綱~勝利をたぐり寄せる手~


 翌日、国王に呼び出されたアスターは庭の散策に付き合わされた。
 その際、小さな小箱を預かった。

「アスター、これをベルンストへ渡せ。あれに授ける」
「判りました。中身を聞いてもいいですか?」
「代々受け継がれてきた装飾品でな。古いが大きな意味を持つ物だ。その意味も含めてあれに授ける」
「そうですか、よくわかりませんが渡しておけばいいんですね」

 王家だから何だか意味のある品もあるんだろうと考えてピアスの入った箱を受け取ったアスターは、命じられるがままにベルンスト王子の下へ向かった。
 最近はほとんど顔パスで陛下にも王子にも会えているアスターである。今日もあっさりと通してもらえた執務室にはいつものようにベルンストと側近たちがいた。

「お疲れ様です殿下」
「ああ、お疲れ。……なんだその花は」
「ああ陛下と一緒に庭を散策しました。その際、良い感じの花を見繕ってくださいました。陛下がお気に入りの花らしいです。俺の寝台に飾っておけと言われましたが俺、寝室にこういう香りが強いのを置くのは苦手なんですよねー。どうしようかなー」
「相変わらず父上はそなたを気に入っておられるな……」

 愛人でもない相手に花を贈るのだ。しかも自分が気に入っている花を。アスターが相当に気に入られている証拠だ。そのため彼の存在は今王宮内でとても話題になっている。
 そんな話題の主はコートのポケットから『陛下からの預かり物です』と言って無造作に小箱をベルンストへ差し出してきた。
 父からこういう品をもらったことがないと思いつつ、箱を開けたベルンストは驚いた。慌てて箱を確認すると丁寧に彫られた文様はこの国の王のみが身につけられる紋章であった。国の紋章ではない、それとは別の、王だけしか身につけることが許されていない紋章だ。

「アスター、これは王だけが身につけられるピアスだ。陛下はこれを渡された時、何かおっしゃっていなかったか?」
「代々受け継がれてきた物で古いが大きな意味を持つものだと。そしてその意味も含めて授けるとおっしゃってました」
「そうか……」

 ベルンストはグッと箱を握りしめた。

「なるほど、次の王が確定ということですね。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」

 アスターの祝いの言葉を皮切りに側近たちも興奮した様子で次々におめでとうございますとベルンストに祝いの言葉を告げた。長くベルンストの元で働いてきた者たちだ。アスター以上に喜んでいるようだ。

「ではこの花も祝い代わりに差し上げます。どうぞもらってください」
「それは父上がそなたに下さったものだろう」
「勘弁してくださいよー、貰っても困りますってー。当人にも散々そう言いましたから、俺から殿下に横流ししても何も文句はおっしゃいませんよ。万が一陛下にバレたら俺が無理矢理置いていったと言ってください。どーせ陛下は笑われるだけです」
「そなたは本当に大胆であけすけだな。少しは繕おうとは思わないのか?」
「あの方に対しては思いませんね。だってこういう俺を気に入ってくださっているわけでしょう?だったら変えない方がいいではありませんか。俺もこの方が楽でいいです。そうそう、やっと陛下から他の王子王女を殺さないという発言を得ましたよ。ああ苦労した!」
「そなたまだ諦めていなかったのか」
「当然でしょう。助かる命を諦めるなんてあり得ませんよ。ところで墓参りに行きませんか?カミィ殿にそのピアスをつけた姿をお見せしましょう」
「ああ、そうだな。確かに。あいつに見せてやりたい」
「そうでしょう?きっとあの方もお喜びになりますよ。あの方は貴方のその姿を見たかったと思うんです。みせて差し上げましょう」
「ああ、そうしよう。ありがとうアスター」

 そう言って唐突に抱き込まれ、アスターは驚いた。
 アスターは長身なのでベルンストがアスターの肩口に顔を埋めるような体勢になった。
 アスターは静かにその体を抱き返した。

「そなたのおかげだ。カミィを失った痛手から立ち直ることができたのも、軍を味方につけることができたのも、刺客から身を守ることができたのも……そしてダンケッドと婚約できて王になれることも。すべてそなたのおかげだ」
「はい。お力になれてよかったです」
「これからもよろしく頼む」
「はい、こちらこそ」

 体を離した後、ところでダンケッド殿とは上手く行ってますか?と問うと、ベルンストは苦笑した。

「政略婚だ、アスター。向こうもそれを察している」
「ええ、そうなんですか?」
「ちゃんと大切にはするぞ?だがまだ恋愛感情は持てないな。時間が経っていない」
「なるほど確かに経緯を考えれば急に愛せはしませんよね。時間が必要なのは判ります。ところですみません、ちょっと見えてしまったんですがその書類、エッティンガー領のものですか?」
「ああ、グロスデンからの移民が増えているらしくてな。少々問題が起きているらしい」
「グロスデン国はホールドス国との繋がりが懸念されています」
「何だと!?あの紅竜がいる国とか!?」
「グロスデンからの移民は少し制限した方がいいかもしれません。それには事情がありまして……」

 アスターが麻薬の件とその麻薬栽培を裏で操っているのがグロスデンである可能性を指摘するとベルンストとその側近たちは表情が険しくなった。

「現在、ゼスタ、ノースの両軍が調査のために動いております。結果がわかり次第、殿下に報告するよう依頼しておきましょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました。では仕事が残っているので公舎に帰ります。墓参りはまた後日、スケジュールを相談しましょう」
「ああ、ではな」

 アスターは一礼して部屋を出た。