綱~勝利をたぐり寄せる手~


 アスターはノースと共にノース軍公舎へ向かった。ちなみにカークも一緒である。彼はノースの護衛として軍総本部についてきていたのだ。黒将軍会議時はそういう風に各将軍たちの側近たちがついてきていて、控え室で待っていることが多い。一人で気軽に来ているアスターの方が例外である。
 共に馬で帰る最中、カークへ事情を説明するとカークはあっさりと承諾してくれた。

「それでですね、うちにレイクっていう元ダリューズ国の将軍がいるんですよ。アンドレイ殿の元同僚のようです」
「おや、そんな男があなたの麾下に?」
「うーん、部下なのは確かですが親しいわけじゃないです。彼は元難民です。難民となった後、うちがやってる公共工事に参加しておられて、身分的には一般兵扱いですね」

 ガルバドス国で行われている公共工事は兵士が担う。主に徴兵が中心ではあるが、それ以外の人間も一般兵として雇われることが可能だ。ただし、いざ戦争となると兵士として駆り出されるため、工事ばかりをしていられるわけではない。

「噂でとても武術の腕がいい一般兵がいるって聞いたので調べてみたら元ダリューズ国の将軍だったというわけです。側近として引き抜こうとしたんですが断られてしまって。でもそれを放っておくのは勿体ないと思うんですよね。だからアンドレイ殿に説得してもらえないかと思いまして。もちろんうちから引き抜いてくださって構いません」
「なるほど。それならその旨をアンドレイに話しておくといいでしょう」
「はい、そうします」

 一応カークに話を通しておこうと思っただけなのでカークに反対されなければそれでいいのだ。話が聞こえていたであろうノースも反対してこなかったのでこれで問題はなくなった。
 そうしてノースをノース軍公舎に送り届けた後、アスターはカークと共にカーク軍公舎へと向かった。アンドレイを始めとするカーク麾下の将がそちらにいるためである。カーク軍公舎はノース軍公舎のすぐ近くにあるのですぐたどり着いた。
 カーク軍公舎は元貴族の邸宅だったものをカークが自腹で買い上げて公舎にした建物だ。そのため普通の軍公舎とは違って整備された綺麗な庭に囲まれた美しい建物だ。

「いつ見ても見事な建物ですねー。きっちり手入れもされているし見事です」
「よくわかっているではないですかアスター。紳士たる者、過ごす場所を美しく保つことは大切なのですよ」
「俺も建物は綺麗に維持すべきだと思います」

 アスターは建築士としての視点で感想を告げたがカークは別の視点として受け止めたらしい。別にそれでも構わなかったのでアスターはあっさりと頷いた。建築士一家の生まれであるアスターは綺麗に維持されている建物を見ると嬉しくなる。

「赤将軍を呼びなさい」

 建物に入ってすぐ、カークが出迎えてくれた部下に命じた。部下はすぐに走り去っていった。
 アスターは入ってすぐのところに飾ってある絵画が服を着ていることに安堵した。カークは男の裸体が多く描かれた絵画を好むので入ってすぐの玄関ホールにそういう絵が飾ってあったらどうしようと思っていたのだ。
 そうして執務室に通され、カークの部下が用意してくれた紅茶を飲んでいると数名の赤将軍らが集まってきた。カーク麾下の赤将軍は全員がカークの愛人だ。カーク麾下にいながら愛人では無かったアスターの方が例外的な存在なのである。
 赤将軍たちはアスターがいることに意外そうな顔をしつつも挨拶をしてきた。元同僚であるためアスターが黒に上がった後も比較的気楽な関係を築いている。

「アスターがあなた方に話があるそうですよ」
「話ですか」
「ああ、実はなー、ホルグ軍とブート軍の管轄地を引き継いだんだが正直言ってうまく行っているとはいえねえんだよ。広すぎてなー。それで幾つかの管轄地を他の軍に引き受けてほしいんだ。それでその管轄地の中に旧ダリューズ国と旧ベランジェール国がある」

