蝶~夢境の鳥かご~

 四日後、大聖堂の墓地に向かった。
 葬儀を行ったのはアスター軍がエランタ砦奪還へ向かう前だったので何ヶ月か経っている。
 当然墓に飾られた花は枯れているものだろうと思っていたが、予想外にも綺麗な花が飾られていた。

「そなたがカミィに手向けてくれたのか?」
「いえ、俺じゃないですねー。恐らくカミィ殿の側用人の方々じゃないかと思いますよ」
「何?あの者たちが?異動になったと聞いていたがわざわざ墓参りを?」
「いえ、異動になってません。お二人は退職なさいました。現在は王都に工房を持つ被服師の元に弟子入りして働いておられます」

 カミィの側用人をしていた若い女性二人は王宮ではさほど身分が高いとはいえない生まれであった。つまり立場が低かった。
 王宮は下級貴族の娘が嫁入り前の何年間か働くことが多い。つまり爵位を持たぬがそこそこ生まれがいい家の女性が側用人として勤めることが多いのである。もちろんその期間に王族に見初められて妾となるパターンもある。
 しかしカミィの側用人たちはあまりいい扱いを受けていなかった。生家もあまり裕福ではなかったために厳しい階級社会である王宮では軽んじられることが多かったのだ。そのためカミィの死を受けて退職を決意し、市井に戻る決意をした。その際頼ったのがアスターだった。アスターはカミィを気遣い、いろいろと動いてくれた。彼ならば身分が高くない自分たちのことも丁重に扱ってくれるのでは?と考えて相談したのだ。
 そしてアスターは親友シプリの師匠が人手不足で困っているという話を聞いていた。シプリの師匠は腕のいい被服師だ。アスターが将軍位に上がってからは彼の服ばかり着ているのだが、徐々に評判が上がって、今は売れっ子となっている。それで小さな工房は人手不足となった。
 元側用人の二人は針仕事に長けているという。それで紹介したところ、充分戦力になる腕を持っていると評価されて採用された。二人は服を作ることが楽しいようで、今は生き生きと働いている。

「よろしければいつか服をそこで作ってやってください。本当にいい服をお作りなさるんですよ」
「なるほど、それはいいな。今度注文してみよう」

 そんな話をしながら墓碑に花を飾っていると不意に数人の暴漢に襲われそうになった。
 しかしさすが黒将軍というべきか、アスターは凄かった。たった一人でしかも素手だったにもかかわらず、剣や短剣を持った暴漢たちを地に伏せてしまったのだ。

「何だかなー、怪しい動きしてっから刺客かなーと思ったら案の定か。バレバレだっつーの」
「強いなアスター。さすがだ」
「どういたしまして。さて殿下、人数が多いのでお手数ですが縛るのを手伝ってもらえませんか?これがロープです。ここをこうして……」

 なんと縛るのを手伝えと言われた。こんな経験は初めてだ。
 そういえば墓穴を掘るときも手伝わされたのだった。王族にこんなことをさせるのはアスターぐらいだろう。

「そなた王族相手に遠慮がないな」
「実は殿下にはロープ術を覚えていただこうと考えてました。抜け縄を覚えるためにはロープのことを知らないといけませんからね。身を守るための術の一つとなります。拉致されて縛られた時に抜け縄を覚えておくと逃げられますから覚えておかれた方がいいです」
「なるほどそういうことか」

 そうしてアスターに教わりながら気絶した暴漢たちを縛った。なかなか筋がいいですよと言ってもらえた。

「そなたといると得がたい経験ができるな。王宮をこうして抜け出したことも、縄で誰かを縛った経験も全くない。だが新鮮で面白い」

 そう告げるとアスターは顔を綻ばせた。

「実は俺も殿下と一緒にいるのは楽しいです。気が合う友人になれそうだなと思いますよ」

 そう言ってくれたアスターは長身で体格がいいが、ヒョロッとしたタイプだ。しかし実はしっかりと筋肉がついている。筋骨隆々というタイプではなく、体がバネのような作りで瞬発力が凄い。一瞬で敵意の懐に飛び込んで倒してしまう素早さを持っている。
 そして離れたところに護衛がついていたのか、数人ほどの騎士がやってきた。彼らが暴漢たちを連れて行ってくれた。
 そろそろケーキ屋へ向かいましょうと促されて歩き出す。

