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◆ガラスの鏡(3)


情けないばかりだった初陣を終えたレオニードは落ち込んでいた。
そしてそれは友人ハインツも同じだった。新人騎士達は全員が足手まといのようなもので、フォローされまくって生き延びたのだ。
今まで馬鹿にしまくっていただけに何と言われるか。そう覚悟していたレオニードだったがベテラン兵やシプリたちは何一つとしてレオニードたちには言わなかった。ただお疲れと挨拶されただけだ。
彼らは知っていたのだ。エドワールとトマの強さを。
そして新兵の精神的な弱さも知っていたのだろう。それで何も言わなかったのだ。

「…辺境やど田舎の砦に左遷されなきゃいいが…」
「減棒か何か食らうかもしれねえな」

落ち込みながら同僚たちとキャンプ地の焚き火を囲んで話し合っていると、エドたちが通りかかった。
一言、礼を言わねばならない。レオニードは呼び止めた。

「申し訳ない。おかげで助かった。今までの暴言を謝罪する。本当にすまなかった」
「ええ?……いやいいよ。僕もああだったみたいだし、新人のころは」

アスターたちに助けられてきたんだよとエドワールは照れたように笑った。
今まで馬鹿にされていたのに怒ることなく許してくれるエドワールに器の大きさを感じ、レオニードは再度深く頭を下げた。
気持ちは隣のハインツも同じだったらしい。

「すまねえ。本当に馬鹿だった。許してくれ」

プライドと気の強いハインツも深く頭を下げた。

「あの…アスター隊長もお怒りだっただろうか?」

自分たちは足手まといだった。そう思いながら問うと、エドワールは首を横に振った。

「そんなことないよ。突撃される原因となった他の隊の新人には呆れてたけど、その隊がほぼ全滅だったと聞いて同情してたし。それより今はカーク部隊に異動になるかもってことで悩んでたよ」
「カーク部隊へ?」
「知将ノース様の部隊になるってことだよ。まだ決定じゃないからわかんないみたいだけどね。アスターは新人を怒ったりしないよ。今までたくさんの新人を見てきて経験してるから新人が動けなくなるって知ってるんだ」

隊長の悩みはすでに別のところにあるらしい。
今まで兵卒だと馬鹿にしていたが、彼は優秀な指揮官であることもわかった。生存率が高かったのは彼の指揮の良さのおかげだ。

(隊長はさすがだったな…)

何故、彼が指揮官なのか、その理由がよく判った。
同じ騎士という地位同士でも彼は指揮官として相応しい実力と人柄を持ち合わせていたのだ。自分たちがそれに気付けなかっただけだ。
状況判断、人を見る目、人からの信頼、それらすべてを彼は持ち合わせていた。でなければ死者はもっと増えていただろう。彼の人柄が悪く、信頼されていなければ、ピンチの時にホーシャムとマドックの隊も助けてくれなかっただろう。
自分たちは本当に世間知らずだったのだなとレオニードは思った。士官学校出のエリートということで自分を優秀だと思いこんでいた。今までの自分が愚かで馬鹿だったと思い知る。本当に恥ずかしい話だ。

(そんなに目立たない人なのにな)

アスターは背が高いので存在感はあるが、あまり喋らない隊長だ。無口というわけではないが、補佐のシプリが綺麗な容姿で毒が強い口調なのでそちらに意識を取られてしまう。
しかし、彼は肝心なことは喋っていたなと思う。

『戦場は経験してみないと判らない』
『殺すことを躊躇うな』

彼はそう告げていた。なるほど、いやになるぐらいその通りだった。

「大丈夫だよ、慣れるから。僕も何とか今までやってきたから君たちはすぐ強くなるよ」

エドワールはそう言って笑った。
過去の言動を気にせず、そう笑顔で告げてくれるエドワールの優しさが身にしみた。