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◆銀〜罪の持つ真実〜(3)


軍事大国ガルバドスは軍人の持つ権力が貴族を凌ぐと言われている。
地方を治める貴族は領主軍を持つが、その数は八将軍が持つ兵力を遙かに下回る。
国王は直属の八将軍に軍事力を集中させ、地方領主が持つ兵力は厳しく制限している。そうして貴族の反乱を未然に抑え、国内を治めているのだ。
一方、青将軍は最大三千騎を持つ。その数は大抵の領主軍を上回る数だ。ゆえに貴族は軍人に気を使う。地方を巡回するのも内乱等の平定も大抵は青将軍の仕事だからだ。
青将軍は八将軍の次に高い地位だ。そして直属の兵力を持つ身としてはトップの地位に当たる。八将軍はすべての青将軍に指名権を持つが直属の兵を持たない。青将軍を指名し、手足のように動かすことによって戦うためだ。
そして青将軍は八将軍の指名と命令がなければ軍を動かすことが出来ない。
己を指名してくれる八将軍がいなければ仕事がないのだ。
大半の青将軍が直属の黒将軍を持っているのはそのためである。


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「よぉ、親友」
「俺はお前と友になった覚えはない」

白い髪と赤い目をした色白な同僚は最初からしかめ面であった。

「まぁそう言わずに相談に乗ってくれよ。あ、これ、中央通りの『ラ・タタン』の新作ケーキだ」

繊細なチョコレート菓子はイーガムの心を動かすのに十分だったらしい。目が釘付けになっているのが判る。
イーガムはアスターの視線に気付くと、少し顔を赤らめ、軽く咳払いをした。

「………手土産に罪はねえからな。食ってやろう」
「おう。生物だからな。早めに食った方がいいと思うぜ」

素直じゃない同僚の向かいに座り、アスター自身は持ってこられたブラックコーヒーを飲んだ。アスターはさほど甘い物は好きじゃないのである。

「赤将軍が足りない?」
「まぁなー。そんなわけでよー、引き抜きって出来るのか?」
「将だけなら可能だと思うが…兵は足りているんだな?」
「足りているぜ」
「珍しい話だな…」

昇格時は両方足りないか、兵が足りないのが普通なのだ。

アスター軍の赤はホーシャム、マドック、レナルド、シプリ、ユーリ、カーラ。全員が昇進したばかりの新参者揃いだ。しかし人事異動で他隊から移ってきた兵やセルジュの残した兵を何割か引き継いだので兵数だけは2000と揃っている。これは新人青将軍としては異例の数だ。
一方、赤将軍のうち、レナルドはあてにならない。彼は隊を率いる気がさらさらなさそうなのだ。預けたところでまた別の者に押しつけるのが眼に見えている。
そしてホーシャムは老齢だ。当人はやる気満々だが、彼の年齢ではそう長く戦場の最前線には立てないだろう。将来は兵の育成へまわってもらい、補佐や後任も考えねばならない。
そうなると赤将軍で隊を率いることができるのはマドック、シプリ、ユーリ、カーラ、4名のみとなる。平常時ならともかく、戦場で一人でも欠けたらかなり厳しい状況となるのが目に見えている。
最低でもあと二人は経験ある赤将軍が欲しいのだとアスターは告げた。

「俺も新参なので力にはなれんな。やはり黒将軍経由で貰った方がいいと思うぜ。できれば経験豊かな方にな」

そうなるとレンディ、ノース、デーウスという面々になる。
やはりそれしかないかとアスターは唸った。

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レンディの元へ行くのは気まずい。会いたいのはやまやまだが、正体を知った今、以前のように接していいものかどうか判断がつかない。
デーウスは殆ど面識がない。
消去法でノースの元へ向かったアスターはノースの公舎でディルクという名の同僚に会った。
やや目にかかる程度の黒髪と紺色の瞳を持つディルクは真面目さと荒っぽさと持つ、アスターよりやや年上の男だ。青いコートの下に着た白いシャツは胸元をやや開けて着ていて、シルバーのネックレスや耳のピアスをセンス良く身につけている。
ノースの側近として知られる彼は、容姿がいいため、よくモテる人物だ。
他の側近がダンケッドやカークのため、ノースの側近の中では一番モテているかもしれない。
そんなディルクはアスターに対し、簡単に昇進祝いの言葉を継げた後、ノースの元へ行くのかと問うてきた。

「あー、一応そうッス。ノース様にいろいろ相談したいことがあって…」
「菓子をお召し上がりになられているかどうか見てきてくれないか?」

さりげなく手に小金を握らされる。チップなのだろう。

「はぁ?まぁそんなことでいいのなら…」

理由がわからないが、不快な用件でもない。
あっさりと応じるとディルクは嬉しげに礼を告げて、中庭へと去っていった。
ノースの公舎は中庭を中心として、正方形に建物が取り囲んでいる形をしている。
ノースの執務室も中庭に面した場所にあり、遠目にノースの姿が見えるのだ。
ディルクは中庭を好んでいるらしく、よく休憩時間には中庭で姿が見られる。ノースの姿が見えやすい場所にいるのは彼の忠誠心の表れなのだろう。

そのままノースの部屋へ行くと、その部屋で元上官カークに会った。
直属の黒将軍がいる場合、麾下の青将軍がいてもおかしくはない。むしろカークは自分の公舎よりもノースの公舎にいる方が多いという。自由気ままに振る舞っているカークだが、なんだかんだ言いながらもノースの良き忠臣だ。
一方のノースは茶色の髪を持つ痩せた小柄な青年だ。容姿的には気弱そうにも見え、大国一の知将だとは到底思えない。人は見かけによらぬものだとアスターは会うたびに思う。

「赤将軍が欲しい?」

ノースはアスターの相談に思案顔になった。
どうやら図々しいと思われずに済んだらしいと緊張していたアスターは安堵した。
話を聞いていたのだろう。ソファーに座ってお茶を飲んでいたカークが口を開いた。

「よき方法がありますよ。一番手っ取り早くて確実な方法は自分の目に適った敵将を捕虜とし、敵意が無くなるよう屈服させ、支配下に置くことです。その際、とことん自分好みに調教することがコツであり、その調教法とは…」
「カーク。そんなによき部下がいるのであれば、すでに調教済みを彼に譲ってあげたまえ」
「何てことをおっしゃられるのですか、ノース様。まだまだ私は満足していませんから譲るなんてとんでもないっ!私のハーレムはまだまだ人手不足です!」
「今、必要となっているのはアスターの部下であり、ハーレムの人員ではないんだがね。……そういうことだアスター。申し訳ないが赤将軍は足りていないらしい。デーウスに依頼状を書いておくから彼に相談したまえ」
「は、はい…」

赤将軍を貰うことは出来なかったが、助言を得ることはできた。
一つはかなり微妙な助言、もう一つは確かな助言だ。

「ノース様ってすげえ」

敵将を部下にしているカークも凄いが、そのカークをあっさりあしらうノースも凄い。
さすが評判の高い二人だと感心するアスターであった。

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ノースの部屋を出て、廊下を歩いていると途中でディルクに会った。そろそろ出てくると思われていたのだろう。やや不安げな彼にアスターは頼まれていたことを答えた。

「木の実のクッキーと紅茶をお召し上がりだった。紅茶はカーク様がご用意されたものだった。あれはリグレーの紅茶だろうな。缶が見えた」

そう告げるとディルクは安堵したように頷いた。

「ありがとう」
「あぁ、じゃあな」

大方、クッキーを差し入れしたのがディルクだったというところだろう。そう予想を付けつつ、アスターは己の公舎へ戻った。