デーウスは現黒将軍の中では二番目に古い経歴を持つ人物である。
黒髪と茶色の目を持ち、端正な容貌の主で人気が高く、正攻法で戦うことを得意とする将軍だ。
容貌のいい彼は性格もいい。それは公舎にも現れており、暖かく居心地のいい雰囲気であった。
デーウスはノースから連絡を受けていたらしい。待っていたと言ってくれた。
「まずは礼を。セルジュが世話になった」
「いえ、とんでもない。当然のことをしたまでです」
「いや……彼は大切な我が伴侶だ。礼を言わせてくれ」
伴侶との言葉に驚いて見つめるとデーウスは笑んだ。
「セルジュに聞いた。数年前…森の中で彼を助けてくれたそうだな」
それは答えてはいけないことだ。
慎重に言葉を選ぶよう黙り込んでいるとデーウスは真っ直ぐにアスターを見つめた。
黒将軍らしく強い意志の籠もった眼差しにアスターは試されていることを感じた。
「……存じません。何のことでしょう」
「そうか。実はあれは私の罪なのだ」
あれで一度彼を失った、とデーウスは告げた。
アスターは驚きつつも口を開かず、黙り込んだ。同時にあのときセルジュが答えなかった理由を知った。
「諦めようとして諦めきれず、あがき続けた。やっと彼を取り戻すことができた。謝って謝って謝り倒した。今、セルジュは私の元にいる。……セルジュが落ち着いたら、正式に婚姻する予定だ。そのときは家に招待するからぜひ遊びにきてくれ」
そう告げるデーウスは吹っ切れたように曇りのない笑みを浮かべていた。
アスターは何となく安堵して頷いた。
「はい」
「さて赤将軍だが、紹介できぬこともない。だが簡単でもない」
「は…?」
「赤将軍は青将軍の麾下にある。よって赤将軍を紹介するためには青将軍の許可を得る必要がある。むろん私が命じれば移動させてくれるだろうが、そこまで踏み込んだことを私はするつもりはない。赤将軍は青将軍が育てた部下なのだ。そして各軍は彼らの管理下にある。常に最善の状態に隊を保っている彼らの信頼を損ねたくない」
だから自ら青将軍たちに相談してくれ、とデーウスは言い、アスターへ紹介状を差し出した。
(まぁ当然か。俺もいきなりノース様からシプリを移動させるとか言われたりしたら納得いかねえだろうしな)
どの隊にもそれぞれの事情があり、部下の権限を侵さぬデーウスの行動は好感が持てる。
ほとんど面識がないアスターがいきなり訪ねていったのに相談に乗ってくれたこともありがたい。
門前払いを食らわなかっただけでも良かったと思い、アスターはデーウス麾下の青将軍たちを訪ねることにした。
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デーウスの執務室を出たアスターはすぐに探し人を見つけることができた。
黒将軍の公舎には麾下の青将軍がいることが珍しくない。
それはデーウスも同じであり、彼の公舎には複数の青将軍が来ていた。
早速、通路で見つけた二人の青将軍に声をかけ、簡単な挨拶を交わした。
「あぁ、シプリの隊の。弟が世話になっている」
青将軍の一人ギルフォードはそう言って頷いた。
「こちらこそ。彼にはいつも支えてもらっています」
「赤将軍か。前向きに考えておこう。少々厳しいものはあるが…」
「ありがとうございます」
ギルフォードは弟シプリアンよりも男らしく精悍な人物であった。金髪緑眼というのは弟と同じだが、弟よりも髪の癖が強く、色が濃い。
しかしごついという印象はなく、いかにも騎士らしい実直さが感じられる。
皮肉気で神経質なところのある弟とは違ったタイプであるようだ。
一方その隣に立つスターリングはデーウスの元ではトップの戦歴を誇る人物である。
白く艶のある肌に黒々とした髪が映える。冷たく整った容姿は鮮やかな青い瞳のために更に冷たく見える。
(うぉ、すげえ美男子……)
さほど容姿に興味がないアスターでさえ思わず見入ってしまいそうな容姿の良さだ。
(良き男だな…)
アスターは元上官カークが気に入りそうな男前だと場違いなことを考えた。しかしそう思ってしまうほど容姿に優れた相手であった。
「赤将軍か…前向きに善処しよう」
「よ、よろしく」
無表情で淡々と告げられ、アスターはぎくしゃくと頷いた。
「ところで貴君はどの隊に所属しておられたのだ?上官から赤将軍を譲っていただけなかったのか?」
「あー…俺はカーク様の麾下だったんスけど特には…」
「あのカーク将軍の!」
「あのカーク殿の…」
二人にマジマジと見つめられ、アスターは居心地の悪いものを感じた。
「あの、何か…?」
「あぁ失礼。そうか、あのカーク将軍の麾下におられたのなら納得だ」
「…は?」
アスターが怪訝そうな顔をしていることに気付いたのだろう。ギルフォードは肩をすくめる。そんな仕草は弟によく似ている。
スターリングは相変わらず無表情のまま口を開いた。
「彼は部下の質がいい」
スターリングは整いすぎた容姿のせいで人形が喋っているかのような印象をアスターに与えた。
ギルフォードが頷く。
「彼はかなり偏った趣味ではあるが目は確かだ。彼は絶対に才能のない者は麾下に入れない。才能、性格、容姿、すべてが彼の目に叶っていなければ何が何でも麾下に入れないという。そのせいでノース様とぶつかったことは多数だというが、とにかく徹底している。彼の部下選びのうるささは異常なほどだ」
「だがそのおかげで今の彼の麾下は驚くほど粒揃いだ」
「その通りだ。カーク青将軍の隊が選びに選び抜いた精鋭部隊であることはとても有名だ。彼は絶対に納得した者でないと麾下に入れない。そしてよほどのことがない限り、手放さない。彼の麾下にはとっくに青になってもおかしくない武勲を持つ者が複数いる」
「忠誠心も高い」
「引き抜きをかけても絶対応じてもらえないしな。君は知ってるか?黒将軍からの引き抜きでさえカーク青将軍麾下の赤将軍らが応じないのは有名な話だぞ」
アスターはそんな事情を全く知らなかったので驚いた。
「いや、知りませんでした。それに俺は例外だと思いますが」
「そんなことはないと思うが。あのカーク青将軍が例外を作るとは思えない」
「同感だ」
「そもそもカーク青将軍の部隊は常に戦場で最前線に立つ部隊だ。脆弱な隊ならばとうに全滅していただろう。彼の部隊に所属していた時点でそれなりの精鋭であることが判る」
「ノース黒将軍の信頼厚き隊だ」
「だがあのカーク殿の麾下にいたのであれば、確かに部下は貰えないだろうな」
ギルフォードとスターリングは納得したらしく、考えておこうと言ってくれた。
「よろしくお願いします」
アスターは再度頭を下げた。