 アスターの言葉にアンドレイとロビンの二名がハッとした顔でアスターを見つめる。この二名は今言われた国の出身で将をしていた経歴を持っているのだ。

「……今は他の軍の将をしている俺が言うようなことじゃないかもしれないが、そろそろ上に上がったらどうだ?カーク様も昇進に反対しておられないだろ。昇進したってこの方の力にはなれるぞ?」
「……」

 何かいいかけて黙り込む二人をアスターは静かに見つめた。
 他の赤将軍らも同じだ。物言いたげな顔をしているが口出ししてこない。何らかの事情がありそうだ。
 そこでアスターは再度口を開いた。彼らには言いたいことがあったのだ。

「そもそもアンタら、なんでいい男捜しをしないんだ?あんたたちがいい男を見つけてきたとか捕らえてきたとかいう話は一度も聞いたことがねーぞ。それでカーク様の忠実な部下と言えるのかよ?俺の方がよっぽどカーク様のお力になってねーか?」

 そうなのだ。カーク麾下の将は全くいい男を捕まえていない。
 武器的に厳しいのかもしれないが調査もしているとは聞かない。ちょっとおかしいのでは?と疑問を抱いていたアスターである。実は年単位でその部分に不満を抱いていたのだ。
 するとカーク麾下の将で裏世界の出身であるという異例の経歴を持つソルという赤将軍が吐き捨てるように言った。

「なんで恋敵を増やさねえといけねえんだ。するわけねーだろ」
「恋敵を増やす……エーッ!?そんな理由かよ!?」
「それ以外何があるってんだ。しかも新人が気に入られたらどうしてくれる。これ以上連れてくるな」
「エエーッ!?……どうします、カーク様。俺、苦情を受けましたが」
「フフフ、ずいぶん可愛いことを言ってくれるではありませんかソル。ですが新たな可愛い子を愛でたい気持ちもありますし心が揺らぎますねえ」

 麾下の将の嫉妬を見てカークは上機嫌だ。
 アスターは呆れた。そんな理由だったのか。アスターはカークの愛人ではないため、そんな事情があるとは思いもしなかったのだ。カークはハーレムを作るのだと公言しているような男だから麾下の将たちもその辺りは受け入れているものだと思い込んでいた。

「するとあんたら、カーク様から離れたくないとか離れたら他の連中にカーク様を奪われるかもとかそういう理由で昇進しねえのか?」
「いや、それは……」
「私はまだ未熟だから……」
「これだけ功績を挙げておいて何言ってんだ」
「いや、だが……」

 アスターの指摘にアンドレイとロビンが言いづらそうにしつつも反論してくる。しかしその態度が図星だと言っているようなものだ。アスターは呆れた。ノースの頭を何ヶ月も悩ませている問題の理由がこれだとは。そしてカークが非協力的なはずだ。愛するハーレムの人員がこういう理由で昇進を躊躇っているのであれば協力しなくて当然だ。
 だがカークもノースから散々言われていたはずだ。それでも協力しなかったのは麾下の将たちへの愛なのだろう。アスター的には間違っていると思うが彼なりの愛情で苦情を止めていたのだ。

「カーク様。貴方の下を離れた方々は貴方の愛人じゃなくなるんですか?」
「まさか、そんなわけがありません。どこへ行こうと彼らは私の愛する恋人たちですよ」
「扱いが変化するってこともありませんよね?」
「ええ、もちろんですよ」
「ほらカーク様もこうおっしゃってるだろー。いいかげん上がれ!そして俺から管轄地を譲り受けてそこの管理を手伝え!あんたらの祖国だ。祖国のためになるように働け!あと、アンドレイ殿、俺の下に一般兵としてレイクっていう元将軍がいる。アンタの元同僚なんだろ?そいつを引き取って、そいつと一緒に元ダリューズ国領を助けてやってくれ」

