綱~勝利をたぐり寄せる手~
一方ダンケッドは王都にある自分の実家へ帰っていた。
ダンケッドが両親と兄弟にベルンストとの婚約を告げると大変ビックリされた。無理もない。ずっとバルドイーンと結婚すると言っておきながら突然鞍替えしたのだから一体何があったのかと思われて当然だ。
「ううむ。私はずっとバルドイーン殿下と婚姻するものだと思っていて長年そう考えて動いていた。急に変更されるのは面倒だ。戻す気はないのか?」
当主である父にそう問われ、ダンケッドは『もう決めた』と素っ気なく告げた。
「バルドイーン殿下は了承してくださったのか?」
「いいや、未練たっぷりのようだ」
「ならば戻せ。その方が丸く収まる」
ダンケッドは溜息を吐いた。
「父上、私は自分がプライド高い人間だとは思ってません。戦地では一般兵と同じ物を飲み食いしますし、質の良いテーブルや椅子などがあるわけではありませんから状況によっては立ち食いだってしますし、地べたにだって座ります。戦場というのはそういうものです。血なまぐさく、ただ生き残ることだけが大前提ですから。……ですがこの家の人間です。何処の馬の骨とも判らぬ女を優先されて軽んじられるのは腹が立つ」
そう告げると父は眉を寄せた。彼は大貴族の当主だけあり、対面とか立場や身分をダンケッド以上に重視する傾向がある。
「確かにバルドイーンとは長い付き合いです。それだけの情もある。ですがあれは女に弱く、小さくてか弱い女性を無碍に出来ないだろうと言う。私への想いもあるが将来世継ぎを生んでくれるであろう女を無碍にできないのだそうです。世継ぎが必要なのは判ります。ですが私が軽んじられていいのでしょうか。私はこの家の人間です。父上や母上から受け継いだ血を誇りに思っております。ベルンストは私だけを愛すると言い切ってくれました。玉座を得るためにバルドイーンと敵対する覚悟もあると。これが答えではないでしょうか?ベルンストは当家の力を重んじてくれたのです。そのために愛する兄弟を切り捨ててくれました」
「なるほど判った。確かにそれはベルンスト様を選んで当然だな」
父はダンケッドの予想通りの反応を見せてくれた。大貴族の当主である彼はダンケッドが軽んじられるということは実家が軽んじられるのと同等であると考えてくれたのだろう。それが狙いだったのでダンケッドは内心ホッとした。
「軍の方もノース、アスター、ギルフォード、スターリングが味方に付いてくれました。レンディは中立ですが私も含めて五将軍が味方です。残る二将軍も情勢がこうなったら味方側につけるのは容易です。情勢は完全にベルンスト様に有利です」
そう説明すると父は満足そうに頷いてくれた。バルドイーンであろうとベルンストであろうと息子の結婚相手が国王になれればそれでいいのだろう。家の体面が保たれるし、自分は次期国王の義理父になれるのだから。
母は複雑そうな顔をしている。亡き友の息子と自分の息子が婚姻することを望んでいたからだ。
「母上、申し訳ありません。ですがバルドイーンには何度も身分の低い女を優先されてしまいました」
「そうなのね……とても残念だけれど仕方がないわね。身分の高い正妻を優先させないのは駄目だと思うわ……」
良家の子女として生まれ、貴族らしい教育を受けて育った母は父と同じく血統や立場を重んじる。そのためダンケッドの説明に納得してくれた。
兄は無言だ。だが特に反対意見も口にしてこないことから納得したのだろう。
「兄上、これで決定だ。この決定が覆されることはない」
「そうなのか……まぁそなたがいいなら私は構わないが」
複雑そうにしつつも兄は納得してくれた。彼にしてみればダンケッドが身分相応の相手に嫁ぐかどうかが問題であって、バルドイーンだろうがベルンストだろうが次の王位継承者に嫁ぐのであれば大きな問題は起きないのだ。
そう思っていたのだが、後で話があると言われ、ダンケッドは意外に思った。何か思うことでもあるのだろうか。
そうして父と少し今後のことについて話し合い、部屋を出て兄の部屋へと向かった。
「アスター将軍を知っているか?」
「知っているも何も現在同じ黒将軍で、ノース軍時代に同僚だった人物だ。ノースを除けば一番親しい黒将軍とも言える」
「では彼が国王陛下に大変気に入られていることは知っているか?大変な気に入りようで保養地にまで連れて行かれたと聞く。今や王宮では愛人たち以上の影響力を誇るともっぱらの噂だ」
「ああそういえばそうだったな。アスターは忙しいから行きたくないと抗議したがついてこいの一点張りだったと愚痴っていた」
「それだ!」
「何が?」
「そこだ。アスター将軍は何でもハッキリと口にすると聞く。陛下にも真っ正面から意見すると聞いている。だが国王陛下は鷹揚に笑って受け止めておられるそうだ。今までそういう態度を許された人間はいない。それどころか不敬罪で処罰された人間もいる。だがアスター将軍は許されている上、時には要望も受け入れられている。十歳以下の王子王女が生存を許された一件もアスター将軍からの要望だったというではないか。オマケに彼はベルンスト様とも仲が良いと聞く。これは無視できない存在だ」
ああなるほどそこに話が繋がるのかとダンケッドは気づいた。つまり兄は現国王と次期国王に大きな影響力を持つアスターのことを知りたがっているのだ。
「アスターに関しては全く心配はいらない。真面目で人好きのする性格だ。悪巧みなどは出来ないタイプで国王陛下を操ろうとすることもないだろう。そして俺と仲が良い。陛下への依頼があれば協力できると思う。遠慮無く相談してくれ」
