蝶~夢境の鳥かご~
北東アーティオ地方の砦が隣国ウェリスタに奪われたという報が入ってきたのは、ベルンスト王子の愛人が殺された事件があってから数日後のことであった。
アーティオ地方の砦は正式名をエランタ砦といい、アスター軍が作った砦の一つだ。よって今回はアスター軍が出撃することとなった。
ガルバドス国では出陣を黒将軍によるくじ引きで決める。
だが出陣となる理由が特定の将軍と関係が深い場合はその将軍が担当となる。先日、第一王妃が誘拐された一件で出陣したのがダンケッド軍だったように、関係が深い場合はその将が担当となるのだ。
そして今回、北東アーティオ地方のエランタ砦の奪還はアスター軍が担当することになった。奪われた砦を作ったのがアスター軍だった為である。
アスターとしては出陣したい軍がいたら譲ってもいいと思っているぐらいだが、今回の件は暗黙の了解でアスター軍が出るものだと誰もが思っている。他でもない部下たちもそう思っているらしく、麾下の青将軍たちはせっせと出陣準備を始めている。……アスターが命じてもいないのに準備を始めているのである。
そして他の黒将軍も何も言って来ない。出陣を譲れと言ってこないのだ。やはり今回の一件はアスター軍が担当するべきだと思っているのだろう。
しかし、今回の一件は急だったこともあり、出払っている将も多い。出られそうな軍はシプリ、マドック、ザクセンの三隊しかいないのだ。つまり総力戦で行けるわけではない。
そのため他の黒将軍に戦力を借りるべきだろうかと悩んだアスターだったが相談した相手であるザクセンは砦攻略だけならこの三隊でも行けるだろうと言ってくれたので、青将軍三名を連れていくことにした。
そして無事勝利できたのだが……。
「なんで落ち込んでいるんだアスターは」
「砦を全壊させてしまったんだよ、レナルドが。半壊予定だったのにレバーを全部引いて全壊させて、砦に籠城していた敵国の御貴族様を全滅させたのさ」
怪訝そうに問うザクセンとそれに応じるシプリの声が聞こえてくる。しかし反論する気力もないぐらいアスターは落ち込んでいた。
砦を建設した時、いざとなったら砦を破壊できるよう細工を施していたのはアスターだ。そういう風に設計をした。
そして今回砦攻略のためにそれを使うことにした。そのためにレナルドを忍び込ませてレバーを引いてきてくれるように頼んだのだ。
アスターは半分だけ引くよう頼んだ。砦攻略に不都合となる部分だけを破壊しようと思ってのことだ。だが思い切りのいいレナルドは全部引いてしまった。
しかしその結果、ウェリスタ側の動揺を誘うことに成功し、戦いは完勝した。
そのためアスター軍の評判も上がって良い結果となった。人的被害を最小限に抑えて完勝することができたのだから。つまりは落ち込んでいるのは砦を気に入っていたアスターばかりだ。
「俺の最高傑作だったのに!!」
「砦というのは軍事要塞だ。敵の侵略から国を守るためのものだから奪われたら意味がない。むしろ敵を守ってしまう道具に使われてしまうってことになるから存在していては不利になる。つまり奪われたら破壊するってのは間違っていない。砦というのは奪われていない状態じゃないと存在している意味がない」
軍人としての経歴が長くて戦慣れしているザクセンに淡々と指摘され、アスターはがっくりと肩を落とした。
更に追い打ちをかけるかのようにシプリが口を開いた。
「そもそもさぁ、最高傑作と言ってるわりにあっさりと奪われちゃってるじゃないか。敵国に奪われるなんて最高傑作と言えるの?隙があった証拠だと思うんだけど。嘆くより反省をしてもっと質の高い砦を作る努力をするべきだよ」
「うう、それもそうだな……。敵に奪われているんじゃ最高傑作とは言えないか……」
