蝶~夢境の鳥かご~


 更に翌日、黒将軍という権力を使って王都の大聖堂の墓地に埋葬許可を得たアスターは王宮を訪れていた。
 
「大司祭にお会いし、埋葬許可を得ました。まいりましょう」
「アスター将軍!この方は次代の王となられる身だ!それ相応の護衛をつけるならばともかく!王宮を出るなどと危険であろう!」
「そもそも娼婦ごときの埋葬のために殿下をお連れするなど何を考えているのかそなたは!」
「娼婦ごときではなく、殿下が愛された女性です」
「娼婦は娼婦だ何を申すか!埋葬ならばそなたがすればいい。殿下をお連れすることは許さぬ!……殿下、御身の立場をお考えください。貴方は次の王となられる尊き身なのです。いいかげん目をお覚ましください」
「いや、私は埋葬に同行する」
「殿下!!なりません!!アスター将軍、さっさとその女の遺体を持って行け!」
「もちろんこちらの女性の棺は持っていくがいいかげんその態度は目に余るなぁ……俺が跪くのは王のみだ。なんでアンタが俺に命令をしてくるんだ?」

 目を細め、やや強めに問うと、ベルンストの側近たちが目に見えて怯んだ。平民出身で温和そうな雰囲気のアスターだ。恐らく舐められていたのだろう。だがアスターは190cmを超える長身の男だ。戦場を武術のみで生き抜いてきた将であるため体も鍛えてある。ろくに護身術すら身につけていなさそうな官たちとは迫力が違う。アスターが少し殺気を出しただけで動けなくなった。

「王の命令ならば従う。俺は黒将軍だ。俺を動かしたけりゃ王命を持ってこい」

 そう告げて廊下に待機していた部下を呼んで棺を部屋から運び出した。
 
「さぁ、参りましょう殿下」
「ベルンスト様、危険です!!」
「俺が守る。あんたらは引っ込んでろ」

 ベルンストの側近たちに妨害を受けるのは予測済みであったため、少し多めの部下を連れてきていたアスターは無事ベルンストと共に王宮を出た。
 そして大聖堂で大司祭に葬儀を執り行ってもらった。あまり騒ぎにならぬよう最低限の人数での葬儀であったが、ベルンストは愛する女性の葬儀に出席できたということで文句は言ってこなかった。何しろ先ほど側近たちの大反対にあったばかりだ。出席すら厳しかった状況だったので贅沢を言う気になれないのだろう。
 そうして大司祭が執り行うにしてはシンプルな葬儀が終わった。しかし軍人として過去何度も葬儀に立ち会ってきたアスターとしてはこんなもんだろうと思った。神へ祈りを捧げて皆でレクイエムを歌う。葬儀としてはごく普通の手順だ。何ら不思議はない。
 最後に墓地へ埋葬することになった。用意されていた場所はずらりと似たような墓碑が建ち並ぶ場所であった。
 大聖堂の墓地は平均より高額だ。王都にある平民向けの集団墓地と違い、それなりの金がかかる。しかし土地が限られている王都なのでだだっ広く豪華なスペースが設けられているわけではない。つまり似たような墓碑が並ぶシンプルな見目になってしまうのだ。
 墓穴は通常、遺族や友人など、亡くなった人の関係者で掘ることになる。今回はカミィの遺族が呼べなかったし、友人たちは細い体の女性ばかりだ。そのためアスターは自分と部下で掘ることにし、遠慮無くベルンストにもスコップを渡した。この場でカミィの一番の関係者はベルンストだからだ。ベルンストは戸惑っていたものの、アスターやアスターの部下たちと同じように墓穴を掘る手伝いをしてくれた。
 そして深く掘られた穴に棺を入れた。その棺の上に次々と花束が投げ入れられる。ベルンストはたくさんの花に驚いていた。

「その花は?」
「供花ですよ、ベルンスト様。彼女たちはカミィ殿のご友人さんたちです」

 葬儀でも後方の席にいた数名の女性たちはアスターが黒将軍としての権力を使って娼館の店主を脅して連れてきたカミィの友人達だ。
 アスターの申し出に娼館の女性たちは、あのつるっぱげを脅すなんてやるじゃない!とかカミィを気遣ってくれてありがとう!とアスターの行動に喜びながら葬儀に出席してくれたのだ。その際、自主的に供花も持ってきてくれた。

「王子様、悲しんでくださってありがとう。きっとカミィは喜んでいるわ」
「ええ、ホントにホントよ。だって私たちは偽りの愛しかもらえないもの。なのにあの子は本当の愛を手に入れた。羨ましいわ」
「私たちの末路はそりゃもう酷いものよ。ろくな死に方をしないパターンばっかり。病気をしたら娼館から捨てられ、苦しみながら死ぬしかないの。私たちが生きる場所はそういう世界なのよ」
「そんな世界からアンタはカミィを連れ出してくれた。ありがとね」
「こんなに立派な葬儀をしてもらえて、こんなに立派なちゃんとした墓地に眠ることができるなんて羨ましい」
「ええ、ホントに羨ましいわ」
「よかったね、カミィ。ゆっくり眠りな」
「先に行って待っててね、カミィ。あたしらもなるべく遅くアンタのところに行けるように頑張って生きるから」

