蝶~夢境の鳥かご~


 戦勝報告という名目で面会に来てくれたアスターを自室に通したベルンストはアスターにケーキ屋へ行かないかと誘いを受けた。

「今、王都で評判のケーキ屋があるんですよ。俺も何度か食べましたが本当に美味しかったんでレンディにもプレゼントしました。あいつも美味いと言ってましたよ。ここから行くとなると大聖堂の前を通ることになります」

 その言葉を聞いてベルンストは隠された意味に気づいた。
 ケーキ屋へ行くのに大聖堂の前を通る。つまりケーキ屋へ行くという名目で王宮を出て、大聖堂の墓地へ行こうと誘われているのだろう。カミィの墓参りをしませんかと誘われているのだ。
 アスターがエランタ砦奪還のために北東アーティオ地方へ行っていたがその間、ベルンストは王宮を出ることが適わなかった。元々そう気軽に王宮を出られるような身分でもないし、お忍びで墓参りに行きたいと願ってもそれを叶えてくれるような側近はいない。もう二度とあの場所へ行くことはないだろうと覚悟を決めていただけに嬉しい提案だった。

「そうだな、是非食べてみたい。四日後の午後なら空いている」
「判りました。では四日後の午後、お迎えに上がります」
「ああ、ありがとうアスター」
「どういたしまして。」

 二人の会話に居合わせた側近二名が顔をしかめている。頭の回転が早い側近たちだ。アスターの提案が気に入らないのだろう。だが派手に反対するほどでもないと思われているのか、表立って反対はされなかった。

「殿下、頼み事をしてもいいですか?王都近郊に領地を持つバルベ家をご存じでしょうか?ハーケ男爵のご親族にあたる方らしいんですが」
「ハーケ男爵の方なら判るがその親族とやらは知らないな」
「そうですか、実はギルフォード将軍のご実家にちょっかいをかけているようなんです。ギルフォード将軍の父君がそのご親族にお世話になった過去があるらしく、無碍に出来ない相手なんだとか。お力添えを願えませんか?」

 その言葉にピンと来た。この件に協力をすればギルフォード黒将軍を味方に引き込める可能性があるということなのだろう。
 そしてそんな提案をされたことに驚いた。アスター将軍はまだ新米の黒将軍だ。他の将軍たちへの影響力は小さいと思っていたし、繋がりが深い将軍はノースぐらいだと思っていた。だから他の黒将軍を味方に引き込む手伝いをしてくれるとは思ってもいなかったのだ。

「そなたギルフォード将軍と付き合いがあるのか?」
「はい、かなりあります。ギルフォード将軍の婚約者は俺の部下です。そいつは俺と新兵の頃から同じ隊で助け合って生き延びてきた大切な友人なんです。そしてギルフォード将軍の運命の相手であるスターリング将軍とも付き合いがあります。彼の婚約者も俺の友人なんですよ。それも俺の実家に勤めてましてね。つまり建築士です」
「そうだったのか!」
「そういうわけでお二方と俺は交流があるんです。今回の件、すでにギルフォード将軍と話がつけてありますんで、お願いできませんか?」

 話がつけてある。つまりこの件に協力したらギルフォードがベルンスト側になってくれるということだろう。ただ単にベルンストが協力するだけなら『話をつけてある』とわざわざ言う必要がないからだ。こういう言い回しをするということは『ギルフォードの実家を他の貴族たちから守る代わりにベルンスト側へついてくれる』という意味だと読み取れる。

「なるほど、協力しよう」
「ありがとうございます。お二方にも伝えておきます」

 お二方という言い方をされた。つまりギルフォード将軍を味方につけたことで自動的にスターリング将軍もついてきた、というわけだ。

「ずいぶんと美味しい話だな」
「そうですか?実を言うとギルフォード将軍をこちら側に引き込んだらスターリング将軍もこちら側になるのは確定でしたよ。あのお二人の軍は二人で一つって感じで何でもかんでもお二人でなさるんですよ。ですからあのお二人の部下も混ぜこぜ状態です。一応名目上はどちらかに所属しておられますが公舎に行ったらスターリング軍公舎にギルフォード将軍の麾下の将がいらっしゃるなんてことはザラでその逆もザラにあります」
「そうなのか、興味深い。軍の話は我々には入って来づらいからな」

 これでガルバドス八将軍のうち、五名がバルドイーンもしくはベルンストの勢力についた。
 残る三名のうち、レンディは完全中立を貫くと宣言しているから放っておいていい。味方にはできないが敵にもならないことが判っているからだ。
 残るはゼスタとアニータだがこの二人の将に関してはベルンストはほとんど知らない。

