綱~勝利をたぐり寄せる手~


 一方、レンディは青竜ディンガが食らい付いて倒した刺客を無表情で眺めていた。
 国王はほぼ毎年この保養地に鹿狩りへやってくる。ほぼ毎年だから国王に近い存在の者たちはそのことを知っている。
 そしてレンディもほぼ毎年その鹿狩りに同行している。つまり護衛としてレンディ&青竜ディンガがついていることも判っているはずだ。
 にも関わらず刺客を送ってくる者がいる。あまりに愚かだと言わざるを得ない。

「完全に素人だな」

 ディンガがそう言い切った。今倒した刺客は素人。つまり暗殺者としての訓練を受けていない人間だということだ。

「十一歳以上の王子王女たちから向けられた刺客だってこと?」

 十歳以下の王子王女は継承権を放棄したら生き延びられることとなった。つまり無理に生き延びようと頑張る必要はなくなったということだ。
 そしてそういう幼い王子王女は大半が身分の低い女性から生まれている。そういった女性が母親では後ろ盾がないため、王位を狙えるわけがない。そのためほぼ全員が継承権を放棄したと聞いている。
 だが十一歳以上の王子王女はそれが適わなかった。アスターが頼んだが却下されてしまったのだ。もっともアスターはまだ諦めてはいないようだが……。

「おーい、レンディ。そろそろ行くぞー」

 アスターに呼ばれた。そろそろ別荘を出て森へ入るぞということだろう。
 刺客が来た以上、王が移動するならついていかねばならない。アスターがいるから滅多なことはないと思うが護衛という立場でついてきた為、行かねばならない。
 だがあの刺客が王を狙ってきたとは限らない。アスターや自分狙いだった可能性もあると思うのだ。

「今、一人倒したよ」
「ええ?マジか。どこからの刺客か判るか?」
「うーん、滅ぼされた国の残党かなぁ。王子王女が国王を狙う理由がないからね」
「あー、国を滅ぼされた恨みってことか」

 そういう連中から命狙われることは普通にある。今回はそちらの可能性が高いだろうとレンディは思った。玉座を狙うなら他の候補者を倒さねば意味が無い。国王を倒したところで益は無いのだ。
 そんな話をしながら鹿狩りに同行したのだが、アスターは自分は弓矢を使えないからと言って、何と素手で鹿を捕らえてしまい、国王バロジスクに爆笑されていた。国王はそんな鹿狩りがあるかと脇腹が痛くなるほど笑っていた。

「弓矢が使えないなら他の方法で捕らえるしかないじゃないですか!」
「いや、鹿狩りってそういうものじゃないからね、アスター……」

 鹿を捕らえればいいというものではないのだ。
 そもそも自分たちが鹿を捕らえてどうする。この行事はあくまでも国王に楽しんでもらうためのものなのだ。自分たちは国王のために自分たちも鹿狩りを楽しんでいる振りをすればいいのだ。何なら国王がうまく鹿を仕留められるように演出をすることだってある。
 ……だがアスターはそういった計算ができないのだろう。恐らく鹿を狩って食糧にせねばならないと思い込んでいる。鹿イコール食糧という平民の考え方だ。そのため彼なりに捕らえる方法を考えて、素手で捕らえて鹿をロープで縛ったのだ。……彼はカークからの教えを忠実に守り、常にロープを持ち歩いている。こんな森の奥で良い男が出るとは思えないのだが……。
 そして国王はそんなアスターの生真面目さや一生懸命さが新鮮で好ましく映るのだろう。近年で一番鹿狩りを楽しんでいるようだ。アスターは国王に花を持たせるなどということを考えもせずに真面目に鹿を狙っているがそういう態度もかえって国王には好印象のようだ。
 今回の休暇では毎日国王の笑い声を聞く。昨年までは側近や侍従たちが国王の機嫌取りに勤しんでいたが、今年はアスターがいるだけで機嫌がいいので側近たちもアスターの存在をありがたがっている。
 そうして鹿狩りを楽しんで帰路についた。

