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◆人形なる獣(9)


レンディは闇の印を持つ。闇の印は霊を見て、霊と話すことができる。
レンディは小さな鈴を取り出した。
古ぼけた小さな鈴はレンディが持つ唯一の鈴だ。鈴は彷徨う霊を呼び寄せる。
鈴の音で呼ばれてやってきたのはディルクの霊であった。

ディルクは現状に不満がなかったのだ。
彼はゼロの役に立つことしか考えていなかった。取り憑かれようが、好き勝手に体を使われようが、不満はなかったのだ。
戦場で捨て駒同然にされても、『生き残るためには仕方がない』と割り切って考えるのがディルクだ。ディルクには何らおかしいと思うことではなかったのだ。

『だがそれをノースは悲しんでいたよ。お前のために』

そう告げるとディルクはひどく驚いていた。
ディルクはゼロ以外に必要とされ、大切に思われたことがなかったのだろう。

『…………ありがとう』

戸惑ったように、しかし噛みしめるように呟いたディルクの表情は泣き出す一歩寸前のように見えた。

ディルクは周囲が思うほど不幸ではなかった。
ゼロのために生きて死ぬことは彼が選んだ道だった。

鈴を鳴らし、ディルクの魂が逝くのをレンディは見送った。
ゼロの魂はカークによって強制的に天へ還ったが、ディルクはそうではない。風の印による技で死んだだけで、魂が消されたわけではないからだ。

ディルクの生きた道は彼が選んだ道だ。
ディルクに後悔はないのだ。
それでも。

(彼が最初に出会った上官がノースだったら、別の生き方があっただろうに…)

レンディはディルクを不幸だとは思わない。
だがノースはディルクを不幸だと思うだろう。
これはノースとレンディの考え方の違いだ。

レンディはディルクの死をおかしいと思わない。
ノースはずっと後悔し続けるだろう。
これもまた考え方の違いだ。

(カークを呼んでよかった)

レンディはそう思う。
風使いは他にもいた。総本部に居合わせた者もいた。けれどわざわざカークを呼んだのは判断力の良さからだ。
とっさの状況で最良の判断を下せる者は少ない。その点、カークは絶対にノースの身の安全を最優先するだろうと思った。だからカークを呼んだのだ。ダンケッドとカークの二人なら絶対にノースの身を最優先するからだ。
レンディではなく、ディルクではなく、ノースの身の安全を最優先する者があの状況では必要だった。
その点、カークとダンケッドは青竜ディンガより頼りになる。ディンガはレンディの身の安全最優先だ。たとえレンディの命令であってもレンディの身を優先するのだ。

(ディルクには悪いが、ノースの側にノースの身を脅かしそうな者は不要だ)

ノース自身に忠誠を誓っている者ならともかく、ゼロの人形をノースの側に置く気はない。例えノースが欲してもだ。

(バイバイ。ディルク、ゼロ)

ノースはせいぜい、後悔して悲しめばいい。その涙がディルクとゼロへの手向けになる。
その想いにレンディへの怒りや恨みがあっても構わない。それでノースの命の安全となるなら安いものだからだ。

(今更、一つ、恨みや怒りが増えたところで大差ないからね)

レンディは鈴をポケットへ入れた。ポケットには小さな木製の駒も入っている。
キア族の鈴、ある大切な人から貰った駒。
この二つがレンディの大切な宝だ。