「あとゼスタ将軍ですが俺の部下にゼスタ将軍のところから移ってきたヤツがいるんです。そいつ経由で話をつけておきます。味方に引き込むのは難しいですが他の王子につかないよう頼むことぐらいは可能だと思いますんで」
「そうなのか。まぁこの際、他の王子につかないならそれでいい」
「はい。ゼスタ将軍は王位継承問題に関わろうとはなさらないと思いますんで大丈夫ではないかと。あとアニータ将軍ですが同じように話を持って行ける程度の付き合いはあるんでこちらにも話をしておきます」
「そうなのか!?」
「アニータ黒将軍の元上司であるリーチ元黒将軍に頼んでおきます」
「驚いた……そなたずいぶんを顔が広いんだな……」
「まぁ、そうですね……今のガルバドス黒将軍とはどなたともそれなりに仲良くやれてますよ。黒将軍はなれ合うなと言われてまして、競い合うことを推奨されているってことですがやはり最低限の付き合いはあると申しますか、欲しい人材を貰うために取引をしたり、作っても作っても流される橋をどうにかしたいと相談されたり、女だらけの軍を作りたいからうちのカーラが欲しいと言われたりとか……まぁ断ったんですけど。カーラに異動されたら俺だって困るし当人も望んでないし」
「なるほど、そういう軍の内部事情の話は非常に興味深い。ところでそなたレンディと仲が良いのか?」
「はい、恐らく黒将軍の中では一番仲が良いです。……聞いて下さいベルンスト様。俺は徴兵時代に戦場で一人の子供を見つけました。俺は少年兵だと思って声をかけて世話をしました。可愛かったし、懐いてくれたし、一緒に飯食ったり風呂に入ったり、チェスの駒を手作りしてプレゼントしたりして可愛がってたんですよ!」
「この話の流れ、まさか……」
「そのまさかだったんですよ!可愛がってた坊がレンディだって知った時の衝撃!卒倒するかと思いましたよ!まさかあいつが無造作に身につけていた鎖が青竜だなんて考えもしませんでしたし、徴兵期間が終わったら実家に連れ帰る気満々だったんです。俺はあいつを建築士見習いとして雇う気だったんですよ!」
「それはまた意外な出会い方だな……」
「まぁそういうわけで俺はあいつを弟のように可愛がってます。坊がレンディだったとしても坊は坊ですしね。何かが変わったわけじゃありません。俺には可愛い弟みたいなもんですよ」
「あのレンディをそのように扱えるのはそなたぐらいだろうな。……弟か……。私は弟という存在にろくなイメージがない」
「それはそうかもしれませんが普通弟ってのは可愛いもんですよ。殺し合ったりしないのが普通です」
「それは判る。我が王家には当てはまらないが」
「どうも陛下のお考えが理解できなくてですね……」
「まぁ平民出身のそなたならそうだろうな。だがあまりそういったことは口に出さぬ方がいい。不敬罪となる」
「んー、そうかもしれませんが陛下がそういうことを気になさいますかね?実力さえあれば認めるというお考えの方です。俺は軍人として結果を出しておりますので陛下がお求めになる基準には達しているのではと考えてます」
「なんだ、そなた父をちゃんと理解できているではないか」
「それぐらいは判るというだけですよ。黒将軍になるためには陛下の承認が必要となります。つまり俺は黒将軍になれるだけの力があると認められたということでしょう。莫大な権力を持つに相応しいと認められたってことになりますからね。……まぁ今でも心底不思議なんですけど」
「まぁ確かにそなたは黒に上がるまでは全くの無名だったな。私も名を聞いたときは誰だそれはと思ったものだ」
「でしょうねー」
「言い切るか。そなたプライドはないのか?」
「あのですね殿下。プライドなんてものは命のやり取りをする時に何ら役には立ちません。這ってでも生き延びる覚悟をした人間だけが生き残る。戦場ってのはそういう世界です。ですから殿下、俺が不在だった時にそういう状況に陥ったら、這ってでも生き延びてください。生き延びさえしたら俺が敵を全部片付けます」
「私に這ってでも生き延びろなどと申した者はそなたが初めてだ。王族に対して求めることではないな」

 そう言いつつもベルンストは不快ではなかった。アスターの考えが気に入ったからだ。

「そうですか?貴方がお亡くなりになったらカミィ殿の覚悟が無駄になります。俺はどんな手を使ってでも生き延びるべきだと思います」
「なるほど……確かにその通りだ。……そなたはカミィのことを忘れないのだな」
「いやいやいや、まだそれほど時間は経っていないではないですか。そんな薄情な……」
「もう終わったことだ、忘れろと周りから散々言われたからな」
「うーん、殿下。確かに忘れることが安らぎとなる場合もあるのでその考えを否定しません。ですけどね、これは軍での弔い方なんですけど、戦場で亡くなった仲間を弔うために酒を飲みながら思い出話をするんです。そうすることによって多くの人の心に亡くなった仲間の様々な想い出が刻まれる。生者はそんな仲間を時々思い出しては『あいつはいい奴だったなぁ』なんて語り合う。それを弔いとするんです。亡くなった人は生きた人の心の中で生き続ける。そういう考え方です」
「人の心で生き続けるか……私はカミィを忘れなくていいのだな」
「ええ、忘れないであげてください。そして俺にもカミィ殿の話をしてください。そしたら俺の心の中でもカミィ殿が生き続けることとなるのですからそれを弔いとしましょう」
「カミィの話をしてくれと言ってきた者はそなたが初めてだ。ああ、語ろう。あれとの出会いから話そう」

 アスターはカミィの話を興味深そうに聞いてくれた。 
 そして側近たちもその邪魔をしてこなかった。理由の一つはアスターが今現在強力な味方となっているからだろう。彼がギルフォードとの取引の話を持ってきてくれたおかげでバルドイーン以上の戦力を味方側に引き込むことができた。これは玉座を狙う身としては大きな意味合いを持つからだ。アスターと敵対してしまえばその戦力ごとバルドイーン側に移られてしまう危険性がある。そう考えて不興を買わない方を選んだのだろう。
 そうしてたっぷりと話を聞いてもらった。今まで誰もカミィの話を聞いてくれなかったから新鮮だった。だが亡くなった恋人の話をすることは悲しくも楽しいもので心癒やされる時間となったのだった。