「ほら今日は俺がトップですからね!陛下やレンディは鹿を獲れなかったんですから」

 アスターは鹿を素手で捕らえたため、まだ鹿は生きている。そのためロープで縛られて、従者たちが使う馬に乗せられている。

「ハッハッハ!確かに獲れなかったな。うむ、敗北を認めよう。……クックック……」
「もういい加減、笑いやんでくださいよ!」

 ところでこの鹿は潰さなくていいんですか?とアスターが問うてきた。やはり鹿は食糧だと考えているのだろう。間違いではないのだが……。

「潰して血抜きするなら別荘から離れた場所がよくありませんか?血で汚れるし、臭いますし……」

 すると国王が『今日は魚の気分だな』と言った。

「エエーッ!こんなところで魚!?新鮮な魚が手に入りますかね!?」

 この保養地は山の麓だ。大きな川や湖などないし、海からも遠く離れた内陸部だ。
 だが国王の希望だ。料理人や侍従はよき魚をゲットするために走り回らねばならないだろう。そうレンディが思っているとアスターが顰め面になった。

「せっかく鹿を狩ったのに!」
「ふむ、それもそうだな。そなたの戦利品を食すか」
「良い感じに超えた鹿ですからね、肉質もいいと思いますよ」

 アスターが上手い具合に国王の気分を逸らしてくれた。
 アスターは国王の我が儘を上手い具合に逸らしてくれることが多い。ここに来た初日も王はシーツの色が気に入らないと言い出したが『何でですか!こんなにすっげえ刺繍が全面に施されているのに!これ絶対にめちゃくちゃ手がかかってますよ。陛下のために職人が長い時間をかけて作って下さった品に違いありませんよ!』と言って、シーツを替えよという命令を撤回させてくれたのだ。

「そういえばこの辺、羊も多く飼われているんですねー」

 遠目に見える先に牧場があり、羊が転々としているのが見えた。

「ああ、羊毛の産地だからな」
「じゃあ肉用じゃないのか」
「春が繁殖期だから子羊がそこそこ成長しているかも」

 子羊の肉は成獣よりも臭みが少なくて食べやすいと言われており、高級品なのだ。

「いいなー、帰る前に食べてみたいな」
「そうだね、頼んでおくといいよ」

 国王も鷹揚に頷いてくれたので異存はないようだ。レンディがチラリと背後の侍従たちを見ると侍従たちも心得たと言わんばかりに頷いてくれた。今の会話が聞こえていたのだろう。
 そしてここは羊の産地だ。羊毛用の羊が中心とはいえ、食用の羊を飼っている牧場もあるはずだから希望する羊肉は確実に手に入るだろう。

「帰り道に魚の産地ってないかな?」
「ああ、シャロー湖近くを通るからその時がいいかもね」

 さほど大きくはないがそこそこの水量を誇る湖があるのだ。

「陛下ー、シャロー湖近くを通るときに魚を食べたいです!」
「好きにせよ」

 国王もさきほどまで魚を食べたがっていた。その話の流れで魚の話題になったと気づいているのかあっさりと許可が出た。
 この会話も聞かれていたため、侍従たちが手配をしてくれるだろう。さほど難しい要望でもない。

「よーし、頑張って鹿をさばくぞ」
「アスター、料理人たちに任せなよ。せっかく一流の料理人たちを連れてきているんだからさ……」
「うむ、料理人たちに任せよ。そなたの鹿をさばく姿も見てみたい気もするが入浴に付き合え」
「ええ~、判りました」

