
兄ギルフォードと違い、シプリは騎士になどなりたくなかった。別の夢があった。
その夢のために家族に反対されつつも15歳で家を出て、その道を歩んでいた。徴兵が終わったらすぐに被服師へ戻るつもりだったのだ。
シプリの家は代々軍人の家系だ。
両親は共に軍人であり、男性同士で婚姻をした。そして家を継ぐためにそれぞれ子をもうけた。それがギルフォードとシプリだ。それぞれの母は姉妹なので血筋的には従兄弟になる。
軍人である両親はすでに引退し、領地を治めながら暮らしている。
両親は当初、シプリの夢に反対していた。しかし無理矢理、軍人の道へ歩ませようともしなかった。理由は兄ギルフォードが素直に軍人の道を選んだからだろう。兄は幼い頃から騎士になると断言していた。結局は兄かシプリのどちらかが家を継げばいいわけであり、兄が継ぐのであればシプリは無理に軍人となる必要はないのだ。性格が合うとは言えない兄だがその点については兄に感謝しているシプリである。
頭が固いところがある兄は幼い頃から騎士以外の道を考えたこともなかったようだ。シプリが被服師になるのだと告げたときは唖然としていた。しかし両親と同じく反対の意見を告げることもなかった。ただ、理解できないといいたげな顔をされたことをシプリは印象強く覚えている。兄はとにかくマニュアル通りの道を選ぶのが好きなのだ。
その兄は士官学校を出て騎士となり、デーウスに気に入られ、側近となった。現在はデーウス黒将軍の元で名が知られる青将軍と一人となっている。末は黒将軍だろうと言われる将来性豊かなエリートの一人だ。マニュアル通りの道もここまで貫けば立派なものだとシプリは呆れ気味に感心している。
ちなみにシプリは兄に幾度か引き抜きを受けた。彼は弟が心配だったのだろう。すべて断ったシプリだが、そのたびにため息を吐かれたものだった。彼にはシプリが理解できないようだ。それでいて弟の身は心配なのだろう。

『俺の周囲は判らないヤツばっかりだ』

いつぞや兄はそうぼやいていた。
その兄が一番頭を悩ませている相手が同僚のスターリング青将軍だと知ったのは最近のことだ。

『あいつはこの世で一番理解できないヤツだが、皆、俺が一番スターリングを理解していると言う。大きな誤解だ。俺はあいつを理解できたことなど一度もない』

基本的に真面目な兄がこんな風にこき下ろすことは珍しく、シプリは印象深く思ったものだ。
しかし不仲ではないらしく、そうぼやいた日もスターリングと飲みに行く約束があるからと帰っていった。兄曰く、士官学校時代からの腐れ縁なのだそうだ。

(そもそも相印ならば腐れ縁じゃなくて運命だろうに……)

兄とスターリングは異種の相印なのだ。
しかし兄は風、スターリングは水。ようするに嵐の相性で性格は全く合わないらしい。
基本的に運命の相手同士は一緒に組まされる。そのため、兄とスターリングは配属先がことごとく同じになったという。
腐れ縁どころか運命の相手ではないかとシプリは思うのだが、兄は腐れ縁だと断言する。
認めたくないのだろう。兄にしては素直じゃないことだと思う。

(あー、もう、いろいろと頭痛いよ)

食堂で同じ席に座るレナルドやアスターも同じだろうと思う。皆、なりたくなかったエリート軍人だ。
しかし今更、被服師に戻るのも躊躇いがある。軍にいる間に立てた功績ですぐにでも店を開けるほど金が貯まってしまった。それでなくても今の収入なら作る側ではなく、買う側にこそ相応しいだろう。赤将軍といったら十分エリートだからだ。

「俺もそう思うぜ。けど軍人を続けたいわけじゃねえんだよなー。俺、似合ってねえし」

そうぼやくアスターだが、シプリに言わせれば十分軍人に向いていると思う。
彼は状況を見極める目が良く、隊を動かす判断も確かだ。オマケに個人戦に強い。極端に広いリーチのお陰で敵将にも勝利している。大柄の上、素早いので印を発動される前に決着をつけていることが多い。
そして彼はよき上官でもある。大らかな彼はどんな部下でも受け入れるだけの資質があるのだ。老兵ホーシャムにしろ、熟練のマドックにしろ、今更他の上官を得たいとは思わないだろう。シプリだってそうだ。他の上官よりアスターがいい。彼はそれだけの人望と信頼を得ている。

その隣で黙々と食事をしているレナルドはトリッキーな人物だ。
遠距離攻撃を得意とするため、戦闘では補佐向きだが、実は個人戦でも十分強い事が発覚した。体術が得意なため、敵の懐に飛び込んで戦ってることが多い。そして彼は闇の印を持っている。体のどこかに触れさせすれば生気を吸い取ることができるため、動きを鈍らせて勝利している。意外性が大きな彼は変わり者だが戦場では大変、心強い人物だ。
もっともアスターに言わせれば将軍向きではなく、隊は持たせない方がいいらしい。何故なら隊を丸ごと他人に移譲させてしまうからだという。

『別の奴が隊を動かしてるんだぜ!びっくりしたっつーの』

びっくりしただけで済ませているのがアスターらしい。本来は重大な軍規違反だ。
しかしさすがに懲りたのか、レナルドは赤将軍に昇進したが、隊は持っていない。アスターが持たせなかったのだ。
レナルドも不満はないのか、何を考えているのか判らない表情で好き勝手に動いているようだ。上司であるアスターが認めているため、文句を言われることなく、のびのびと過ごしている。

(本当に変人揃いだよね。まぁ何とかなってるからいいけどさ)

軍のことなど何も知らない素人揃いでここまできた。むしろここまで来るとは思わなかった。
これから先、どうなるか判らないが、ハッキリ言って辞められる状態ではない以上、このまま続けていき、どこかキリの良いところで辞めることになるだろう。それまでは嫌々軍人の腐れ縁が続くことになりそうだ。

「せめて恋人ぐらいは良い相手を見つけたいものだね」

こんな腐れ縁ではなく、良き縁を見つけたいと思いつつシプリがぼやくと、目の前の二人が顔を見合わせた。

「恋人かー。俺はまだ考えられねえな。……実家に引き取りてえ子はいるんだけど」
「君、昔からそんなこと言ってるよね。けどフラれてるんでしょ?もう諦めたら?」
「いやそういうわけには……う〜っ……」

唸っているアスターは昔からこんな調子だ。当の子供が行きたがっていないようだから諦めた方がいいんじゃないかとシプリは思う。
一方のレナルドは無言だ。彼の返答は最初から期待していなかったのでシプリも何も言わなかった。

「ま、それぞれ頑張って良い相手見つけようよ」

そうシプリがまとめると目の前の二人の友は頷いた。

「だな」
「いい男見つける」
「いい男と言えば、いい男だったぜー、シプリの兄さん。真面目で親切そうだった」
「いい男…」

興味深そうにレナルドが呟く。シプリは顔を引きつらせた。

「ちょっとアスター!うちの兄をレナルドに勧めないでよ!」

レナルドを義兄と呼びたくはない。思わず抗議するシプリであった。