綱~勝利をたぐり寄せる手~
「陛下の元から来ました!ベルンスト殿下にお目にかかりたい!」
「あ、アスター将軍!?陛下からの使者ですか!?お、お待ちくださいませ!」
慌てた様子で二十代前半ぐらいの侍従が奥へ走って行った。高貴な王族に会うためには侍従によって取り次がれ、許可を受けてしか入室できないのだ。
「どうぞ」
「ありがとう。……失礼します!アスターです、殿下!」
ベルンストは仕事をしていたようで卓上に書類を広げていた。周囲に補佐をしていたらしい側近が三名ほどいる。さきほど取り次いでくれた侍従を入れたら四人だ。
「ああ、アスター、どうしたんだ急に。今日は約束していなかったと思うが」
「それがですね、聞いて下さい!陛下がレンディに役に立たない王子王女は殺せって命じておられたんですよ!」
室内に緊張が走る。
現在、王位継承問題はこの王宮内の一番の関心事であり、重要な事項なのだ。
「もう俺びっくりして、レンディを連れて陛下に面会してきたんですけどね!我が子を殺せって命じるとかあり得なくないですか!?我が子ですよ!?」
「面会してきた!?まさか陛下に抗議してきたのか!?何て命知らずな!」
「俺も処罰受けるの覚悟で行ってきたんですけどね!だってまだ幼いお子さんとかもいらっしゃるじゃないですか!ちゃんと撤回していただきましたけど、マジ信じられなかったですよ!」
「撤回していただいた!?抗議を受け入れてくださったのか!?陛下が!?」
「そうです!なんかもうめっちゃくちゃ笑われました。俺のやることなすこと全部が面白いようで笑われっぱなしでしたよ……」
「父上が笑った!?それはとても珍しいことだぞアスター。私は皮肉気な笑み以外見たことがない」
「そうなんですか?俺はもうあの方が判りませんよ」
ハァと溜息を吐いてアスターはソファーに座った。第二王子が執務に使っている部屋は呆れるほど広く、置かれているソファーも大きい。
「しかしよく撤回していただけたな……私はあの父が一度決めた事を覆したところを見たことがない」
しみじみと言うベルンストにアスターは軽く眉を寄せた。
「あの方は誰かに抗議されるのを待っておられたようです。誰かと賭けておられたようでした」
「掛けをしていただと!?」
「そうです。そのため俺が抗議したら意外な結果と言われましたよ。貴方も貴方です、ベルンスト様。あの方はバルドイーン様かベルンスト様が抗議しに来ると思っていたとおっしゃってましたよ。もうちょっとお父上と正面から向き合うべきではないでしょうか?親子なんですからもっと話し合うべきだと思います」
「それは……そうだな、私にとって父はとても遠い存在で正面からぶつかり合うことは考えたこともなかった。確かに対話したこともほとんどないな」
「大事なことは本気でぶつからないと駄目ですよ、ベルンスト様。俺は本気を出して正面から陛下とぶつかってきました。ちゃんと目的を達成しましたよ」
「ああ、それに関しては本当に凄い。心底感服した。大したものだ」
「俺にとってはあの方はもう、酒場にいそうな意地悪オヤジですよ!」
「それは不敬罪になるから口に出しては駄目だアスター!」
「もうさんざんご本人の前で言いたい放題してきましたから今更です!めちゃくちゃ笑われて、黒将軍やめて側近になれと言われましたよ」
「何だって!?」
「俺の反応が新鮮で面白いってだけですよきっと。そなたが側にいたら実に毎日からかえて面白そうなのにって言われましたから」
「だがそれほど父上が誰かを気に入られるのは珍しいぞ、本当に珍しい。私は今まで聞いたことがない」
「なんっかもう俺にとっては前途多難ですけどねー。絶対どうでもいいことで呼び出されて相手させられるんですよきっと。さっさと即位してください、殿下」
「気が早すぎるぞアスター。まだ決まってないのに。他の兄弟だって諦めてはいない」
「いいえ、貴方かバルドイーン様です、殿下。俺はさきほど陛下からはっきりと聞いてきました」
「何だと!?」
「陛下が貴方とバルドイーン様は合格だとおっしゃったんです。他の殿下方に関しては不要だとおっしゃった。これが明らかに答えではないですか。陛下は貴方かバルドイーン様を後継者として考えておられるということです」