 別荘には一度に四~五人ほど入れそうな広い浴場がある。もちろん国王のために作られた浴場だ。
 今までは愛人と入浴していた国王だが今年はその相手はもっぱらアスターが勤めている。別に性的な相手をさせられているわけではないが、大変気に入られているようだ。
 ちなみにアスターは特別な手伝いをするわけではない。せいぜい背をこする手伝いをする程度のようだ。愛人相手の場合は愛人が体や髪を洗う手伝いをしていたようだがアスターはそういった介助をしていないらしい。それでも気に入られて呼ばれるのだから相当に好かれているようだ。
 そうしてもうすぐ別荘に着くというところでまたも刺客が襲ってきた。しかし狙われたのは明らかにアスターであった。弓矢が狙ったのはアスターだったし、刺客がナイフを持って襲ってきたのもアスターだったのだ。

「うーん……?何でだー?」

 襲ってきた刺客をあっさりと捕らえたアスターが首をかしげている。そしてその刺客の顔をのぞき込んで『年齢的にカーク様の気に入りとなるのは難しそう』などと言っている。あまりにカークの教えを守りすぎだろう。

「なんで俺?黒のコートを羽織っているから黒将軍ってことは判ってるだろうに。このメンツで俺を狙う理由って何だ?俺が誰かの仇だったりするのかな?」

 そう呟きつつ、侍従に刺客を引き渡そうとした瞬間、刺客が毒を飲んだようだ。恐らく咥内に隠し持っていたのだろう。アスターは吐き出させようとしたが手遅れだった。

「クソッ!……陛下申し訳ありません。毒を食らって死んだようです」
「そうか。まぁ私狙いではなくそなた狙いだったからな。謝罪は不要だ」
「しかし何故俺ですかね?」
「そうだな、妾の誰かかもしれぬな」
「エッ!?」
「国王の寵を争うというのは珍しくもないが?」
「俺、陛下の愛人じゃありませんけど!?ただの護衛ですよ!?」
「ただの想像だ。そう決まったわけではない」
「それもそうか。さすがにその可能性はないと思いますよ。やっぱり戦場で倒した誰かの仇とかじゃないですかね」

 アスターはそう返していたが国王バロジスクは妾の誰かだと睨んでいるようだ。
 そしてレンディとしてもバロジスクの考えに近い。それぐらい最近のアスターは国王に気に入られている。そんなアスターを邪魔だと考える愛人や妾がいてもおかしくはないと思うからだ。
 ただ、こういう場所で白昼堂々と黒将軍を襲っても倒せるわけがない。あまり功績が知られていないアスターだから甘く見たのだろう。黒はそれ相応の理由があるからこそ黒だというのに。

(それにしても陛下への影響力が大きいな……アスターがこれほど気に入られるとは思わなかった)

 性格的な相性もあるのだろうがやはり『源泉の魂を持つ者』であるのも理由の一つだろう。国王の最高の片腕だと青竜ディンガが断言していたのだから、離す理由がないのだ。
 人は周囲の人間の影響を受ける。アスターの真っ直ぐな性格や言動は国王バロジスクに影響を与えるだろう。だがそれが悪い方にいかないのは確かだ。何しろ『源泉の魂を持つ者』を得た国は大国に成長すると青竜ディンガが話していたのだから。
 
「陛下はお子さんたちとここへ来たことはありますか?」
「ないな」
「陛下~、もうちょっとお子さんたちとふれあい、共に過ごす時間を作りましょうよ~、そういうところがオヤジとして失格なんですよ」
「まだオヤジにもなっていないそなたに何が判る」

 アスターの言動に侍従たちがハラハラした顔をしている。だがこれほど気に入られていたら処罰を受ける可能性はない。現に今もアスターと楽しげにやり合っている。アスターとの言葉遊びを楽しんでいるのだ。
 
(王宮内の勢力図が変わるな……)

 これほど国王への影響力があるアスターを貴族たちが放置しておく訳がない。必ずアスターに接触して取り込もうとする勢力が出てくるはずだ。
 アスターがいいように利用されるのは腹が立つ。気をつけておこうと思うレンディであった。