綱~勝利をたぐり寄せる手~
国王バロジスクは自室にいた。側には年若い女が侍って、酒をついでいるところであった。
「失礼致します!!」
勢いよく入ってきたアスターに女が驚いたように顔を上げる。バロジスクは少し面白そうな表情でアスターを振り返った。
「許可無く入室致しましたことをお詫び申し上げます!さきほどレンディに命じられた内容を聞きました!子供は国の将来を担う重要な存在だと思います!どうかご命令を撤回なさってくださいますようお願い致します!」
激怒されるか冷静に叱責されるか、どうなることかと思いつつ緊張して返答を待っていると、バロジスクは笑い出した。
「真っ正面から抗議してきたのが新米の、それも平民出身の黒将軍か。これは意外な結果だ。そして少しばかり残念だな……私はバルドイーンかベルンスト辺りを考えていたのだが」
その反応にアスターは察するものがあった。
恐らくは賭けていたのだ。この反応、勝手に賭け事をして楽しむ連中にそっくりだ。軍にはそういう性格の悪い連中もいる。ちなみにシプリの側近たちがこういうタイプだ。上司だろうが何だろうが遠慮無く賭けの対象にして楽しむのである。
「陛下ー、賭けてましたね!お子さん方の命を賭けに使うなんて悪趣味にも程がありますよ!」
そう抗議するとバロジスクは更に笑い出した。側にいる若い女は話についていけてないようで戸惑ったような表情をしている。
「ハッハッハッハ!なるほど面白い。平民で通常印とのことだが黒に上がっただけはあるな。そなた軍人などやめて、私の側近にならぬか?楽しい日々を約束してやるぞ」
「結構です!!上がったばっかりなのに引退を勧めないでくださいっ!!」
「なんだつまらん。そなたが側にいたら実に毎日からかえて面白そうなのに」
「その動機が最悪ですよ!」
「ハッハッハッハ!!」
「ったく……それで命令撤回はしていただけるんですか?」
「そっちは結構本気で命じたんだが……先代と先々代の王の兄弟が最悪でな。ずいぶんと放蕩し尽くして国庫を荒らしてくれた。王族だからとやりたい放題で、王族だからと処罰も出来ぬ。そんな状態が続いた。それを見て生かしておいてもろくな事がないと思ったのだ」
「いやいやいや、だからってそんな。幼いお子さんだっていらっしゃるんですよ!」
「そなたの感覚は実に健全で真っ当だ。恐らくは両親に慈しまれて育てられ、愛情溢れる家庭で育ったのであろうな。それが理想だ。だがその理想が当てはまらぬパターンもあるということだ。私は国民のために不要な王族は切り捨てるべきだと考えている。安心しろ、第一王子と第二王子は合格だ。どちらが王になろうともう片方を切り捨てるつもりはない」
「他のお子さんたちは!?」
「不要だ」
「いやいやいや、それじゃ意味がないですっ!!」
「何?そなたはベルンストを推していると聞いていたが違ったのか?」
「その通りですが実の子を殺すってなんですか!せめて嫁がせるとか何らかの道を与えてくださいよ!それが親の務めってもんでしょう!」
「親の務めか……そのようなこと初めて聞いた」
「エエーッ!!どうなってんですか、王家の子育て方針は!!」
「子育て方針とな?その言葉も初耳だ」
「エエーッ!!陛下、貴方は一度教会に行って、子を愛情持って慈しんで育てるって話を聞いてこられるべきです!!そして馬鹿な子ほど可愛いっていう大変有名な言葉の意味をよく考えてみられてくださいっ!!」
「ハッハッハッハ!!」
「ちょ、陛下、笑い事じゃなくてですね、俺は本気で怒ってますっ!!」
「面白いだろう、国王よ。これが源泉の魂を持つ者だ」
「うむ、実に面白い。予想以上だ、青竜よ」
「とりあえずレンディに下した命令は一時撤回しておけ。こういう存在はな、絶対に引かない」
「ふむ、よかろう。……アスター将軍、青竜からの依頼故、さきほどの命令は一時撤回することにする。これでいいか?」
「はい!ありがとうございます!ディンガもありがとよ!」
「うむ。そして俺は国王と少し話がある。そなたは席を外せ。もう用件は済んだから良かろう?」
「判った!それでは陛下、失礼致します。要望を受け入れてくださりありがとうございました!」
アスターが部屋を出て行き、レンディは深々と息を吐いた。バロジスクへの発言は暴言に近いもので、ハラハラドキドキしっぱなしだったのだ。
過去にバロジスクに対し、あれほど言いたい放題をした人間はいなかった。誰もが国王に対して顔色をうかがうようにしか発言しなかったのだ。
「判ったか?国王。源泉の魂を持つ者はこういう感じだ。このように高位の相手であっても抗議することを躊躇わないから、国王のよき片腕となれる。王が道を踏み外した時に忠告を忘れない。我が身が危険になろうとも絶対に諫言してくる。そして忠告して、疎まれて、危険な任務を命じられたとする。それでも信じた相手を絶対に裏切らないし、憎まない。その相手のために命を賭ける。どれほど穢れを放り込まれても清めてしまう精神の持ち主。源泉の魂を持つ者とはそういう存在だ。そなたは幸運だ、バロジスク。この魂を持つ者は本当に歴史に現れないからな」
「確かに面白く興味深い。……そしてあれを手に入れたのがベルンストか……」
「そうだな、これも一つの巡り合わせだ。アスターはベルンストを気に入ったようだから源泉の魂を持つ者を手に入れたのは第二王子ということになるな」
「面白い。久々に退屈しのぎになるものを見たな」
「……アスターは貴方のことを悪趣味な賭け事好き人間だと思ったよきっと!」
レンディが口を挟むとバロジスクはまた笑い出した。まるで笑い上戸のようだ。この王がこれほど笑うのは本当に珍しい。そして相当にアスターのことを気に入ったようだ。
「誰と賭けていたの?」
「ああ、ツィーリエと。あいにく国境沿いで亡くなったようだが」
「ああ、第一王妃様と……。確かにあの方も悪趣味だったね」
「あれは少々火遊びが過ぎたようだな。そんなところも可愛かったのだが」
「お妃様に甘く、子供たちに厳しくするからアスターに怒られるんだよ」
「真っ当な人間というのはああいう人間なのだな、実に珍しい。本当に久々だ」
「俺への命令は撤回したけど今後どうするの?」
「そうだな、お手並み拝見と行こうか」
「結局殺し合いは推奨するんじゃん」
やっぱり悪趣味だね貴方はとレンディは溜息を吐いた。