綱~勝利をたぐり寄せる手~
(国王の愛人視点)
国王の妾と正式に認定されていない若い女は静かに少し離れた場所にいる国王と将を見つめた。
彼女は今回、鷹狩り行きのお供として選ばれた愛人の一人だ。彼女ともう一人の愛人が選ばれて馬車で同行した。
彼女は平民出身で容姿が良かったために愛人となったがまだ妾にすらなれていない。だが子を産んでもさほど待遇がよくなるわけではない。それぐらい愛人の数が多く、すぐに飽きられて捨てられる女性も珍しくないようだ。
幸い、王宮を去るときに一定額のお金はもらえると聞いている。それならば飽きられるまでの間、愛人として勤めればいいかと割り切った。ヘタに妾になるよりも愛人止まりの方が他の妾に目をつけられずに済みそうだ。
それに最近は血なまぐさい話ばかり聞く。後継者争いに巻き込まれたくはない。
しかし国内の保養地であるこの別荘では大変穏やかな時間が流れている。
綺麗に整えられた別荘の庭で向かい合って座っているのは国王とアスター黒将軍だ。
「ハッハッハッハッハ!!」
「笑い事じゃないですよ陛下~っ!俺はこのとき大変だったんですからね!」
滅多に笑わぬ国王が爆笑している。その国王の相手をしているのはもっとも新しい黒将軍だ。最近の国王はこの若い黒将軍が大変お気に入りでよく王宮へ呼んでいる。黒将軍の方は『俺は忙しいんですけど!?』と文句を言いつつもやってくる。国王相手に遠慮がなさ過ぎる態度だ。不敬罪と取られてもおかしくはないぐらいなのにそんな反応すら面白いのか、国王は寛容に許している。
『あの男、とても邪魔だわ』
そう呟いていた女の声を思い出す。先日まで国王の気に入りと言われていた妾の声だ。
妃や妾というのは国王への影響力が強い。だからこそ王宮内で権力を持てる。
逆を言えば王への影響力がなくなれば利用価値がなくなる。だから王宮内で力を持とうと思ったら国王に愛されて気に入られる必要がある。
妃や妾にも派閥がある。
自分の実家が力ある実家だったら最初から有利だがそうでない者は自分で陣容を作る必要がある。
有能な官に目をつけ、その人間を取り立ててほしいと国王にお強請りをする。そういったお強請りを国王に受け入れてもらいながら、自分の味方を王宮内で増やしていく。そうしていくうちに『あの妾は国王の気に入りのようだ』と思ってもらえたら更に有利だ。貴族が交渉に来るようになるからだ。そうやって取引をして更に味方を増やしていく。王宮内で権力を得るためにはそうやってコツコツと味方を増やしていく必要があるのだ。
だが今の国王のお気に入りは明らかにあの平民出身の黒将軍だ。
さっそくあの黒将軍に取り入ろうとした官がいたようだが一蹴されたようだ。当然だろう。何しろあの黒将軍はこれ以上の権力を必要としていない。すでに地位は国王に次ぐ黒将軍なのだから、国王以外に跪く必要がないのだ。
オマケに彼はベルンストの気に入りだ。つまり次期国王候補として名高い王子を味方につけている。すでに強力な人脈を持つ彼は怪しげな官を味方にする必要がないのだ。
(けどあの人は愛人にはなれない)
国王バロジスクは異性愛者だ。彼の愛人に男はいない。つまりアスター黒将軍が愛人となる可能性はない。それだけは救いだ。あれほど気に入られていたら寵姫となる可能性があった。
そして最近、第一王子バルドイーンとダンケッド黒将軍が不仲だと聞いた。もし二人が破局したならば、ますますベルンスト王子が有利となる。そうなるとベルンストに気に入られているアスター黒将軍はますます存在感が増す。彼に取り入ろうとする官や貴族が更に増えることだろう。だがそれは国王の寵姫を目指す妾たちにとっては更に目障りな存在となるということだ。
自分はあまりそういったことに興味がない。恐ろしいから巻き込まれたくはない。王宮内で下っ端の自分は味方もほとんどいないから恐ろしくて仕方がないのだ。けれど生き延びるためにこうして耳を澄まして情報収集に勤しんでいる。
『田舎に戻ることにしたの』
そう言っていた仲の良い女性を思い出す。昨年、女の子を産んだ国王の愛人の一人だ。彼女もまた平民出身の愛人で、境遇が似たり寄ったりだった為に仲良くなった。
先日まで友人は王宮を出る気がなかった。娘を連れて帰ることができないため、諦めたのだ。そのためずっと娘に張り付くようにして過ごしていた。そんな彼女を自分は助けていた。国王に呼ばれたり、入浴やトイレなどどうしても子供から離れなければならない時がある。そういう時に子供の世話をして助けていた。
けれどその必要もなくなった。国王が十歳以下の王子王女は継承権を放棄すれば生きることを認めると言ってくださったからだ。そしてそのことにより、子の継承権を放棄すれば子供を連れて実家へ帰ることも可能となった。王族としては認められなくなるが平民として生きることが可能となった。彼女の友人もまた、その道を選んだ一人であった。血なまぐさい王宮よりも安心して子育てを出来る実家へ帰る道を選んだのだ。
『王宮へ来る前はとても憧れていたわ。煌びやかな世界でとても綺麗なドレスを着て、美味しいものをお腹いっぱい食べられる生活が出来ると信じていたの』
でも違ったわねと彼女は話していた。
本当にそうだ。自分も実際に来る前はそう思っていた。とってもキラキラした素敵な世界で生きられるのだと夢見ていた。実際は生と死、そして権力と欲望が混ざり合う酷い世界だったけれども。
『あの方は強いわね。戦場での強さだけじゃない気がするわ』
友人がアスター将軍を見てそう言っていた。彼女は国王に呼ばれた時にアスター将軍が飛び込んできたと話していた。そして国王がアスターの訴えを認めて受け入れた瞬間を見たという。
『青竜が話していたんだけど、ちょっと特殊な方らしいの。心が濁らないというか澄んだ泉のように穢れを放り込まれても清めてしまう、そんな泉のような心の持ち主らしいわ』
それはすごい。このような世界を見続けても心が折れたり曲がったりしないということだろうから。
私はいつこの美しくも厳しい世界から出ることが出来るだろうか……。そんなことを思った。