「そもそも砦内部を高齢化に対応させているところがどうかと思うが。何故段差を作らないとか手すりをつけるとかなるべくスロープにするとか拘っているんだ。軍公舎ならまだ判るが軍事要塞である砦でそんなことに拘ってどうする。高齢者を砦に配属させることはねえだろ?手すりが必要で段差で転ぶような危険性がある人間は自宅でゆっくり静養させるべきだ」
「けどよー、もしかしたらホーシャムさんが行く機会があるかもしれねえだろー」
「行かせるんじゃねえよ。砦で何か起きた場合は他の将に行かせて、ホーシャムには留守を守ってもらえ。必ず誰か一人は留守を守る役割の将がいるんだからよ」
「うーん、けど当人が現場に出ることに拘ってんだよなー。お年寄りとはいえ、あんまりお年寄り扱いするのもどうかと思ってよー。当人はまだまだ元気に働くとおっしゃってるし、あんまり閉じ込めておくのもどうかと思うだろー」
「あれは閉じこもっているとは言わねえよ。王都から出てないだけで公舎内部を生き生きと動き回っているじゃねえか。だから今後もそうさせておけと言っているんだ。少なくとも砦に配属はするんじゃねえよ」
「いや、俺も配属させるつもりはないんだけどよー」
「何度も言うが砦は軍事要塞だ。高齢化社会へ対応させるより敵に奪われないような設計を優先させろ。今回敵に奪われたという事実を考えて深く反省しろ」
手厳しく指摘され、アスターは凹みつつ『了解』と答えた。
ザクセンと性格的な相性がよくないシプリも今回に限っては庇ってくれなかった。つまりはザクセンと同意見なのだろう。
そうして王都に帰ると部下たちが公舎で出迎えてくれた。勝利おめでとうと次々に言われるが、砦をぶち壊してしまったことに落ち込んでいるアスターには大した慰めにはならなかった。
ともかく今回同行できなかった部下たちにいろいろと説明をせねばならない。そのため、麾下の将軍を集めて会議を開くことになった。
会議の主導はシプリが勤めてくれた。今回同行した将の一人だ。
彼は上官であるアスターの親友であり、徴兵時代から一緒であるためアスターに遠慮がない。そのためアスターが落ち込んでいる原因などもその毒舌で説明してくれた。
「お気に入りの砦を壊したから凹んでる?アホじゃのーっ。人的被害を最小限に抑えた方が重要じゃろう。砦は物じゃが人の命は取り戻せぬのじゃぞ?」
「ホーシャム将軍のおっしゃるとおりだ」
「同感だ。死者を最低限に抑えられたことの方が重要だろうに」
「そもそもアンタが変な設計に拘るから取られちゃったんじゃない?」
「そうだよ、高齢化に対応させちゃうから駄目だったんだよ」
「高齢化には対応すべきじゃと思うぞ?」
「けどそのせいでいろいろと設計に制限がでてしまったと聞いてるよ、ホーシャムさん」
アスター麾下の将は基本的に上官に遠慮がない。特に古なじみの側近たちは言いたい放題だ。
そんな部下たちにいろんな指摘を受けて凹んでいると、麾下の赤将軍で紅一点のカーラが口を開いた。
「そういえば!重要なことを思い出したわ。アンタが留守中、ベルンスト第二王子殿下の使者が来たのよ!アンタが戻ってきたら一度顔を見せてほしいって言われたわ」
「ああ、なるほど。墓参りにでも行きたいのかな?」
「その話だけどさ、埋葬のお手伝いだけで終わってないわけ?続いてんの?」
シプリに深刻そうな顔で問われ、アスターは戸惑った。
「どういう意味だ?そもそも埋葬の手伝いだけで終わるって何がだ?」
「だから!アンタはノース様側だったんじゃないのってこと!元ノース軍だからノース様寄りでつまりはダンケッド将軍寄り。間接的に第一王子様側の勢力だと思ってたんだよ俺らは!」
「実は俺もそう思ってた!」
「思ってたのかよ!じゃあなんで第二王子様から使者が来てるのさ!」
