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◆人形なる獣(6)


ディルクが暴走したという報告を受けたのは作戦開始から二日目のことだった。
幸い、ダンケッドの部隊を側に付けていたために早めに食い止めることができた。
ディルクは敵対していた部隊を皆殺しにしたあげく、次の部隊にも手を出そうとしていたという。

ノースはダンケッドに頼んでディルクを天幕へ連れてきてもらった。
ディルクは色素の薄い短めの髪を血に染め、水色の眼差しでノースを見つめてきた。
その眼差しはとても静かで暴走した人物とは到底思えぬほどだった。

(本当にただ血を見たいだけなのだろうか……)

薄ら笑いを浮かべている。何を考えているのか判らない。
それでも何も考えていないはずがないだろう。そう思う。思いたい。
前黒将軍のゼロがもっとも信頼していたという側近だ。ただの戦闘狂を側近にするはずがない。

(皆殺しにする必要はなかった。それは確かだが打撃を与える必要はあった)

結果的に敵部隊が倒されたために目的の領の制圧は早く済みそうである。
あくまで結果論だが。
領土にする地をあまり血に染めたくはないのだ。

「ディルク」

名を呼ぶとディルクは笑んだまま見つめてきた。

「私はあまり血を見るのが好きではない。だが君を否定する気はない。君なりの事情があったのだろう。だからよければ君のやり方を変えて欲しい」

ディルクは幾度か瞬きした。

「血ィ……嫌い?」

少し訛りの強い声で問うてきた相手にノースは頷いた。

「ああ」

根気強く説得するつもりで見つめ返す。
笑みを浮かべた相手は思案するかのように視線を彷徨わせた。

「お役に…立てなかった?」

その台詞でノースはピンと来た。
前回の戦いでは砦近くの拠点制圧のみだった。あっさり終わる箇所だったので彼は血を流す必要がなかった。
今回の彼は左翼の一つを指揮していた。突出して敵部隊を倒したのはその方が役に立てると思ったからなのだろう。ノースが命じていない以上、明らかな命令違反だが、彼は悪いと思ってやったわけではなく、その方がいいだろうと思って行動したにすぎないのだろう。
つまり悪気があって勝手な行動をとったわけではないのだ。

(勝手に考えて、勝手に行動するのか……)

それも常人とは違った思考回路の持ち主らしい。命令違反かどうかなどまず根底にないのだろう。でなければここまで暴走するはずがない。過去の暴走はすべて彼なりの善意だったのかもしれない。

(カークに似た……いや、それよりずっと質が悪いか)

カークは命令の範囲内で勝手な行動をとる場合があるが、ノースの命令には忠実に従う。
しかしディルクはその思考がない。勝手な考えや判断で命令に反して行動するのだ。

(どういう育て方をされたか判らないが、彼の最初の上司がそういう風に育ててしまったのだろうな…)

でなければ多くの命令違反をする人物が青将軍になれるわけがない。かなり特殊な育て方をされたのだろう。

(さてどうするか……もしかして『命令』じゃなかったらいいのか?)

命令なら過去幾度もされてきているだろう。しかしこの様子では通じていないようだ。
ならば、とノースは考えを切り替えた。
特殊な相手にはそれ相応の対応をせねばならない。今の側近しかり、目の前の相手しかり。
まずは言い方を変えてみようとノースは思った。高い能力を持つ部下だ。このまま捨て置くのは惜しい。

「ディルク、『お願い』があるんだが……」

ノースの台詞にディルクは顕著な反応を見せた。
スッと雰囲気が変わり、殺気に場が張りつめる。
次の瞬間、ディルクの首には槍の切っ先が突きつけられていた。ダンケッドの武具だ。

「ダンケッド!」

驚いたノースが制止の声を上げる。
しかしダンケッドは槍を退かなかった。無言で槍を突きつけたままだ。
普段はノースの命令に忠実に従う年上の部下だが、ノースへの殺気を見逃せないのだろう。ダンケッドの目はディルクを見据えたまま動かない。
やがてディルクの様子が眼に見えておかしくなった。表情が苦しげになり、青ざめていく。
驚くノースの目の前で、ディルクは床に崩れ落ちた。


++++++


槍を下ろしたダンケッドは床に倒れたディルクを見つめ、眉を寄せた。

「ダンケッド」

褐色の髪を持つ長身の部下はノースを振り返り、口を開いた。

「触れてはいない。瞬間的に気配が変わった。他人のような気配になった」
「何?」

それ以上、ダンケッドは答えなかった。
元々、無口な部下だ。ノースはそれ以上聞き出すことを諦めた。

(全くわけが判らないことだらけだね…)

やはりはぐれを使おうと思ったことが間違いだったのだろうか。しかし前回の戦いでは何の問題もなかったのだ。

(あぁはぐれといえば、ゼロの元部下のはぐれはもう一人いた…)

アグレスという名の男だ。

(アグレスの方はレンディが引き取ったと言っていた気がする。一度レンディに会ってみるか…)