 ハッとした顔になったアンドレイは真顔で頷いてくれた。どうやら決断してくれたようだ。ちゃんと祖国への想いは残っていたらしい。

「マクシリオン、あんたも上がれ」
「何だって!?私まで巻き込まないでくれ!」
「いや、アンタ、カーク様の麾下じゃ功績はトップクラスだろ。アンタが上がらないと道理が通らないだろうし、いつまでもカーク様のご好意の甘えてんじゃねえよ。ノース様がお困りだったぞ。カーク様がノース様からの苦情を止めてくださっていたんだ」

 アスターの指摘にマクシリオンはがっくりと肩を落とした。観念したのだろう。

「じゃあアンドレイ、ロビン、昇進したら一度うちに連絡をくれ。引き継ぎの書類を渡すから。マクシリオンも二人を手伝ってやってくれ。なかなか厄介なことになってるから大変だと思うんだよな、うちも苦労してんだ」
「判った」
「了解した」
「判りました」

 その様子を見てソルはニヤニヤと笑んでいる。黒髪黒目、まるで懐かぬ獣のような雰囲気のその将は生真面目な者が多いカーク麾下の愛人たちの中では異例の雰囲気を纏っている。そんな彼はライバルが遠ざかるのが嬉しいのか、同僚たちの昇進を喜んでいるようだ。
 そのことに気づいているのか、アンドレイやロビンが複雑そうな顔をしている。マクシリオンは気づいていないようだが『私は移動してもカーク様の忠実な部下ですから』とカークに主張し、『間違ってますよ。貴方は私の大切な恋人です』と甘く反論されている。
 そんな人間模様を見つつ、さて帰るかとアスターが思っているとソルに話しかけられた。

「あんた、カークの麾下だったそうだが愛人じゃなかったんだろ?」
「ああ、手足の長さで不合格になったんだ」
「マジか。よく麾下に入れたな」
「あー、当時カーク様の麾下の将が不足していて、それで入れたんだよ。ちなみにマクシリオン殿と同期なんだ」
「へえ、あいつと……。アンタ、いい男捜しを止める気はねえのか?アンタの方が上官だしそんな仕事続けなくてもいいだろ」

 人と馴れ合うような雰囲気がなさそうなソルが話しかけてきた本当の理由はこれかとアスターは気づいた。さきほども話していたようにアスターにいい男捜しを止めてほしいのだろう。

「実はうちの部下はいい男捜しはカモフラージュ用で真の仕事は情報収集だと思っているんだよ。それで各地の調査をしている。実際集まる情報は各地の情報が主でいい男の情報はそれほど多くないんだ」
「そうなのか」
「変わり者の上司の命令でいい男捜しを命じられているんだが何か知らねえかとその土地の人に話しかけて情報を得るそうだ。そういう理由だと警戒されにくいし、話しかけるきっかけとして便利なんだってよ。ちなみに画家を幾人か雇っている。画家だと各地をウロウロしても違和感がねえし、地図や風景を綺麗に描いてくれるし、時にはいい男の容姿も描いてくれているし、収入が不安定になりがちだからうちに雇われるのはありがたいらしくて、仕事にも協力的なんだよ」
「それ、止める気はねえのか?」
「止めるも何もほぼ採用されてねえだろ。俺が持ってきたいい男の情報、ぜんっぜん活用されてねえだろ。一番最近の愛人はゲルプの古狼の元傭兵じゃねーか」
「まぁそうだが……」
「恐らくあの方は一般人のいい男にはご興味がないんじゃねーかな。ただの趣味として読んでおられるんだろ」

 カークの愛人は武術の腕が立つ男ばかりなのだ。
 そしてアスターもそれでいいと思っている。自分の仕事はカークにいい男の情報を渡すところまでだと割り切っているのだ。その情報をどう扱うかはカークが好きにすれば良いと思っている。いい男の情報が活用されようがされまいがどうでもいいのだ。

「カーク様、そろそろ帰りますね。お邪魔しました!」
「ええ、判りました。またノース様の元で会いましょう」
「はい、では失礼致します」

 これで一部の仕事をアンドレイたちに譲ることが出来た。
 少し仕事を減らすことが出来たと上機嫌で自分の公舎へ戻るアスターであった。