「そうなのか、安心した」
「兄上、この家を押しつけてしまってすまない」
初めてこのことで謝罪をした。
すると兄は目を丸くし、フッと笑った。
「何を今更。子供の頃からこうなると判っていたし、私は不満があって家を継ぐわけではない。納得した上で家を継ぐんだ。それにそなたが男に嫁いでくれてよかった。これで私も堂々と嫁をもらえる」
「なんだ、男性をもらうのか?」
「そうなんだ。父が正妻は女性にしておけと五月蠅くて困っていたんだがそなたが男に嫁ぐのであればそれを口実に強く押し切れる。後継者は女性同士で婚姻した、身分にあった相手と作ればいいだけだからな。すでに相手も見つけているんだ。アディーミ男爵家の後継者だ。あそこは女性同士で婚姻していて今回の話にも乗り気なんだ」
「なるほどな。ところで相手は?」
「ノイアー侯爵家の三男だ。正妻の子だし血筋的にも家の格としても問題はない。父も強く反対はなさらないだろう」
「なるほどそれは良かった」
穏便に済むのであればそれが一番だ。
「ところでアスターのことはそれほど話題になっているのか?」
「ああ、王位継承問題を除けば一番の話題となっている。黒将軍になった時は全くの無名だった人物だったので誰だそれはという感じだったが、それがいきなり国王のお気に入りだからな。大出世だ」
「黒将軍は国王に次ぐ地位だ。元々から大出世だと思うが」
「だが国王へこれほどの影響力があれば無視できない。これまでそういう存在がいなかったからな。強いて言えばレンディだがレンディは国政にはほぼ口出ししてこなかったからな。そして陛下は特定の女性に大きな権力を与えるということもしてこられなかった。そのため今、アスター将軍が話題になっているというわけだ。彼は国政に関与しそうな人物か?」
「今は何ともいえないな……。権力には興味がなさそうだが非人道的な政策を取った場合は絶対に抗議するだろうし……周囲の影響も受けやすい。カークからの命令を未だに忠実に守っている」
「カーク殿の?」
「元々、ノース軍にいた頃はカークの部下でな。カークが命じたいい男捜しを忠実に守り、黒将軍になった今もいい男の情報を集め続けている」
「なんだそれは。大丈夫なのか彼は」
「俺個人としては頭の良い頼れる人物だという認識だ。同僚としては何も不満はない。それにあれは恐らく情報を集めているのだろう。いい男捜しの方がただの口実だと思う。幾度かカークに渡されていた書類を読んだが各地の情報が多く載っていた。それらの情報はカークからノースに渡り、ノースが策を立てるのに役立っている」
「ほぉ、そうなのか」
「アスターはカークの麾下にいた頃からそれを続けている。ノースの麾下からホルグの麾下に移った後も続けていた。……つまり各地の情報を年単位で集め続けているというわけだ。そのため国内各地の事情に詳しい。先日クナップ領主とケーニヒ領主の間で内乱が起きたがそれもアスターは事前に情報を入手していた。アニータ軍が即座に出陣できたのはその情報をアスターが会議で他の黒将軍に伝えていたからだ。恐らく情報網では黒将軍随一だろう。アスターほど各地の情報を持つ黒将軍はいない。ノース以上だと思う」
「それは油断がならないな……」
「確かにアスターは他の黒将軍に比べると目立った功績がなくて地味に見える。だが実際に戦えば俺も苦戦するだろうな。印は通常印だがあれは長身で手足が長い上、長棒使いだから恐ろしくリーチがあるんだ。普通の剣使いでは間合いに入ることすら難しい。その上とても敏捷でバネのような体を持っているからあっという間にねじ伏せられてしまう。あいつを倒すには遠くから印で攻撃するしかないが、アスターの方もそれを判っていて、側近に防御専門の奴がいるらしい。そいつらが防御と攪乱を担っていて、印で攻撃をしようとすると邪魔されるらしい。あいつは徴兵からトップまでのし上がったヤツだがそれだけの頭脳と強さがあるから黒なんだ」
「ううん、見事だと思うが敵に回すと大変な強敵だな……どうしたものか」
「いや、味方だ兄上、あいつは味方側だ、心配はいらない」
「先々のことを考えると心配になってな。すまん」
「あまり先のことを考えてもきりがないぞ」
「ああ、すまないな。どうしてもそういうクセがついてしまっているんだ」
大貴族、それも後継者という立場故だろう。そんな苦労性の兄にダンケッドは苦笑した。
国内でもトップクラスの大貴族の後継者となるといろいろと頭悩まされることも多く、楽ではないだろう。その上、すぐ下の兄弟がとても優れた血の持ち主となると後継者と目されながらもやりづらいこともあったに違いない。しかしこの兄はそのことについて愚痴ってきたことは一度もない。いつもコツコツと努力をし、派手ではないもののしっかりとした結果を出してきた。けれど自分はそれ以上の結果を出してきた。何しろ今や黒将軍だ。きっと兄は『やはりダンケッド殿の方が後継者に相応しい』といった陰口を叩かれてきたと思うのだ。自分は絶対に兄の足かせになってしまっていた。けれど兄はいつもそういった悩みや愚痴をダンケッドには零さなかった。その気遣いにダンケッドはいつも感謝している。
「兄上、あなたがいてくれてよかった。いつもありがとう。おかげで俺は安心して嫁ぐことができる」
心から感謝の気持ちを告げると兄もそれを判ってくれたらしい。顔をほころばせた。
「そうか……そう言ってもらえると私も嬉しい。そなたの幸福を祈る」
「ありがとう」