綱~勝利をたぐり寄せる手~


 数日後のことである。
 黒将軍は仕事柄、王城へ向かわねばならないことがある。
 だがギルフォードは運命の相手であるスターリングを極力王家へ行かせない。突拍子もないことを悪気無くしでかす相手だからだ。そのため何か用がある時は自分が向かうようにしている。
 
「大丈夫ですか、殿下」
「ああ……」

 たまたま王城の通路で会ったベルンストに挨拶をしていたところ、襲いかかってきた刺客がいたのだ。無論容赦することなく血祭りに上げたギルフォードである。

「生け捕りにはできなかったな……」
「普通できないでしょう」
「いや、アスターと一緒の時は出来たんだ。彼は素手で敵を倒していて……」
「ああ、そういえばあれの武器は長棒でしたね。そして体術も優れているとか。あいにくですが殿下、それはアスターが例外です。騎士は大体が剣使いです。剣という武器は殺傷力が高いので生け捕りに出来るのは大変珍しいのです。長棒使いのアスターと槍使いのダンケッドは珍しいタイプなのですよ。私も彼ら以外ほとんど知りません」
「そうなのか!」
「ああいう長い武器は騎馬戦では問題ありませんが至近距離での戦いとなるとスピードで劣るために懐に入り込まれて斬られてしまう恐れがあります。ですから騎士は剣使いが多いんです。あの二人は卓越した武術の使い手だから不利にならないだけです。ダンケッドも戦場以外では剣を使っているはずです。丸腰でウロウロ出来るアスターは徒手での戦いに長けている上、手足が長くてリーチ的に不利にならないからでしょう。アスターは本当に例外中の例外ですよ。あんなタイプは滅多にいません」
「そう聞けば本当にアスターが凄いとわかるな」
「はい、彼が相手だと私も勝てるか判りません」
「それほどか!」
「はい、アスターは印使いには強敵です。印を発動するよりも早く攻撃を受けて防がれる可能性が高いんです。実際彼はそうして今まで勝ってきています。長身で長い手足を持つ彼は長棒使いですから恐ろしいほどリーチがあります。その上、バネのように敏捷な体を持ってますから一瞬にして間合いを詰められて攻撃を受けてしまう。彼は一騎打ちで負けたことがないと聞いていますが当然でしょうね。アスターは黒を羽織るだけの実力を誇るから黒なんです」
「なるほど興味深い。私はそういった知識がないから彼の強さが良く判らなかったがこうして説明を受けると納得が出来た」
「はい。戦場では印の強さばかりがよき将の証ではないということです。ですがやはり上級印持ちがいないと敵の合成印技を防げませんから、麾下の将に上級印持ちを入れる必要は出てきますが、それは部下が補えばいいだけの話ですからね。何もかも黒将軍がやらなきゃいけないということはありません。実際レンディもノースも麾下の将がそれらのことは担ってます」

 そう話しつつ『護衛を増やしますね』と伝えた。

「確かに襲われたが必要か?」
「はい。こうなってくると今の人数で護衛を回すのは問題があると判断しました。余裕を持って護衛を回さないと一人一人の負担が大きくなりますので。あと数人増やします。メンバーはスターリングと話し合って決めますので夜までにはお伝え致します」
「即日か。ずいぶん急ぐのだな」
「殿下、私はアスターほど甘くはありません。あれとは少々考えが違います。粛正すべき人間はいる、違いますか?」
「そうだな……心当たりはある」
「こうして王宮の人通りの多いところで遠慮構わず攻撃をしてくる。つまりそれだけ追い詰められている人間がいるということです。しかもこいつは動きが完全に素人でした。つまりこういった人間しか雇えないほど相手は追い詰められているということです。追い詰められた人間は何をしでかすか判りません。さっさと引導を渡すべきでしょう。必要ならばこちらで人員は揃えますがいかがですか?」
「判った。私も覚悟を決めよう」
「はい。今回は私とスターリングでけりをつけます。恐らくアスターはこういうことには向いていません。あいつは良くも悪くも甘い。そういう点もあいつの美点だとは思いますがこういうことには不向きです。幸か不幸か、現在アスターは陛下のお供で王都を留守にしておりますから今のうちに片付けましょう」
「そうだな……あのクリフトを生かしたぐらいだからな……」
「粛正の手助けは我々にお任せを。私とスターリングで片付けて見せましょう」