「私もそなたのように強くなれればよかったのだが、あいにく平凡に終わってしまった」
「おや、武術を習っておられたのですか?」
「ああ、護身用に一応な、嗜み程度だ」
「それでいいのでは?護衛専門の者がいるでしょうし」
「だが王は強き者を好まれる」
「うーん、俺は王と考えが違います。王は国を導くために何よりも政務が出来なければならないと思うからです。武術的な強さは軍人が担えばいいわけで王が強くなる必要はないと思います。ですがこうして命狙われる以上、護衛官は腕の立つ者を選ぶべきでしょう。そしてこうして大胆に命を狙ってきたことを考えると予想以上に深刻ですね。スターリング、ギルフォードの両将軍に相談してみます。それぞれの部下から腕の立つ者を護衛につけさせていただくことになるかと思います」
「あの二人に相談せねばならないようなことか?」
「先日、第一正妃と第十二王子が亡くなられました。俺はお救いできませんでした」
「あれは戦争に巻き込まれただけだろう。不運だったな」
「……それはそのままの意味ですか?」
「何?どういう意味だ?」
「なるほど…………俺も覚悟を決めないといけませんね。……殿下、あれは不幸な事故です、お二人は大変お気の毒なことにたった五人しかいない護衛で移動されていたがために戦火に巻き込まれてお亡くなりになりました。俺はその場に居合わせましたが不意に上級印技が飛んできまして、自衛するのが精一杯でした。正直、あの印が飛んできた角度は敵というより味方側だった気もするのですが真実は判りません」
「……そうか……」

 アスターが仄めかした意味にベルンストは気づいた。元より鈍ければ次の王候補になどなれないのだ。言葉の裏を読む癖がついている。その点アスターの話は大変わかりやすかった。彼は王妃と王子がダンケッド軍によって意図的に殺された可能性を示唆したのだ。
 そして恐らく『殺された』のだろう。それにアスターは関わっている。だからあのような反応を見せたのだ。

(バルドイーンは私に知らせなかった……。あいつが私を裏切るとは考えにくいが……)

 そしてアスターはノース軍と関わりが深いという。それは側近たちに聞いた。彼らは味方になってくれたアスターのことを調べたようで、今もアスターがよくノース軍公舎に出入りしているということを教えてくれた。実際アスターにもバルドイーンとは敵対しないでほしいと頼まれたことがある。
 つまりアスターはバルドイーン側だと考えてもおかしくはないのだ。側近たちも裏切りを危惧していた。

「そなたはいざとなったらバルドイーンと私、どちらについてくれる?」
「うーん、今はベルンスト様ですね。だって俺はスターリング将軍とギルフォード将軍を引き込んだんですよ。その仲介をしていながら自分だけはバルドイーン様につくとか出来ませんよ。大ひんしゅくですよ」
「なるほど。だがノースやダンケッドは大丈夫なのか?」
「もちろん全力で何とかしますよ」
「……知将は手強そうだ。なるべく敵に回したくないな」
「もちろんですよ!」

 そんな話をしているうちに目的のケーキ屋に着いた。
 アスターが開けてくれた扉の内部に入ると甘い香りが漂っていた。ケーキだけでなく、焼き菓子もあるようで豊富に並んでいる。
 頑固職人が作っているというケーキも豊富に並んでいた。こういう店に来るのは初めてで興味深く周囲を見回していると、アスターにポンポンと肩を叩かれた。

「選びましょう。お飲み物は紅茶でいいですか?」
「ああ、任せる」
「菓子類はどちらになさいますか?季節のフルーツがふんだんに使われたタルトの評判がいいと聞いてますよ」
「ならばそれで」
「かしこまりました。同じ物を二つ頼む」
「はいっ!」

 アスターが黒将軍だからか、女性の店員はガチガチに緊張した様子で承ってくれた。
 店内で食べられるスペースがあると聞いていたが、八個ほどあるテーブルのうち、一カ所が運良く空いていた。そこへ案内され、アスターに椅子を引かれる。アスターは平民出身だというがこういう貴人相手のマナーが身についているようだ。

「そなた平民なのだろう?そういうマナーは誰に教わったんだ?」
「カーク様です。赤将軍に昇進した後に紳士としてのマナーを教わったんです。まさかこうして使う機会があるとは思ってもいませんでしたが身につけておくものですね。カーク様には感謝です」

