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◆人形なる獣(7)



ゼロはいつも穏やかな微笑を浮かべ、ディルクへ優しく話しかけてきた。
必ず二人だけの場所で囁きかけてきた。

『判るかい?彼が非常に邪魔なんだよ』
『彼がいなければもう少しやりやすいんだがね……』
『あれはどうかと思うよ。何故あんなところにあれがあるんだろうねえ……』

彼は何かをしろとは言わなかった。
ただ、繰り返し、困ったとディルクにだけ告げるのだ。
上官であるディルクの言葉は麻薬のようにディルクへ染みこんでいく。
繰り返される言葉をディルクなりに考えるようになった。
そしてある日唐突にそう思った。
これは彼の『お願い事』ではないのか?

(邪魔なのなら殺してみよう)

そう思ったのがいつの時のことなのか、ディルクはもう覚えていない。
しかしディルクの犯した殺害をゼロは喜んだ。よくやったねと頭を撫でてくれた。
ディルクにとってゼロは絶対な存在だ。
ゼロが喜んだのであればそれは正しいのだ。
その日からディルクはゼロの言葉を受け止め、先読みして行動するようになった。

邪魔だと言うのであれば殺せばいい。
ちゃんとゼロの迷惑にならないように、綺麗に殺さなければならない。
人であろうと部隊であろうと砦であろうと、ゼロの邪魔になるならば、それらをすべて排除すればいいのだ。
そうすればゼロが喜ぶ。喜んでもらえて、ご褒美をもらえる。
自分がなんと言われようと、ゼロが喜んでいるのなら正しいのだ。彼がよくやったねと言ってくれるのだから間違っているはずがないのだ。


++++++


そのゼロはある日突然死んだ。黒将軍であろうと無敵ではない。強き敵に会えば死ぬのだ。
その場に自分がいたら助けられたかもしれないが、あいにくディルクは居合わせなかった。
絶対なる人が亡くなった衝撃はディルクにとって大きなものであった。

『気の毒だが人はいつか死ぬものだからね』

ゼロは死んだ相手に対し、冷ややかな笑みを浮かべてそう言っていた。
ディルクはゼロもそうなったのか、と思った。

空虚な心に何かが入り込んだ。その事実にディルクは気付かなかった。

そしてディルクの心はあまりに幼かった。幼い頃から抑圧された感情は子供のように極端な思考回路へ繋がっていた。
将軍位に就く者として戦闘能力に恵まれ、状況判断にも優れたディルクであったが、両極端なほど、彼は情緒面が全く発達していなかった。