綱~勝利をたぐり寄せる手~
穀物を石臼でひいた粉に水を混ぜて、鉄板で薄く丸く焼く。それに野菜や肉を乗せてソースで和えた食べ物は庶民に人気の食べ物だ。
黒将軍になってもそういった食べ物が大好きなアスターは、公舎近くの屋台でそれを購入した。店主はアスターが下っ端だった頃からの顔なじみである。知り合った当初は幼かった子供も今では大きく成長し、親を手伝っている。そろそろ徴兵の年頃だろう。
「アンタが将軍様になってくれてよかったよ!アスター軍なら徴兵が工事だけで済みそうだってもっぱらの評判だからなー!これはサービスだ、うちの子をよろしくな!」
「おいおい、うちだって出撃ぐらいあるぞー。けどまぁ、ちょっとした融通ぐらいは利かせられる。確実に戦場を逃れるなら地方の砦作りが確実だぜ?王都に残ったら出撃の時、連れて行く可能性が高い。こないだのエランタ砦奪還の時がいい例だ。あの時は王都にいた兵は全部連れて行ったからなー」
「ううん、そうか。自宅から通いながら徴兵に行けたらそれが一番楽だと思っていたが、そうなると微妙だなぁ……」
「出撃を避けられるなら地方任務に行くよ、お父さん。だってその方が確実に生き延びられるでしょ?」
「そりゃそうだが……。なぁアスター将軍、どうにかできねえか?」
「悪いがおやっさん、さすがにそこまでの特別扱いはできねえ。できるのはせいぜい配属先の融通を利かせてやるぐらいだ。これでもかなりのサービスだぜ?おやっさんは俺の家族ってわけじゃねえからホントはこういうこと駄目なんだ。俺だってあんまり特別扱いする相手が多かったらいろいろ周囲から言われるんだからなー。この手の頼まれ事ってすっげえ多いから俺も断るのに苦労してんだ」
「それもそうか。いや、贅沢言って悪かった。息子のことよろしく頼む」
「まぁ、うちが作ってる工事現場ならどこでもいいが、おすすめはマドック青将軍が作っている砦の現場だ。一時期はそこの領主である貴族と揉めていたがもう解決したから安心だぜ?王都からもそれほど離れていないからな」
「なるほど……そういえばアンタ、ベルンスト第二王子についたって噂を聞いたが本当か?」
「えー、おやっさんが耳にするほど話が広まってるのかよー。マジだけど」
「ここはアスター軍公舎の前だぞ。お前さんの部下たちが主な客だからそりゃ噂は回ってくるさ。そうか、本当なのか。ノース軍と敵対するのか?」
「いいや、手を組んでるぜ。バルドイーン様とベルンスト様は大変仲が良いご兄弟なんだ」
「ほぉ、そうなのか。そっちの話はデマかと思っていた。熾烈な後継者争いが行われているってもっぱらの評判だからなぁ」
「後継者争いが熾烈化しているのはマジだが他のご兄弟とだなー。だが次の王は間違いなく第一王子か第二王子で決定だ。それは揺るがないと思うぜ」
「やっぱりそうなのか」
そんな話をしていたら、『アスター将軍、覚悟せよ!』と言いながら襲いかかってきた男がいた。あまりに稚拙な攻撃だったため、アスターは余裕を持ってその男を捕らえた。
「ええ?クリフト殿下、一体どうしてここに?」
「そなたのせいで、そなたのせいで私は廃嫡されたのだ!!責任を取れ!」
「ええーっ!?一体どういうことですか!?」
するとタイミングがいいのか悪いのか、クリフトの腹がぐぅーっと鳴った。
よく見るとクリフトは少し薄汚れていて窶れている。食事も取っていないのだろうとアスターは読み取った。
「とりあえずこれでも食ってください」
「このような食べ物を私に食べろと?」
「殿下、貴方は廃嫡されただけでなく、王宮から追い出されたのではないですか?」
「……」
「王族としての資格を失われたのであれば貴方はただの一般人なんです。平民です。ならば今はとにかく生き延びることを考えねばなりません。とりあえず召し上がってください。平民の食べ物ですけどね、新鮮な材料で作られた出来たての食事は美味しいですよ」
そう告げるとクリフトは躊躇いがちに口にした。やはり空腹だったのだろう。一口食べたら後はむさぼるように食べていた。
「殿下、宛はあるんですか?」
「…………」
「母君のご実家は?」
「私の母は亡くなった第一正妃だ。実家は兄を王にするため、私を邪魔だと思っている……」
「なるほど……ふむ、それなら騎士を目指してみませんか?」
「騎士を……!」
急に嬉しそうな表情となったクリフトにやはり彼は軍人に憧れを抱いていたのかと思った。黒将軍に妄想を抱いているとのことだったが、やはり憧れから来ていたらしい。
「俺の師匠はロドリク元黒将軍です。今は道場を開いておられます。師匠に鍛えられたおかげで俺はここまで登り詰めることができました。大変指導が上手い方なんですよ。その方の元で基礎を身につけ、騎士を目指されてはいかがでしょうか?ですが師匠の指導は厳しいですよ?覚悟はあられますか?」
「もう何もかも失った身だ。捨て身で頑張ってみる」
