文字サイズ

◆ガラスの鏡(4)


約一年後。
対ベランジェール戦後、騎士隊長に昇進したエドワールは己の隊を持つことになった。
謙虚で自信がない性格は相変わらずのエドワールだ。当然、恐れ戦いたが、新たな彼の隊にはエドワールのことをよく知るアスターが最大限に配慮した人事をしていた。

「何も知らないくせにエドワールさんのことを悪く言うんじゃねえ!!この人ほど戦場で役に立つ人はいねえんだぞ!!」

そう今年の新人に怒鳴るのはハインツだ。
レオニードとハインツはエドワールの隊に組み込まれていた。
二人は恩のあるエドワールの力になろうと頑張っていた。

「ええと、あの、ボクは…」
「大丈夫ですよ、エドワールさん。俺らがちゃんとシメておきますから!!」
「え、ええと…」
「エドワールさん、補給関係の書類の締め切りが明日ですよ、隊長室へ行きましょう」
「う、うん」

そんなエドワールたちの様子を遠目に見つつ、あきれ顔なのはシプリだ。

「ずいぶん極端から極端に走ったものだね、全く。トマが幾人にも増えたみたいだよ」

一緒に眺めているアスターは苦笑顔である。

「まーな。でもいいんじゃねえか?エドはもっと自信を持った方がいいと思うしな。
何の実力もないヤツが何年も生き残れるほど戦場は甘くねえんだ。今まで生き残って来れたのはエド自身の努力の証でもあると思うぜ」

アスターたちはレンディ、ノースと名だたる黒将軍の元で戦場に出向いてきた。
いずれも過酷な戦場であり、楽な戦いは殆どなかった。
アスターたちのフォローもあったとはいえ、エドワールが生き延びて来れたのは彼自身が生き残るために努力してきた成果なのだ。もっと自信を持つべきだとアスターは思う。

「そうだね。少なくとも無駄に自信ばかり持っている新人なんかよりずっと背を任せられるよ」

相変わらず毒舌なシプリだが、彼なりにエドワールたちを評価している証だと知るアスターは苦笑するだけに留めた。
戦場で背を任せられる相手というのは少ない。背を預けるという信頼を命と引換にせねばならないから絶対に妥協できないことなのだ。それだけに重みがある。その信頼を託せる相手だとシプリは言っているのだ。それはシプリにとっては破格の評価だと言ってもいいだろう。

「トマも騎士隊長になったというのに隊を持たせなくてよかったのかい?」
「俺もそう思ったんだが、トマ自身に猛烈な反対を受けてなー。当人がやりたがらないのを無理にさせるのもなぁ?エドもやりたがらなかったが、最低でもどちらかだけは隊長職をしてもらうってことで話がついたんだ」

当然と言えば当然ながらトマが『私よりもぼっちゃまがふさわしいと思います』と主張したため、エドワールが隊長となることで話がついたらしい。
エドワールの方も己の従者であるトマよりは己がと思ったのか、しぶしぶ隊長についたということだった。

「まぁやりたくもない職をやらねばならねえってのも複雑だよな」

やる気がないのに青将軍まで出世してしまったアスターが言うと妙に説得力がある。
しかし彼のやる気以上に彼が将軍位にふさわしい実力を持っているのは確かだ。
赤、青と順当に出世しながら、膨れ続ける己の軍をいつもきっちりとまとめている。彼がよき指揮官であることはどんな戦場でも死亡率が低いことで明らかだ。

「とっとと引退して坊と実家に帰りたいんだけどなー」

そうぼやくアスターにシプリはあきれ顔になった。

「君、まだ坊やを諦めてないの?しつこい男は嫌われるよ」
「待て待て。そんな変な関係じゃねえって、俺と坊は」
「へえ。じゃあどんな関係なのさ?」
「うーん…上司と部下…じゃなくて…せめて友人だったらいいんだがなぁ…」
「はあ?なにそれ?」

そこへ部下が駆け寄ってきた。どうやら将軍位に招集がかけられたらしい。

「おっと、出陣か」
「次の大仕事の始まりだね。少しずつ準備を始めておくよ」
「おう、よろしくな。俺は緊急会議に行ってくる」

信頼する友人へひらりと手を振るとアスターは歩き出した。

<END>