「いやそれが埋葬のお手伝いをしたら仲良くなっちまって。なんか気に入られちまって。なんかカミィ殿の扱いってマジ酷かったみたいで、側近たちがひっでえ態度でさぁ!埋葬の手伝いどころか葬儀にも出るなって主張しまくってたんだよ。無理矢理連れ出して葬儀に出席していただいたけど。だって惚れた相手の葬儀にも出られないなんて気の毒で気の毒で……」
「それで気に入られたと……そりゃそうだろうね」
「アスターらしい話じゃのぅ」
「アンタらしいわ、ホント」
「それで第二王子につくのか?そうなるとまた勢力図が変わるが」
少し面白そうにザクセンに問われた。ザクセンはここにいる誰よりも王宮内の事情に詳しい。長年王宮で暮らしていた経歴があるだけに王族や貴族、そして側近たちがどういう考え方をするのか知っているのだ。
「勢力図……あー、王宮内ってマジですっげえドロドロしている上、血なまぐさいよなぁ……ちょっと殿下に話を聞いたんだけどぶっ飛んでたわ……そして俺はあの王に従っていいものかちょっと悩んでいる」
「ほう?何を聞いた?」
「陛下がご自身の御子にこうおっしゃられたらしい。『玉座は一つ。玉座に座るべき者も一人でいい。次代を担う王子は一人いればいいのだ。王族が多くいても金が無駄に消費されるだけだ』と。陛下はお子様方の殺し合いを推奨しておられる」
「ほぅ……バロジスクらしい。確かにあいつなら言いそうだ。あいつ自身、自分の兄弟姉妹をほとんど皆殺しにして玉座についているからな。生き残った兄弟は嫁ぎ済みの兄弟だけだったという話だ」
「そうなんだよ!俺はそういうのどうかと思う。むしろ理解できねえ!」
「平民なら理解できなくて当然だ。だが王族としては面倒事を一気に片付けることができて手っ取り早い方法とも言える。政敵は少ない方がいい。玉座についた後に権力を持った兄弟が邪魔してくる可能性があるのならば粛正してしまった方が楽だ。スムーズに政策を進めるためにも邪魔者は減らしておいた方がいい」
「いやいやいや、だから殺すって俺には理解できねえ。無理無理無理」
「お前に理解できなくてもバロジスクはそういう考えだということは頭に入れておけ。今はあいつが王だ。そしてあいつはその考えを自分の子供にも押しつけている。つまり王子たちは他の兄弟を退けないと生きることが許されないってことだ。そして現時点でリードしているのは第一王子バルドイーンと第二王子ベルンスト。どちらも正妃の子で血筋がよく、実績も立てている。その実績はほぼ同等だから現時点ではこの二人の争いとなっている」
「けどお二方は仲が良いらしいぞ。それは確かな情報だ」
「確かな情報であっても現国王が争うことを推奨するような考えである以上、周囲は楽観的に考えないだろう。つまりライバルを排除しようと動く。そしてバルドイーンにはダンケッドがいる。ダンケッドはバルドイーンと結婚する可能性が高い。そうなるとバルドイーンには黒将軍が最低でも一人ついているということになる。他の王子につく黒将軍はいないから次期王はバルドイーンが優勢だった。今まではな」
ザクセンの説明を他の側近たちは静かに聞いている。
アスターの側近の将たちはほぼ全員が平民もしくはそれよりちょっといい程度の階級の生まれだ。つまり王宮内の勢力争いとは無関係に生きてきた者たちばかりであり、今回のような話には馴染みがない。そのため下手に口を開くことなく静かに聞いている。
「ダンケッドは生まれがよくて、あいつが嫁ぐだけでかなりの後ろ盾ができる。その上、ノースと関わりが深いから実質ノース軍も第一王子側として換算できる。それだけの力を覆そうと思うのであれば、ダンケッドと同等の力ある家の伴侶を用意し、二名以上の黒将軍を味方につける必要が出てくるというわけだ。つまりお前一人だけじゃ足りない」
