綱~勝利をたぐり寄せる手~
ベルンスト王子の部屋へ行ったら、バルドイーン第一王子もいた。ソファーに座って俯いている。かなり落ち込んでいるようだ。
「放っておけアスター。何をやらかしたのか知らぬが破局の危機らしい。別れると言われたらしくてな」
「ああ、なるほど。それなら一刻も早くお会いした方がいいです。こんなところで落ち込んでいる場合じゃないと思います」
「何?どういうことだ?」
「カーク様とダンケッド様は大変人気の高い方々です。この間、カーク様が求婚者が多くて断るのも大変とおっしゃってました。ダンケッド様は今までバルドイーン様との交際が有名だったために求婚者がいなかったようですが、お別れになったのなら遠慮する必要がないわけで、求婚者が殺到しますよ」
以前カークが求婚者を穏便に断るのが面倒だと話をしていたので事実だ。
そしてダンケッドはカークと同じぐらい大貴族の出身でカークのようにハーレムを作っているなどという噂もないため、求婚者が殺到するのは確実だ。
「なっ……それは本当か?」
「こんな嘘を吐く理由がありません」
「だ、だがダンケッドは断るだろう。気軽に新たな恋人など作るはずがあるまい」
「うーん、そうですか?あの方はとても条件がいい方ですから、多くの求婚者が集まりそうですが。結婚適齢期で才能豊かな方でご実家は大貴族。平民にとっては夢のような玉の輿相手で、貴族の方々にとっては文句なしに条件のいい相手です。そんな方ですから嫁ぐにしろ、嫁をもらうにしろ、相手を選び放題じゃないですか。そんな中、気に入った人が現れたらダンケッド殿も真剣にお考えになると思いますよ。そしてあの方は貴方に嫁がずとも自分の力で生きていける方です。ご自身の力で黒将軍になられたのですから、何にも縛られずに生きていけるだけの力を持つ方です」
アスターの言葉にバルドイーンが青ざめる。
そんな様子を見てバルドイーンは気づいていなかったんだろうかとアスターは疑問に思った。アスターが指摘したことは少し考えれば誰にでも判りそうな事だ。
「だ、だがダンケッドは大貴族の生まれだ。そう簡単に生まれた家のしがらみを捨てることなどできないと思うが」
「いやいや、そういう風にお考えなさる方なら、家を出て軍人になどならないと思うのですが。普通だったら大貴族の跡継ぎという地位を捨てて、命の危険がある軍職になんて就かないと思いますよ。そういう型にはまらない方だからこそ、いざとなったら家のしがらみとか捨ててしまえるのでは?あの方は上流貴族としてはかなり破天荒な方だと思いますよ」
アスターの指摘にバルドイーンは青ざめて黙り込んでしまった。
「ベルンスト様、ダンケッド様を嫁に貰われませんか?」
「何だって!?」
「いきなり何を言い出すんだ」
「いえ、本気です。娼婦であるカミィ殿を心から大切になさった貴方であれば、誰にもよそ見をすることなくダンケッド殿を大切にしてくださると思いました。そしてダンケッド殿も貴方との婚姻を少し考えておいででしたよ。ダンケッド殿にしてみればバルドイーン様もベルンスト様も条件は同じなんです。同等の血筋、同等の王位継承候補なんですからバルドイーン様に拘る必要はないんです」
「だが突然そう言われてもな……私はバルドイーンと揉めたくはないんだ」
「そうですか。ですが王位をお考えであればお早めにご決断ください。他の王子王女があの方を手に入れたら凄く面倒なことになります。あの方には自動的に知将の軍がついてきます。つまりカーク様もついてくるんです。ダンケッド様のご実家とカーク様のご実家が他の王子王女の味方になったらかなりやりづらいですよ。その上、ノース様が本気で動かれたら目も当てられません。あの方は古参の黒将軍ですから軍内部での影響力が大きい方なんです。あの方が本気になられたら、現在中立のゼスタ軍やアニータ軍も取り込まれてしまうかもしれませんよ」
「ウッ、それは……」
「ですからご婚約だけでもなさったらどうですか?」
「ず、ずいぶん積極的に進めてくるんだな。何度も言うが私はバルドイーンと揉めたくないんだ」
「ですがバルドイーン様はフラれたそうですが。しかも追う気はないのでしょう?」
「い、いや、まだ諦めてはいないんだ」
「ほら、まだ諦めてはいないと言っている」
「だったら早く追った方がいいと申しております」
「だ、だがその……」
歯切れの悪いバルドイーンの反応にアスターは『これは駄目だな』と思った。
優柔不断すぎる。愛人の誰かに遠慮をしているのか後ろめたいことがあるのか知らないが、これではダンケッドと寄りを戻すのは厳しいだろう。