 カークは大貴族の出身だ。確かに彼ならば貴人相手のマナーは身につけているだろう。

(カークの実家とダンケッドの実家は国内有数の大貴族だ。彼らがバルドイーンを後押ししたら……私が玉座に就くのは難しいな……)

 今まではそれでもいいと思っていた。仲が良いバルドイーンが王になれば自分が補佐していけばいいと思っていたし、それを疑問に思っていなかった。
 だが今は自分が王になりたいのだ。そのためにはバルドイーンよりも後継者として相応しいと周囲に思わせる必要がある。
 そのためには強い後ろ盾がいる。カークやダンケッドの実家よりも強い後ろ盾が。
 幸い、黒将軍が三人ついてくれた。軍人の権力が強い我が国において、これはとても大きい後ろ盾だ。本当にありがたい。おかげでバルドイーンと対等に戦える。

「……とても美味しいな」
「そうでしょう!俺もこの店の菓子が大好きなんですよ」
「よく来るのか?」
「うーん、忙しいのでそれほど頻繁ではありませんね。ホントはもっと来たいんですけどなかなか忙しくて。菓子と言えばうちのホセ将軍が菓子作りを得意としているんですよ」
「軍人に菓子作りを好む者がいるのか」
「とても美味いんですよ。実はこいつですが」
「おい!」

 アスターの後ろの席に座っている男がホセだったらしい。ばらすなとアスターは睨まれている。

「殿下大変失礼致しました」
「いや、構わぬ。そうか、そなた護衛か。すると他の客も?」
「いえ、前後の席のみです。その代わり、一騎当千のメンバーを揃えました」
「そうか、わざわざすまないな」
「俺が気に入りの店を自慢したかっただけなんで気にしないでください」
「……ありがとう」

 本当に彼は気遣いがうまい。これは相当周囲の人間に好かれるタイプだろう。
 実際、交友関係がかなり広いようだ。これは人の上に立つ人間にとってかなりの強みとなる。周囲に好かれ、協力してもらえる人間というのは強い。そのことをベルンストはよく知っている。王宮内で味方を作るのに苦心してきたからだ。

「美味しかった。店主に会いたい」
「かしこまりました」

 そうして出てきた店主は如何にも頭が固そうな職人肌の人物に見えた。ベルンストが誰であるか知っているのか大変緊張している様子だ。

「大変美味しかった。果物も大変新鮮で味がよく、素晴らしかった。表現が単調ですまないな。また来たいと思える店だ。これからも頑張ってくれ」
「た、大変光栄でございます!」

 そう言って店主は深く頭を下げてくれた。

「焼き菓子がほしい。バルドイーンへ土産にしたい」
「か、かしこまりました!」

 そこでアスターが口を挟んできた。

「あー、紅茶の缶もつけてくれ。さっきの茶と同じ茶葉がいい。側近の方々もいらっしゃるんで、数種類ほどの菓子をバスケットにまとめてくれ」
「はいっ!」
「慣れているなアスター」
「ハハハ、よくこうして差し入れを買うんですよ」

 店主や店員の女性が用意してくれた菓子や紅茶が入ったバスケットはアスターが受け取ってくれた。代金は払い済みなので不要だと言われ、そのまま店を出た。この後、王宮へ帰ることになる。

「ところで殿下、大変野暮なことをお聞きしてもいいですか?」
「なんだそれは。聞いても構わぬが答えるかどうかは内容次第だが」
「バルドイーン様って愛人が何名おられるんですか?」
「しかも私じゃなくてバルドイーンの事なのか。確か二人……いや一人増えたようだから三名か」
「……バルドイーン様ってダンケッド様を大切になさってますよね?」
「もちろんだ。正妻にすると子供の頃から言い続けている」
「ダンケッド様は大変プライドが高いということもご存じですよね?」
「判っているとは思うが……なんだ?修羅場になりそうなのか?」
「いや、うーん、どうなんだろ。俺が平民だから嫁が複数ってのを受け入れられないんですかねえ、どうにも嫌な予感がするんですよー。どうもバルドイーン様は愛人方とダンケッド様を同じように扱っておられるようだと噂で聞きまして。端から見たらそういう風に見えるってことだけなんですけど、そういうことって結構問題になりやすいと思うんです。今後、問題がおきなかったらいいんですけど」

 そんなアスターの危惧は当たってしまうことになるのだがこのときは判るはずもなかった。

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