そう答えたクリフトはアスターをジッと見つめ、軽く頭を下げた。
「すまなかった。世話になる」
「はい、では師匠の元へ送りますね」
ロドリクの道場は王都でも外れの方にある。
そのロドリクには『大変な面倒事を持ち込んでくれやがったなテメエは』と盛大に顰め面をされた。元王族が住み込みで弟子になったのだ、その反応は無理もない。
「殿下、本当に覚悟はあるんでしょうな?ワシは元王族だからと遠慮はしませんぞ」
「すべて失った身だ。捨て身で頑張る」
「なるほど、それじゃホントに遠慮はしませんぜ?ビシバシ鍛えますからな?」
アスターは迷惑料として師匠に金を差し出した。
本当に迷惑だから遠慮無くいただくぞと言って師匠はその金を受け取ってくれた。
その後アスターは軍の総本部でレンディに会って事情を聞いた。
「クリフトはどうせ玉座につくのは無理だからとやけになったのか、ここのところ酷い振る舞いでね。とうとう陛下の妾にまで暴力を振るってしまったんだ。それで陛下の怒りを買ってね。陛下はクリフトを殺すつもりだったんだよ。でもバルドイーンが王宮から逃がしたようだ。恩情をかけたんだろうね」
「勝手に逃がして、バルドイーン様が叱責される恐れはないか?」
「どうせ野垂れ死ぬだろうと陛下は気にしておられなかったよ」
「そっか……」
ならば追っ手がかかる恐れはないか、とアスターは密かに安堵した。
「それに王宮内はそれどころじゃないって空気になっててね。クリフト王子が追放されたことで次は自分かと他の王子王女が慌てているんだよ。とうとう粛正が始まったか、って言われているんだ」
「あー、なるほど。そうなるのか」
アスターは少々悩んだ。
自分が応援しているベルンスト王子は大丈夫だとは思うが万が一のことを考えたら不安になる。護衛をつけるだけで大丈夫だろうか。
「なぁ坊。俺はベルンスト様を応援しているんだけどよー、大丈夫かな?いきなり粛正されたりってのはないよな?」
「ベルンストなら大丈夫だろうね。けどさ、なんで気に入ったの?確かに他の王族よりはマシだろうけどさ、まさか恋人を失った姿に同情したの?」
「うーん、きっかけはそれかもな」
「ええ、ホントに?」
「あんなに一途に誰かを愛する姿を久しぶりに見た気がした。ヘタしたら初めてかもしれねえなぁ……。軍に入ってからは誰かを騙すとか騙されるとかそういうのばっかり見てきたからさ、新鮮に感じたよ。純粋に人を思う姿って美しいよな。ましてや王族でよ、隙を見せたら足元をすくわれるような世界であれほど真っ直ぐに誰かを愛せるもんなんだな。俺は平民だからカミィ殿を穢らわしい娼婦だなんて思わねえし、ベルンスト様の為に亡くなったあの人はあの真っ直ぐさに負けてしまわれたんだろうなって思うよ」
「……ふぅん、やっぱりあれは自害だったんだ?」
「ああ、ほぼ間違いねえだろうな。坊はずっと中立を貫く気か?」
「そのつもりだけどちょっと風向きがおかしくなってきてる」
「ええ、どういうことだ?お前に味方になってくれって頼んでくる王族がいるのか?」
「違うよ。陛下がさ、お前の判断でいいから穀潰しだと思った王族は片付けろって言い出したんだ」
「ええー、それは過激すぎだろー!坊にそんなことを命じるなんてあんまりだ!ちょっと陛下に抗議してこようかな」
「ちょっと待って、アスター。それ本気?」
「だってあんまりだろー。我が子だぞ我が子。なのに殺すっておかしいだろー。オマケに坊にそんなことを命じるなんてよ、責任を坊に押しつけたようなものじゃねえか!坊が恨まれたらどうするんだ!」
アスターの言葉にレンディは胸が熱くなった。アスターはどちらかと言えばレンディの方を心配しているらしい。しかし、王に抗議するというのは危険だ。走り出そうとしたアスターを慌てて止めた。
「駄目だってアスター。これはもう何年も前から王が考えていたことなんだ。だからちょっとやそっとの抗議じゃ受け入れてもらえない。ちゃんと策を練らないとうまくいかないよ」
「我が子を殺すことを何年も前から考えてるっておかしいだろ!」
「だからそれは平民の考えなんだよアスター」
「いやいや、貴族だろうが何だろうがちゃんと我が子を慈しむのは人としての本能だろ!?絶対に陛下の方がおかしいぞ!」
「そうかもしれないけど、それを口に出したら不敬罪になるから」
「けど陛下が命令を撤回なさらなかったら、坊は命令を実行しなきゃいけねえんだろ?坊が憎まれたり嫌われたりするのは絶対に嫌だ。行くぞ坊。お前もついてこい」
「ええ、嘘だろ!?本気!?」
レンディの腕を掴んだまま走り出したアスターにレンディは驚愕した。青竜が体に巻き付いたまま、楽しげな声を上げる。
「これは面白くなってきたな。さすがは『源泉の魂を持つ者』だ。心配するなレンディ。俺が守ってやる」
通常、使い手以外の人間に関心が無い青竜がアスターを守ると言ってくれた。そのことにレンディは少し安堵した。