ダンケッドは無口で物静かな性格だが、内実、プライドが高くて難しい人物だ。あっちもこっちもとよそ見をしておいて引き留められるような人物ではない。
ダンケッドとは子供の頃からの付き合いだというし、ダンケッドの方にもバルドイーンへの情があったようなのに何故こうなってしまったのか。否、付き合いが長いからこそこうなってしまったのだろうか。相手に甘えてしまっていたのかもしれない。
だがダンケッドの方はどちらかと言えば即断即決タイプだ。むしろ軍人にはそういうタイプの方が多い。戦場でゆっくりノンビリと考えていられる暇などないのだから、結論を出すのは早いタイプの方が圧倒的に多い。
そして当然ながら優柔不断なタイプなどほとんどいない。そんな軍人は出世できないし生き残れないのだ。
「あれもこれもと手を伸ばしたところですべて掴めるわけではないと思います。何かを切り捨てる覚悟を持たれた方がいいのでは?」
「だ、だが彼女たちはいろいろと事情があって私の下に送り込まれてきたんだ……。そして彼女たちも覚悟を持って私の下へ来てくれた。そう簡単に切り捨てられる存在ではないんだ」
「なるほど。ではベルンスト様にお譲りなされては?ベルンスト様、ダンケッド殿を正妃として娶りましょう」
「待て、どうしてそうなるんだ!?」
「だってベルンスト様は一度すべてを捨てる覚悟をお見せになられたではないですか。カミィ殿を王宮に迎え入れて寵愛しておられた。あのようなことをしたら王位継承候補から遠ざかると判っていて、そうなさっていた。カミィ殿が青竜に攻撃を受けた時は必死に助けようとなさり、ディンガの毒を恐れることなく駆け寄ろうとしておられた。俺はあの時ちょっと感動しましたよ。あのように命の危機がある場で相手のために躊躇いなく行動出来る人って意外と少ないんですよ。命の危機が迫っていた時は本能的に体が動かなくなるものなのに、ベルンスト様は動いておられた。カミィ殿のために必死に助けようとなさっていたあのお姿を見て、自分より相手を想って行動出来る方だと確信しましたよ。だから俺は貴方に味方したんです。俺はあの時、純粋に人を愛する姿はこんなに美しいのかと思いました。貴方ならばダンケッド殿をとても大切にしてくださるでしょう」
アスターの意見にバルドイーンは絶句し、ベルンストは眉間に眉を寄せて黙り込んだ。
「そしてそれは俺にも好都合なんです。ノース、ダンケッドの両将軍と敵対せずに済みますから。そして敵対せずに済んだら軍を完全に味方に引き入れることが可能になります。俺、ギルフォード、スターリング、ノース、ダンケッドが味方側ってことになりますからね。完全中立のレンディを除いたら、残るはゼスタとアニータのみ。あのお二人は面倒事を嫌がって中立を選んだだけですからさすがに五軍がベルンスト様についたら、あの二人もこちらについてくれますよ。情勢がはっきりしたら中立を選ぶ理由がありませんからね」
「なるほど……軍を完全に味方にできるのは大きいな……」
「ベルンスト……まさか……」
「バルドイーン、私はそなたと敵対したくはない。だが今回の件はそなたにも大いなる非があるように思う。これほど長く彼と付き合っていながら何故彼だけを選べない?そういうところに彼は嫌気が差したんじゃないか?」
「だ、だが男相手では後継者が作れない。だから妾を持つのは当然ではないか。そして次代のことを考えたらそれなりの家格の娘を選ぶのも当然だろう」
「子供を作るだけなら愛さずともよかろう。そういう風に割り切れる女性を選べばいいだけだ。私ならダンケッドだけを愛する。そして私は王になりたい」
「!!」
「そなたの分までダンケッドを大切にすることを誓おう。アスター、ダンケッドと話をしたい。呼んできてくれるか?」
「かしこまりました。俺は全力で応援致します」
頭を下げつつ、この二人には決断力の差があるなとアスターは思った。
愛人を切り捨てられなかったバルドイーン。
仲の良い兄と決裂する覚悟を見せたベルンスト。
普通の兄弟としてならともかく、王となる身であればこの決断力の差は大きい。王は大きな決断を迫られる場が多々ある。人の上に立ち、一刻を導く立場に立つ者なら優柔不断でいてはならない。
バルドイーンは優先すべきものは何なのか考えるべきだった。玉座を得るためならば絶対にダンケッドを手放してはならなかった。彼の家の後ろ盾がなければ玉座を得るのは難しいのだから。
この決断力の差が二人の兄弟の命運を分けてしまったのだ。