 きっぱりとギルフォードは言い切った。
 その素早い決断と言い切る自信にさすがは黒将軍だとベルンストは思った。
 黒将軍は一騎当千のメンバーで誰もが何かに卓越した才能を持つ者ばかりだが彼もそうなのだろう。並み居る強敵を退けて軍のトップに立てたのだから。

(ギルフォード黒将軍……エリート中のエリートと言われる将だったな確か……)

 王都近郊に領地を持つ下級貴族の生まれで両親共に軍人という家系に生まれた人物だ。
 両親から軍人としての英才教育を受け、士官学校でもトップクラスの成績を誇り、正式に騎士となって以降もその才能を発揮させてエリートコースを突き進んだ人物だ。ここまで見事な出世ルートを歩んだ人物も珍しいかもしれない。
 だがその軍人としての恵まれた生まれを無駄にしなかったのも凄いとベルンストは思う。恵まれた生まれであってもそれを生かせぬ人間が多いことを王宮で生まれ育ったベルンストはよく知っている。他でもない自分の弟妹たちの多くがそうだからだ。大半の弟妹たちは自分が何をすべきかを判っていない。国王が求める王族としての責務が判らず、ただ闇雲に死を恐れ、生きるための道を模索しながらも結局は何も出来ずに終わってしまう者が多い。
 そしてベルンストはそんな弟妹たちを助けはしない。彼らはベルンストにとってはライバルだからだ。同腹の兄弟もいないベルンストにとって大切な兄弟は共に苦労を分かち合ってきたバルドイーンだけなのだ。

「一つ聞きたい。そなたの軍はスターリング将軍の軍と共同運営をしているのか?」
「そうですね、何しろあいつは私の運命の相手なので離れようにも離れられません」
「そなたはそれでいいのか?生まれながらに決められた運命を背負っていくつもりなのか?」

 自分も生まれながらにして王族であり王位継承者候補という運命を背負っている。
 彼はどうなのだろうか。生まれながらにして決められた運命をどう思っているのだろうか。そう思って問うた。

「そうですね、過去何度も投げ出せるものなら投げ出したいと思いました。ですが戦場ではこの上なく頼りになる相手なのです。あいつがいたおかげで助かったことも、私があいつを助けたことも何度もあります。お互いにお互いを助け合って生き延びてきました。軍人としてこれ以上の理由はありません。生き延びることが大前提の職なので。私とあいつは戦場で一緒の場合、格段に生存率が上がるんです。勝つため、そして生き延びるために私はあいつと共に生きる覚悟を決めました」
「なるほど……確かにそれは納得がいく理由だな。答えてくれてありがとう」
「はい。では仕事が残っておりますのでこれで失礼致します」
「ああ、ではな」

 去って行く姿を見送りつつ、これで幾人かの弟妹が消えるなとベルンストは思った。
 すでに誰が刺客を送り込んでいるのか検討がついている。いつかけりをつけないといけないと思いつつも後伸ばしにしていた。バルドイーンが母と異父弟を片付けながらも同じ血を引くクリフトを殺せなかったように、殺しづらい相手というのは自分にも存在している。
 クリフトは愚かな弟だったがバルドイーンには甘え上手だった。
 そして自分にもそのような相手がいる。異母妹のユッタとマイケとは表向きは仲が良かった。公式の場では甘えてくることすらあった。あれが芝居だったとは思いづらいが現実にはあの二人の手がかかった者が刺客を送り込んでいることが判っている。

(あとはリーヌスか……)

 彼の刺客は自分を狙ってくることはなかったがバルドイーンを狙ったことが判明している。せっかくギルフォードとスターリングが動いてくれるというのだ。一緒に片付けてもらうべきだろう。 

(やらねばならないと判っている……だが気が重い……)

 バルドイーンが実母と異父弟を片付けた時もこんな気持ちだったのだろうか、とベルンストは思った。