アスターの言葉には他の側近たちの方がはっきりとした反応を見せた。
「その通りです殿下。もう決定したようなものです」
「おめでとうございます殿下。我々も安心致しました」
「これで一安心ですね殿下。あとは公式発表があればいいのですが」
そんな話を聞きながらアスターは周りを見回した。
「ティーセットをおける飾り棚がないですね。あれがないと紳士とは言えませんよ殿下」
「ここは執務室だし、お茶は侍従が入れてくれるものだ。つまりこの部屋にはない」
「侍従が。なるほど王家ではそうなんですね。この教えは上流貴族出身であるカーク様に教わったのでてっきり王族もそうだと思ってました」
「そういえばそなたはカーク青将軍の元側近だったそうだな……彼に気に入られているのか?」
「今でも交流があるのは確かですがどちらかと言えば持ちつ持たれつの関係ですね。俺は平民なので貴族相手の面倒事があった場合に頼ったりします。その代わりに良い男の情報を流したりしてます」
「何だって?何の情報だと?」
「カーク様好みの良い男の情報を流したりしてます」
「……そういえば彼は独特の趣味で有名だったな。男だけのハーレムを築いているとは事実なのか?」
「はい、事実です。そしてですね、どういうわけか真面目な堅物って感じの方ばっかりカーク様に引っかかるんですよ、すごく不思議ですよ俺は」
「そうなのか……」
「ベルンスト様は結構カーク様好みだと思うんでお気をつけ下さい。ちなみに俺は手足の長さが長すぎるとのことでハーレムに入れませんでした。まぁ入りたいとは思っていなかったんで別にいいんですが」
「それは危なかったな!」
「ハハハ、そうですね!この手足の長さは戦場ではすっごく有利に働くんで不満はないんですけどね」
「しかしそなたは本当に取り繕わないし、正直だな。どんなことも正直に話してくれる。そこが父上にも新鮮だったのかもしれないな」
「あー、そうですね、確かにそうかも……?自分が正直かどうかなんて考えたことはないですが俺の言動が面白がられたのは事実です。とにかく陛下には笑われました」
「それがとても凄いんだが……」
そう言ってベルンストは苦笑している。
今まで国王とほぼ交流がなかったアスターにとっては何が驚きなのかさっぱり判らない。ただ、今回の件で叱責を受けることがないのは確実だ。王は愉快犯だ。完全に面白がっていた。
「そうだ、クリフト殿下を保護しましたので一応お伝えしてきますね」
「何だって?一体どこで」
「俺の公舎前で短剣片手に襲ってこられたんですよ。それで保護して俺の師匠の元へ預けました。俺の師匠はロドリク元黒将軍なんです。元王族だからと言って遠慮はせずに厳しく鍛えると師匠は言ってくださいました。クリフト殿下もすべて失った身だから捨て身で頑張るそうです」
「そうか……クリフトが……」
「騎士に対して憧れを抱いておられたようです。将来騎士になられるかもしれません」
「年齢的に厳しくないか?クリフトはもう二十代だ」
「いえいえ何をおっしゃってるんですか。騎士に遅いも早いもないですよ。俺の元にいる軍師のホーシャム赤将軍は60歳近くになってから騎士になった方ですよ」
「何だって!?そんな人物がいるのか!?」
「四十年近く一般兵として頑張っておられて、俺と同じタイミングで騎士に上がられたんです。その後は順当に出世して、現在俺の側近ってわけです。士官学校こそ出ておられませんが、四十年以上もの間、戦場に出られた経験がある、その実戦経験の重みってのは大きいですよ。俺は彼を大変頼りにしています。過去、彼の判断が間違っていたことはありません」
「なるほど……だがそんな人物が四十年も一般兵としてくすぶっていたという事実は問題だな。一般兵が騎士に上がるための門戸をもっと開いてもいいかもしれない」
「そうですね。実は俺の側近のマドックもじーさんほどじゃないですが長く一般兵だった人物なんですよ。やはり一般兵でも優れた人物はいますから、そういう人材を発掘するのは良いことだと思います。今度黒将軍の会議で提案してみますね」
「ああ、やってみてくれ。もし助力が必要であれば相談してくれ」
「ありがとうございます」