 カミィの友人達の言葉はベルンストにとって大きな慰めとなったようだ。ベルンストは涙を隠すように俯いた。
 カミィの友人達の温かな言葉と花で覆われた棺の上に土が戻されていく。
 アスターは埋める方は部下に任せ、涙を流しながら俯く王子の肩を抱きつつ静かに作業の様子を見守った。
埋める方は土を戻すだけなので掘るよりも早く終わる。アスターは葬儀に参列してくれたカミィの友人達に礼を告げ、部下に対し、女性たちを娼館まで送るように命じた。
 自分はこれから王宮へ王子を送らねばならない。酷く落ち込んでいた王子であったが、帰路につく頃には少し表情が晴れやかなものに戻っていた。

「ありがとう、アスター。なんと礼を言ったらいいのか判らぬ。そなたが助けてくれたおかげでカミィをちゃんと埋葬することができた。そなたがいなければカミィの葬儀をあげることもそれに私が同席することもできなかっただろう。感謝する」
「いや、実のところ俺の自己満足なんですよ、殿下」
「どういうことだ?カミィと面識があったのか?」
「カミィ殿やご友人さんたちではありませんが娼館の女性たちとは少々馴染みがあります。俺は下町育ちの平民で、生まれ育った地区からそれほど遠くないところにスラム街や娼婦街がありました。子供の頃は娼婦街の子供たちと遊んだこともあります。ですからあの世界の女性たちには馴染みがあります。幼い頃に世話になった姐さんたちの顔を思い出したら、カミィ殿を放っておけませんでした」
「そうだったのか……」
「あのご友人さんたちがおっしゃっていた通り、娼婦の現実ってのは酷いものなんです。病をうつされて早く死ぬなんてこともザラです。ですからカミィ殿はまだ幸せだったんですよ」
「だが彼女は私のために死んだ」
「そうですね、それは事実です。ですから殿下、王を目指されてはいかがでしょうか?あの方は貴方の足手まといにならぬよう亡くなられたのですから。そしてカミィ殿のご友人さんたちを助けてあげてください。あのように娼館に売られてしまう女性が減るように貧しい者たちを助ける政策を取ってください」
「そうか……そうだな。確かにそうだ。カミィの死と想いを無駄にしてはならぬな……」
 
 ベルンストは深く頷き、真っ直ぐにアスターを見た。その目には強い意志を宿す輝きがある。

「アスター、手伝ってくれるか?」
「もちろんです。俺は政務に対する知識はありませんが、命じてくだされば、殿下の手足となって動きますよ」
「頼む」
「あー、ですが俺は元ノース軍です。あの軍やレンディと敵対するのは困ります」
「ああ、それは心配無用だ。ノース軍はバルドイーン側だろう?私はバルドイーンと敵対することはない」
「そうですか、安心しました」

 少し気がかりなのはバルドイーンの婚約者であるダンケッドのことだ。 
 だが彼は王妃になるのが億劫なようだったから派手に反対してくるということはないだろう。もしかすると喜ぶかもしれない。
 しかし玉座につくかどうかは、ダンケッド一人で決められることではない。多くの人の思惑が関係してくることだろう。そもそもダンケッドが嫌がってもバルドイーン殿下が玉座を欲していたらベルンストと争うことになるだろう。その時自分はどう動くべきだろうか。ベルンストに協力を約束してしまった今、バルドイーンとベルンストが争うことになったら、ダンケッドと敵対することになるのかもしれない。
 ベルンストはバルドイーンと敵対することはないと断言しているが玉座はそう簡単に譲り合えるものでもないし、そもそも両王子の思惑通りに事が運ぶとは限らないのだ。

「そうだ、アスター。……ゲラルト、ハスティングス、クラリッサ、マルガには気をつけろ」
「ええと……すみません、俺は王宮の方々について詳しくなくて……。どなたですか?」