「なるほど……けど俺はノース様やダンケッド将軍と敵対する気はないんだけどよ」
「お前がそう考えていても周囲はそう考えないということだ。恐らく他の将軍に接触しようとする王子がいると思うぞ」
「いやいや誰も応じねえだろ。そういうの興味なさそうな連中ばかりだぜ?」
「だとしても現状を大きく覆すためにはそれ相応の力が必要となる。特にバルドイーンとベルンスト以外の王子王女は実績を大きく引き離されているから必死だろう。そうなると黒将軍を味方につけるのが一番の近道だ。軍事大国の我が国は軍人が持つ権力が大きく、特に黒将軍となるとその影響力は絶大だ」
「ううーん、だからって応じるヤツがいるかなぁ?」
すると思いがけずレナルドが口を開いた。
「そういえばギルフォードが悩んでた。実家が脅しを受けてるらしい」
「エエーッ!マジかよーっ!……いや、待てよ。ギルフォード黒将軍のご実家の領地って結構王都から近かったよな?パッと行って脅しをかけてる貴族を逆に脅してやればいいんじゃね?」
実際それだけの権力を持つのが黒将軍なのだ。
そしてギルフォードの弟がシプリである。彼も実家の問題を初めて知ったのか眉を寄せている。
「なんか世話になってる人と関係している貴族でいろいろしがらみがあるって言ってた。面倒くさい関係の相手らしい。ギルフォードが悩んでた」
レナルドの言葉にザクセンが意味深な表情となった。
「なるほど、その貴族、背後に誰かがいるな。恐らく王子のうちの誰かだ。すでに黒将軍を味方につけている第一王子とは考えにくいから他の王族だな」
「そういえば殿下がゲラルト、ハスティングス、クラリッサ、マルガには気をつけろとおっしゃってたぜ」
アスターの発言にシプリが眉を寄せる。
「ちょっとアスター、そんなことまで教わったの?なんか完全に第二王子側になってない?」
「協力を要請されたら応じようかと思うぐらいには仲良くなっちまったからなー。俺、あの人のこと好きかも」
「呆れた、完全にほだされてるじゃないか。それでいいの?将来、ノース様たちと敵対することになったらどうするのさ」
「うーん、なるべくそうならないよう頑張るけどよ、こういうの慣れてなくてどうしたらいいのかわかんねんだよなー。でもギルフォード将軍のご実家の件に関しては手伝った方が良さそうだ。ギルフォード将軍ご自身で動かれたら面倒なことになる可能性があるお相手のようだからな。後で話をしてみる。場合によっちゃ、ギルフォード将軍も第二王子側に引き込んでみる」
「ええ、ちょっとアスター本気?俺の実家を助けてくれるのは助かるけどさ。そんなことをしたらスターリング将軍まで第二王子側ってことになって、勢力図が変わるんじゃない?いいの?完全に王位継承問題に巻き込まれちゃうよ!」
「まぁそうなんだけど、すでに逃れられないだろうなってところまで巻き込まれちまってるからなぁ~。けどギルフォード将軍は頭がいいからちゃんとご自身で第二王子側に入るかどうかはお決めになるだろう」
「ちょっとアスター。ほんっとに面倒くさいことになりそうなんだけど勘弁してくれない?俺、宮廷のゴタゴタに巻き込まれるの嫌なんだけど」
「俺も嫌だからなるべく穏便に収まるよう頑張ってみる」
宛にならない!とシプリに吐き捨てられた。付き合いが長い分、こういうことに関しては信じてもらえないようだ。
他の将たちは無言だ。この件をどう判断したらいいのか判らないのだろう。どの将も平民もしくはそれに近い立場の生まれの者たちばかりだからだ。
「レナルド、近日中にギルフォード黒将軍にお会いしたいから開いた時間がないか聞いておいてくれ」
「判った」
レナルドは素直に頷いてくれた。