 困り顔で率直に問うと、ベルンストはあっけにとられた表情でアスターを見た後、笑い出した。

「ハハハハハ!そうか、あやつらは黒将軍に名前すら覚えられていない状態なのか!それだけ存在感も知名度もないということだな。私の心配しすぎだったやもしれぬな!」
「殿下~、答えを教えてくださいよ」
「ハハハハハ!いや、本当にそなたは面白いな。普通、人は教わることを躊躇うものだ。私の前では特に愚かさや無知さを見せようとしない。私に取り入るために必死に自分がいかに有能であるかをアピールしようとする。だがそなたは知らぬ事は知らぬ事としてその場で教わろうとするのだな。その態度、新鮮だ」
「なるほど、それは貴方の立場故ですね。次期国王の座に近い貴方だからこそ、周囲はそういう風に行動する訳か……。俺は逆に貴方のそういう話が面白いし興味深いです。あと、俺は知らぬ事はすぐ知るべきだと考えています。だって大切なことなら知らないままでいいわけがないじゃないですか。一時の恥より為になる知識の方を選びますよ俺は」
「そうやって知識を増やしてきたのか、そなたは?」
「そうですね、何しろ俺は徴兵出身です。家は王都の外れの方にある下町で建築業を営んでます。住み込みの従業員も抱えるなかなか大きな家ですよ。徴兵が終わったら建築士になる予定でした。ところが予定外に出世してしまって今に至ります」
「その『予定外に出世して黒将軍になった話』を是非聞きたいものだな。何しろそなた以外にただの一人もいないのだ。実に面白そうだ」
「あまり面白くもない話だと思いますがご要望であればいつでも。それより殿下、さっきのお名前の方々はどなたなのか教えてくださいよ、気になるじゃありませんか」
「ああ、すまん、そうだったな。弟妹だ。幼き頃から後継者の座を争っている相手と言えば判るか?第三正妃の子がゲラルト、妾の子がハスティングス、クラリッサ、マルガだ。ただし、妾の子とはいえ、王位を狙える程度には血筋がいい」
「ええ、そんなことがあるんですか?」
「妾なのは実家が力のない貴族であるため、正妃になれなかったというだけだ。だが王は血統ではなく、実力というか実績を重視なさる。つまり結果さえ出せば血筋が悪くても王にはなれる。……彼らはまだ玉座を諦めてはいない。むしろ諦める気はないだろうな。玉座を掴まねば生き残れないのだから」
「生き残れない?それは言葉通りの意味ですか?それとも王家から出されて嫁がされるって意味ですか?」
「言葉通りの方だ。王は以前こうおっしゃった。『玉座は一つ。玉座に座るべき者も一人でいい。次代を担う王子は一人いればいいのだ。王族が多くいても金が無駄に消費されるだけだ』と」
「!!」
「王は玉座につく前にかなりの粛正をなさった方だ。あの方のご兄弟で生き延びていらっしゃるのは嫁ぎ済みだった姉妹のみだと聞いている。あの方には実力を示さねば王の子として認められないのだ。私とバルドイーンが常に命を狙われているのはそのためだ。……側近たちが私の身を過剰に心配するのはこういう理由がある」
「なるほど……。まぁ今は大丈夫でしょう。今、俺は黒のコートを羽織ってますから」
「黒将軍だったら狙われないということか?逆に目立つので狙われやすそうだが」
「戦場ならともかく、こういう王都では絶対に狙われませんよ。黒将軍みたいなヤバいのを狙うより、金を持ってそうな身なりのいい平民を狙った方が安全確実じゃないですか。そもそも俺もやられる気がしませんよ。俺は徒手での戦いが一番得意です」
「徒手……つまり素手が一番強いと?」
「そうですよ、俺は元々師匠のロドリク元黒将軍に体術を習った人間なんです。師匠は今、子供向けの道場を開いておられるんですが俺はそこで体術を習いました。ですが戦場では素手ではリーチが短すぎて戦いづらい。それで長棒を使うようになりました。ですから俺は元々は素手での戦いが専門なんですよ。俺はこの通り長身で手足が長いので素手での戦いならば誰にも負ける気はしません。ですから俺が丸腰でもご心配無用です」
「そうなのか、それは本当に心強い。王宮内は奥宮など武具の携帯が制限される区域があるからな。そういう場所へ行くときは助かるな。……今後そなたの名は兄弟たちへの牽制に使わせてもらうかもしれない」
「それは構いませんが、新米黒将軍の名がご兄弟への牽制に役立つでしょうか?」
「新米だろうが何だろうが黒将軍ならば充分牽制になる。それだけそなたら黒将軍が持つ力は大きい。ただバルドイーンの側近たちにも反応されてしまう可能性が高いが……。今までは軍に関してはバルドイーン側の一強状態だったからな」
「ああ、ダンケッド将軍とノース将軍がいらっしゃるからか」
「あとそなたもな。そなたが私に協力を約束してくれるまではそなたもバルドイーン側だと見なされていた」
「うーん、実は俺もそう思ってました。正直今も不仲ではありませんし、敵対してしまったら困るなと思ってます。なるべくバルドイーン様とは敵対しない方向でお願いしたいところです」
「それはもちろんだ。勝手に派閥を作って騒いでいるのは側近たちだけだからそこは心配無用だ」

 そんな話をしているうちに王宮へたどり着いた。
 アスターはそのまま王宮へと入り、ベルンストを彼の自室まで送り届けた。